エピローグ
若手のホープとして期待されていた女性アナウンサー、鏡原美咲はあくまでも報道志望だった。
しかし、そのルックスが低俗なマスコミにもてはやされ、気づけば視聴率をより重視するバラエティーでの仕事ばかりが増えていた。
不満だった。自分がキャラクターのように扱われることが我慢ならなかった。何度も自分の意思を上司につたえたものの、必要とされるところで輝くのが一番だと却下された。
そんな美咲に巡ってきのが今回の大仕事。多くのアナウンサーが辞退し、彼女への意向が確認されたとき、美咲はすぐに了解した。
それは魔王へのインタビューだった。
「わたしはいま、魔王城の最上階にある謁見室に来ています。魔王城が突然魔法学園の敷地に現れたのがいまから一月前のこと。そのときからわたしたちは魔王の真意を探るべく、コンタクトを取っていました。そして今日、無事インタビューが許可されたのです」
美咲は緊張していた。バラエティーでは味わえない、いやどんな場面でもこのような緊張感は味わったことがなかった。しかも今回は生放送。学園側からの要望でそのようになったのだが、だからこそ失敗は許されない。
「魔王の存在についてはかねてより噂がありました。学園の教師に魔王の魂が乗り移ったと学園の生徒が話題にしていたからです。実際に学園の手前にある長い坂に突然森が出現したという目撃情報が広まり、その画像や動画もネットに出回りました」
ひとつ安心したのは魔王が巨大な化け物ではなく、普通の人間であったことだ。事前に魂だけが異世界からやって来たのだと聞かされていたものの、実際に会うまでは確信が持てなかった。
「学園はしばらく混乱状態にありました。学園の長である一条春樹学園長が敵性集団の一員であることが発覚し、逮捕されてしまったからです。国民の不信が募るなか、今回のインタビューはその汚名をそそぐ絶好の機会となりそうです」
では、インタビューを開始します、と美咲が言うと同時にカメラは横へと滑るように位置を変えた。
美咲はすでに魔王の近くに立っていて、魔王は椅子に座っていた。
「はじめまして、魔王様。わたしが今回のインタビューを担当する鏡原美咲です」
美咲がマイクを向けると、魔王はうなずいた。
「ふむ。わたしは魔王だ。そう呼ぶがよい」
相変わらず魔王は橘悠太の体をしている。椅子のサイズは本来の体に合わせたものなので、最初に見たときはまるで子供が座っているかのような錯覚を覚えてしまう。
美咲は魔王からカメラに顔を向けた。
「まず、みなさんにお伝えしなければならないことがあります。いま見て頂いたように、魔王様の見た目はあくまでも普通の人です。これは魂のみがこちらへと移ったからで、この体が本物というわけではありません。ですので、本当にこの方が魔王様なのかどうか、疑う声もあると思います」
そこで、と美咲は再び魔王にマイクを向けて続けた。
「できれば多くの国民が納得できるように、魔術を披露していただきたいのですが」
「魔術とは見世物ではない」
その言葉から怒りを感じ取った美咲はすぐさま謝罪した。
「申し訳ありませんでした。わたしはただ、一人でも多くの国民に魔王様のことを理解してもらいたかっただけで、決して見世物にするつもりはなかったのですが」
「ふむ、しかし貴様の言うことには一理ある。いいだろう。何か呼び出して欲しいものがあればいえ」
「よろしいのですか?」
「構わん」
「では猫をお願いできますか?実家で飼っていた猫が最近亡くなったので」
「いいだろう」
魔王は座ったまま、目の前の床に向かって手を広げた。
淡い光の柱が生まれ、空中から何かがゆっくりと降りてくる。
それは猫……ではなく、もっと大きな動物だった。
「え、こ、これは」
美咲は恐怖で固まってしまった。なぜならそこにいたのは猫ではなく、凛凛しいたてがみを持ったライオンだったからだ。
「ライオンもネコ科だからな。大きなくくりにおいては同じものだろう」
ライオンは魔王へと近づき、その横でぺたりと座り込んだ。
「最近、この魔王城を覗きにくる輩が増えている。このライオンを番犬のように置いておけば、くだらないマスコミに画像を送り届けようなど不埒な考えを持つものも少なくなるだろう」
「は、はあ」
「どうした?質問は続けないのか?」
美咲は自分に言い聞かせる。魔王が平気ならライオンも怖くはないはず。
実際にライオンは魔王の横で寝ている。こちらに飛びかかってくることはないだろう。
それにしてもこれが本物の魔術。目の前で披露されたそれは、紛れもなくこの世界の常識を越えたものだった。
「では、インタビューを続けます。まずは魔王様、あなたはどうしてこの地球へとやって来たのですか?」
「それは答えられない。国の機密に該当するからな」
