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魔王の真実6

上の方から騒がしい物音が聞こえたとき、一条春樹はとくには慌てなかった。

魔王がこの場所を特定できる可能性は決して否定はしなかった。むしろこの場所に来てもらった方が話は早く、目的を達成することができる。


「ずいぶんと湿気た場所だな。腹黒い貴様にはお似合いかもしれない」


長々とした階段を下り終えた魔王が、周囲を見渡していった。


そこは地下に人工的に作られた巨大な空間だった。四方をコンクリートで固められ、等間隔に置かれたライトが冷たそうな壁や天井を浮かび上がらせている。


春樹はその最奥に立っていた。かなりの距離があったものの、明かりは全体に届いていたので魔王からもその姿を確認することができた。


「おっと、それ以上こちらには近づかないでいただきたい」


歩み寄る魔王を静止するように、春樹は言った。


「わたしの声が聞こえるのか」

「ええ、聞こえますよ。ここはよく音が反響しますからね」

「なら、そこに寝ている胡桃をさっさと解放しろ」


胡桃は春樹のすぐに近くに横たわっていた。気絶しているのか、魔王の声にも反応はしない。


胡桃の周囲には幾何学的で奇妙な円型が描かれ、それに沿ってロウソクが何本も置かれている。床に描かれた赤い文字は血によって記されたもの、日本語でも外国語でもない、異世界の言葉だった。


「すでに準備が完了しているわけか。まるでわたしの到着を待っていたかのようだな」

「ええ。その可能性も想定はしていたのです。それよりも、どうしてこの場所がわかったのか、お聞きしたいのですが」

「これを使った」


魔王がポケットから取り出したのは胡桃に買ってもらった携帯だった。

最新型のスマホではあったが、その隅には小さな人形がぶら下がっている。かわいらしい熊のストラップだった。


「胡桃が昔使っていたものを、勝手に装着したようだ。もしかしたら自分に何かがあったときのための保険だったのかもしれないな」


魔王はストラップに染み付いたにおいをケルベロスに追跡させた。

そうしてたどり着いたのが学園の敷地内に建つ教会だった。においはその地下を示しており、魔王が内部を調べると講壇の下に入り口を見つけた。


「なるほど、それは迂闊でした。ここ周辺のにおいも消しておくべきでしたね。しかし、あなたがここを訪れても、わたしは一向に構わないのですよ」


実際、春樹に慌てた様子はなかった。魔王を前にしても、うっすらと笑みを浮かべている。


「わたしが血を提供しに来たとでも思ってるのか」

「あなたの意思は関係ありませんよ。強引にでも取り出すつもりですから」

「よほど自信があるようだな。その根拠についても一応聞いておこうか」

「わたくし、結界師なのです」

「なるほど」


魔王はすぐに理解した。

結界師は魔族にとって厄介な敵の一つだった。魔法士の使う結界内部では魔術が使えなくなってしまうからだ。


「つまり、貴様はこの空間に結界を張っているわけだな」


春樹は頷いた。


「魔術が使えなければあなたもただの人。何も恐れる必要はないのです」

「そうか。しかしそれは貴様にとってもデメリットがあるのではないのか。結界を張りながら魔法を使うのはなかなか難しい作業のはずだが」

「わたくしをその辺の魔法士と一緒にしないでいただきたい」


そう言って春樹は右手を高く上げた。その手には槍の形をした光る物体が浮かんでいる。


「それが貴様の霊剣か」

「これであなたを貫けば、大量の血液が手に入るわけです。自分から提供すれば、痛みは最小限に収まるかと思いますが」

「なぜそこまでわたしの血を望む。とりあえず理由を聞いてやろう」

「結構ですよ。少し長くなりますが、よろしいですか?」

「さっさと話せ」

「あなたもすでに聞いているかもしれませんが、わたくしはガイストという組織の一員なのです」

「知っている」


「では、ガイストという組織を結成したのがかつての特務部隊ということも?」

「ああ」

「よろしい。ですがこれはご存じないのではないかと思います。特務部隊を抜け出してガイストを結成した中心的なメンバーであり、しばらくそのトップに立っていたのがわたくしの父親だということは」

