橘先生と魔王の犯罪3
学園は切り開かれた山の中腹に建てられており、主だった住宅街はその麓だった場所に位置している。
学園周辺はセキュリティを優先させているため開発が制限されていて、その関連施設しかない。
学園から住宅地まで移動するには、山の斜面だった長い下り坂を降りなければならない。
通称学園坂と呼ばれるところで、かなりの距離がある。これもセキュリティの関係。何もない坂では不審者は見つけやすいからだ。
栗沢家は緩やかな坂道を下ってすぐのところにあった。住宅街の入り口ともいえる場所に建つ一軒家で、胡桃の運転する車で十分もすれば到着した。
肝心の有華は留守だった。玄関で対応した母親によると、学校には行ったとのことだった。
「まさか、その途中で誘拐に」
「え、誘拐?」
母親の前で不穏な言葉を口にしてしまい、胡桃は慌てたように口に手を当てた。
「あ、いえ、なんでもありません」
「もしかしてうちの娘、学校には行ってないんですか」
「えっと、その、はい」
胡桃が認めると、母親はため息をついた。
「まだ悪い連中と付き合ってるんですね。せっかく魔法士の才能があるのに、もったいない」
「悪い連中というのは?」
「中学のときにいたんですよ、娘の同級生に不良と付き合ってる生徒が。その生徒と娘が仲良くしていたので、注意したことがあるんです」
「いまも付き合いがあるんですか?」
「把握はしてないんですけど、同じ街にいますから会うのは簡単だと思います」
胡桃の頭にはさきほどの警察の言葉が浮かんでいた。もしいまも悪い連中と付き合っているのなら、魔王への告発も嘘だったのかもしれない。
「なにか娘のものはあるか」
魔王の言葉に、母親は首を傾げた。
「娘のもの、ですか」
「なんでもいい。さっさともってこい」
娘が一年生だったときの担任なので、有華の母親は橘悠太を知っていた。だからこそ雰囲気が様変わりしていることにも気づいた。
脅すような低い声音は聞いたこともないようなものだった。
「は、はい」
母親は駆け足で家の中に引き返し、やがて戻ってきたときにはその手にハンカチが握られていた。
「これ、娘のものですけど」
魔王はそれを受け取ると、地面に手をつき何事かを呟いた。胡桃はそれが召喚の動作だと気づき、一般人の前ではさすがに不味いとやめさせようとしたが時すでに遅く、魔王の足元にはなにかが現れていた。
「わんっ」
犬だった。しかも三つの頭を持つ。
「け、ケルベロス」
「その通りだ。ケルベロスは嗅覚に優れているからな、こいつで追跡をさせるつもりだ」
「それにしても、ずいぶん小さいですね」
召喚されたケルベロスは手のひらに乗りそうなくらいの大きさだった。
「成長したケルベロスは制御するのに苦労するし、巨体でのしのし歩くわけにもいかないだろ」
「え、そ、それは」
ケルベロスを見て困惑する有華の母親。
「な、なんでもないです、それでは」
胡桃は魔王の手を引き、急いで車に乗り込んだ。