「それは必ずしも自分の意思ではない、ということでしょうか」
「貴様の想像に任せる」
「機密と言うと、元学園長の逮捕も謎に包まれています。事件の大きさに比べると警察からの発表は限られており、単なるテロリストではないという噂も広まっています。もしかすると、これと何らかの繋がりがあるのではないですか?」
「国に聞け。わたしから話すことは何もない」
「では、次の質問を。魔王様はどうして魔王城を召喚されたのですか。我々の調査では魔王様は数ヵ月前からこちらへとやってきていたはずで、その間は市内のマンションで暮らしていたはずです」
「それにもいろいろと事情はあるが、結局は住み慣れた我が家が一番だということだ。」
「ここにくるまでわたしは誰とも会いませんでした。魔王様はこの魔王城で一人で暮らしているのですか」
「ああ。部下は全て勇者に殺されてしまったからな」
「勇者とは人間のことと受け止めてもよろしいですか」
「構わない」
「魔王様は人間を恨んでいるのですか」
「いや、恨むとすれば自分の不甲斐なさのほうだろう。人間に負けたのはわたしの責任だからな」
「今回、我々のインタビューに答える気になった理由はなんでしょうか。魔王城が現れる以前から学園にはインタビューをお願いしていたのですが、そのような事実はないと何度も断られました」
「ひとつ、魔王城が隠しきれない大きさであること。ひとつ、わたしの責任ある立場として、説明の機会を設けることが妥当だと判断したこと」
「責任ある立場とは?」
「言ってなかったな。わたしが今日をもって学園の長に就任するということを」
「学園の長?魔王様が学園長になる、ということでしょうか?」
「ふむ、すでに国の許可も出ている」
美咲は知らなかったが、これは事実だった。
「し、しかし、魔王様は魔術しか使えないはずでは。学園は魔法を学ぶところですよ」
「貴様の言うように、わたしは魔法を使うことはできない。だが魔法の知識に関しては貴様らよりも上だ。この世界の経験でわたしはそれを確信した。知識も実力のひとつ、教え導く立場としてはむしろ、もっとも必要とされる能力ではないかと思う」
「これは驚くべき展開です。異世界からやってきた魔王が魔法学園の長に就任することがいま、発表されました。おそらく、いや間違いなく世界初の出来事です」
美咲はカメラの方に顔を向けると、興奮ぎみに言って、再び魔王へマイクを向けた。
「学園長への就任は国からの要請でしょうか。それとも魔王様自らが望んだものでしょうか」
「国からだ」
これも事実。
魔王を空席となった学園長に、と推薦したのは特務部隊のようだった。
今回の働きを見て、仲間に引き入れるのが得策だと判断した模様。国としても一条春樹を捕まえた功績を評価したようだったし、どこか別の国に行かれるのは困るという判断もあった。
魔王にとっても、決して悪くはない提案だった。魔王は長年魔族を率いてきた。組織の一番上に立つといつのは慣れており、教師という微妙な立ち位置よりはよっぽど好ましかったのだ。それに。
「つまり、魔王様は一生日本人として生きていく覚悟があると?日本という国に尽くすことが魔王様の願いでもあると?」
「わたしの願いは勇者を倒すことだが、残念ながら元の世界に帰る方法は見つかってはいない。ならば勇者をこちらへと召喚すればいいのでないか、と考える」
「そのようなことは可能なのですか?」
「できない。勇者の抵抗力は一般人を遥かに上回るからな。しかしこちらには独自の魔術が残されている可能性がある。それを追求すればわたしの望みも叶うかもしれない」
魔術の元祖が地球だというなら、その可能性があると魔王は本気で信じていた。魔術書は他にも残されているらしく、ガイストからそれを奪い返せば勇者召喚も不可能ではないのかもしれない。
「つまり、魔王様は地球で勇者を倒すことを望んでいると?」
「それだけではない。わたしはもっと壮大なことを考えている」
「具体的には?」
「わたしの願いをもっとはっきり言えば、わたしが味わった絶望を勇者にも与えることだ。わたしは部下を失い、孤独な王となった。ならば勇者からも守るべきものを失わせてやればよいのだ」
「勇者の仲間を全て排除すると?」
「いや、絶望を越える孤独を勇者に与えたい。わたしが理事長という職を引き受けたのは、その目的に叶うからでもある」
CMまで三十秒、という声が美咲の耳に届く。
「では、その本来の目的というものを簡潔にお答えください」
「学園の生徒に勇者を攻撃させる」
「え?」
「人間の国に呼び出された勇者が、同じ仲間だと思った魔法士からの攻撃を受ける、これほど愉快なことは他にはない。やつは地球で本物の孤独を味わい、そのときになってようやく自分の行いを反省することだろう」
「それではCMをご覧ください」