「貴様はボスの息子というか。しばらくそのトップに立っていた、ということはすでに降りたか死んでいるということだな」

「亡くなっております」

「しかし妙だな。成瀬明日美はその事に言及をしていなかった。そもそも貴様が脱走者の息子なら、国の運営する学園の長などにはなれなかったはずだが」


逃亡した後に生まれた子供ならともかく、三十年前ならすでに春樹も大人だったはず。


「わたくしはいわゆる庶子でして。国も把握はしていなかったのですよ」

「それにも違和感がある。自分の志を貴様に伝えるなら、相当な思い入れがないとおかしい。妾の子供を組織に引き入れるのはリスクもある」

「本妻との間に子供もいたのです。しかし、その女の子は小さくして亡くなってしまったのです。だからわたくしに期待するところが大きかったのでしょう」

「貴様はよくその申し出に納得したな。いつから接触していたのかは知らないが、理事長にもなるなら魔法士のなかでもそれなりの立場にあったのではないのか?」

「父の思いに心が動かされたのです。それに魔術書の存在を聞き、興味を抱いたというのも事実です。そのようなものの存在は一切知らされていませんでしたから」


魔術は多くの異世界との接触を可能にする。この地球上で完結する魔法とは根本から魅力が違っていた。


「何か呼び出したいものでもあったのか」

「やはり魔術師ですね。魔術というものをこの目で一度見たいと思いました」

「なら、わたしをぞんざいに扱うべきではないと思うのだが」

「あなたが始めてであれば、わたしの接し方も変わっていたのかもしれません」

「何?いったいどういうことだ?」

「ある時、父はわたしを呼び出し、これから召喚儀式を行うと告げました。特務部隊をはじめとした国に立ち向かうにはいまの戦力では厳しく、魔術師をどこからか呼んで仲間にするしかないと」


春樹が現場についたとき、魔術の儀式はすでに整っていた。父親が春樹を呼んだのは自分に何かがあったときのための保険みたいなものだった。


「人を、しかも魔術師を完全召喚するのは困難ではないか」

「魔術書を基礎に、父はさらに独自の理論を積み上げたようです。おそらく、わたくしの知らないところでも何度も召喚を繰り返し、その技術を洗練させていったのでしょう」

「その技術があればわたしも体ごとこちらへ来れたかもしれないわけか」

「残念ながら、父はそれを文字としては残してはいませんでした。もしかしたら感覚的なものだったのかもしれません」

「それで、成功したのか」

「しました。ひとりの女の子が無事召喚されたのです」


春樹はそのときのことを、いまもはっきりと覚えている。空中に生まれた光の柱からひとりの少女が降りてくる幻想的な光景。まさか成功するとも思っていなかったので、衝撃は大きかった。


「まだ幼く、外見も日本人と変わりませんでした。そのような世界から呼んだ、ということでしょう。わたしたち親子は召喚が無事成功したことに歓喜しました。しかし」


少女が目覚めたのはそれからまもなくのことだった。二人はコミュニケーションをとろうと少女に語りかけようとした。


異世界に突然召喚されたことへの恐怖からか、少女は取り乱した。そして次の瞬間、空中から突然何かが現れた。


「巨大な人の手でした。少女が無意識で何かを召喚したのです」


その巨大な手は春樹の父親の体を持ち上げ、軽く握りつぶした。幸い召喚は長くは続かず、少女が体力を使い果たして倒れたと同時に巨大な手は消えた。


「その少女にとってもショックな出来事だったのか、次に目覚めたとき、彼女は何も覚えてはいませんでした。かつての葛藤もあったので、わたしは父親を殺された憎しみというものはあまり感じませんでした。いえ、彼女の魅力にその時点で取りつかれていたのかもしれません。

