反省
魔王が魔王だと教室で名乗ったという噂はその日のうちに学校へと広まり、やがてお昼頃には胡桃の耳にも飛び込んできた。
「言いましたよね、わたし言いましたよね。魔王っていっちゃだめっていいましたよね」
職員室で魔王に詰め寄る胡桃。魔王は隣の席に座り、優雅に足を組んでいた。
「何を慌てている。たいした問題ではないだろう」
「魔王と名乗ればまわりに催促されて魔術を使う場面が出てくるかもしれません。そうなったら大事になりますよ」
「どうなるというのだ?」
「それは、マスコミが押し寄せてくるとか」
「生徒たちはわたしが魔王だということを信じてはいなかったぞ。マスコミも同じではないのか」
「魔術を使えばそうはいきません。目の前で魔術を見せれば生徒は興奮してしまいます。あれを呼んでほしい、これも呼んでほしいと催促が続くに決まっています。それが映像として流れたら大変なことになってしまいます」
「魔術を見世物にするほど愚かではない」
「ここでは魔王様とその部下、という関係性は通用しません。十代の少年少女というのは大人を挑発するのが得意なんです。実際あれほど注意したのに、あなたは魔王って認めちゃいましたよね」
確かにそこは否定できない部分。魔王も反論は出来なかった。
「例えば怒りに任せて異世界のモンスターなんか呼んだらどうなりますか。人間の体ですべてが上手く制御出来るとは限りませんよね」
「そこまで短絡的なら、わたしは魔王として信頼されることもなかっただろう」
とはいえ、胡桃の言い分も十分に理解できる魔王ではあった。
勇者をはじめとした人間との戦いに明け暮れていた魔王にとって、平凡な日常というのは必ずしも馴染むものではない。
それが心の緩みに繋がり、どこかに隠した戦闘本能が現れるきっかけとなるかもしれない。
「しかし、言いたいことはわかった。わたしの目的はあくまでも帰還。もめ事を起こすのは望ましいとは思っていない。今後はなるべく自重しよう」
「本当ですか?」
胡桃は疑わしそうな目をしている。
「わたしを信じられないのか」
「すぐに魔王って言いましたし、そもそも元の世界では人間と戦ってたんですよね。人間に憎しみとかおるんじゃないですか?」
「わたしは人間だからどうこうとは思っていない。相手に敵意があるかどうかで判断をしている」
実際に魔王は多くの人間を見ても怒りや復讐心には駆られていない。
倒すべきはあくまでも魔族を滅ぼそうとした元の世界にいる勇者たちだけだと割りきっている。
「それより、さきほどから空腹を感じているのだが、昼食はどこにある」
「橘先生ならいつもお店でパンとか買ってきてますよ。購買部は生徒たちが押し寄せるので、近所のコンビニにでも行ったらどうですか?」
「金はどこだ」
「財布忘れたんですか?」
「誰かに叩き起こされたせいでな」
はあ、と胡桃はため息をついた。
「わたりました。今日はわたしがおごります。でもそのぶんひとつ約束してください」
「なにをだ」
「しばらく生徒と距離を取ることを、です。魔王が校内の話題となっているので、他のクラスの生徒も含めてあなたに強い関心を抱いています。あれこれちょっかいを出してくる生徒もいるでしょう。そういったものはすべて無視してください」
「魔王の話題が消えるまで静かにしていろ、ということか。わかった、受け入れよう」
しかし、放課後にさっそく問題が発生するのであった。