わたくしは彼女を日本人として育てるべく、知り合いの施設へと預けました。そこはガイストとも繋がりのあるところだったので、こちらの事情も深くは詮索せずに引き受けてくれたのです」


その後も少女が魔術を使うことはなかった。元の世界の記憶が戻ることもなく、あくまでも日本人として一から日本語を学び、すくすくと成長していった。


「わたくしは何事もなく育つ彼女を陰から見守りながら、ちょっとした苛立ちも感じていました。日本人としてのアイデンティティが確立してしまうと、彼女は二度と魔術を使えなくなるのでは、と危惧したからです」


それでも、真実を明かす勇気は春樹にはなかった。

魔術師としての戦力は欲しかったが、無理に記憶を引き出すとまたあのような悲劇、父親の死の二の舞になるような気がしてならなかったのだ。


「しかし、そんなときです。あなたが現れたのは」


魔術を使う魔王の存在は、春樹の気持ちにも変化をもたらした。


やはり、諦めることなどできなかった。

魔術書が残っているとはいえ、父親がいないいま、再び魔術師を召喚することなどできるはずもない。


ガイストが組織としてもっと成長するには、彼女を魔術師として目覚めさせるしかない。


「しかし、その方法というのは簡単には思い付きませんでした。本人にそのことを伝えたとしても、冗談だと受け止められるにすぎない。そこでわたくし、考えたのです。彼女の本能を揺さぶるには、同じ魔術師であるあなたの血を飲ませてみるのはどうかと」


魔王は床に横たわる同僚をじっと見つめた。その魔術師とは誰を指すのか、火を見るよりも明らかだった。


「その魔術師が胡桃だというのか」

「不思議なものですね。魔王ともある方が同類の存在に気づかないとは」


確かに魔王は胡桃が魔術師であると疑ったことはない。もし本物の体であればわかったかもしれないが。


「だからこそ、あなたたちは波長が合ったのでしょう。芹沢先生が魔王にも平然と対応していたのは、自身が魔術師であったからに他なりません」

「要するに貴様は同じ魔術師であるわたしの血を飲ませることで、胡桃を魔術師として覚醒させようとしているわけだな」

「ええ」

「その保証はあるのか?仮にいまの話全てが事実だとして、本当にわたしの血だけで胡桃は能力と記憶を取り戻すというのか?」

「確証はありません。ですが彼女の場合、あくまでもその力が隠れているだけなのです。一定の刺激があれば簡単に取り戻すことが可能なはずです」


「わたしの血で事足りるなら、なぜ一般人を襲った。召喚の儀式は不要ではないのか」

「これは保険のようなものです。もしもあなたの血が得られない場合、彼女の体に異世界の何かを召喚して記憶を取り戻すつもりでしたので」


春樹の言うことは事実かもしれない、と魔王は思った。

嘘で語るような内容ではないし、自分の存在がこうして異世界にあること自体、その信憑性を上げている。


「それにしても、貴様の口調からは罪悪感というものを一切感じない。自分達の欲望のために異世界からひとりの少女を召喚した?それが許される行為だと思ってるのか?」

「あなたが倫理を語るのですか?この国での行いを振り返ったとき、あなたは本当にわたくしたちの行いを糾弾することができるのですか」

「……」

「おや、だんまりですか。ということはあなたは少しは後悔している、ということでしょうか。もっとも、わたくしは善悪を語ろうなどとは思っていません。目的のためなら、多少の犠牲はやむを得ないと考えておりますので」

「残念だが、貴様たち親子の夢はここで潰えることになる。わたしは貴様を特務部隊に引き渡すつもりだからな」

「仲間が増えては欲しくないのですか?」

「興味はない。わたしの願いはたたひとつ、貴様が過去の行いを悔いることだ」


ほっほっほっ、と春樹は地下室に響き渡るような声で笑った。


「さすがは魔王。魔術が使えない状態でも虚勢を張ることを忘れない。あなたの胆力は見習わなければなりませんな」


そう言って春樹は再び霊剣ーー霊槍を手の上に浮かべ、それを魔王に向かって放った。


一撃目は簡単に避けることができた。霊槍は真っ直ぐに向かってくるので、軌道ははっきりとしていたからだ。


しかし、春樹は手を緩めることはしなかった。次々に霊槍を作り上げ、魔王へと放った。


これは魔王にとっては想定外のことではあった。結界を張りながらの場合、ある程度は魔法士の動作は重くなるというのが常識であった。

春樹の霊槍は数秒間隔で放たれ、同時に結界が張られているとは思えないほどの数が魔王を襲った。


「おやおや、逃げ場所はありませんよ。出入り口もすでに遠隔でロックしていますから」


魔王はどんどん後退していった。離れても霊槍の威力は落ちず、魔王の体のあちこちを傷つけていった。


「もしかして、わたくしの体力が落ちるのを待っているのですか?無駄ですよ。あなたが考える以上に、わたくしの魔力は深く濃いのです」


魔王は一番奥まで下がり、その壁に手をついた。


「ほっほっほっ、やはりあなたの体力のほうが最初に尽きたようですな。ではさっそく止めをさしてあげましょうか」


しかし、魔王の顔には悲愴感は一切浮かんではいなかった。

霊槍によって体中から血が吐き出していたが、その痛みに顔を歪める様子すらなかった。遠く離れた春樹にも、その様子は伝わってきた。


「貴様が魔術に詳しいのと同じように、わたしも魔法については学んでいる。結界というのはなかなか融通がきかないものであるということも知っている」

「どういうことでしょう?」

「結界は大抵の場合、直線に張る必要がある。例えばこの穴のような場所にすぐに対応させるのは困難なはずだ」


魔王が手をついていた壁には、霊槍によってできたでこぼこが生まれていた。コンクリートの壁は魔法の衝撃によって一部が削られ、土の壁が露となっていた。


「むやみやたらに結界を拡大させても、体力を無駄に使うだけだ。貴様の結界はこの地下室の壁に沿って張られているはずだ。違うか」

「要するに、土の部分なら召喚ができる、というわけですか。しかし、わたくしの結界は魔術を弱らせる効果があるのです。召喚に成功したところで、このフィールドの中では本来の力を発揮することは難しいでしょう」


魔王は壁に空いた穴から手を離した。その手には武器らしいものは一切握られてはいなかった。


「おや、なにもないとは、観念されたのですか?」

「一条春樹、胡桃は眠っているだけなのだな」

「ええ、そうですが」

「そうか。なら病院に連れていく必要もなさそうだな。保健室にでも運んでおけばそのうち目覚めるだろう」


そう言って魔王は前に進んだ。その方向には胡桃だけではなくもちろん、春樹が立っている。


「医者が必要なのはあなたのほうですよ。それとも痛みに耐えかねて、いっそ殺して欲しいということでしょうか。もしそうなら次は心臓を狙って差し上げましょう。あなたもこの世界でいろいろも苦労したでしょうから、苦しまないように一度で殺して差し上げますよ」

「人に同情している暇があるのか。貴様がこれから向かうのは病院ではなくおそらく、拷問部屋だぞ。他人よりも自分の心配をしたほうがいい」

「ほっほっほっ、強がりですねえ。通信を含めて部下が監視をしていたはずですから、事前に助けを呼ぶのも難しいはずですが」

「助けなど必要ない。勝負はもう決まっている。一条春樹、貴様の敗けだ」


魔王の一歩一歩、確実に前へと進んでいく。


春樹はさすがに訝しげな表情を浮かべる。

魔王の自信がどこからくるのかわからない。魔術を使えず、武器も持っていない。全身の怪我を考えれば、次の一撃が致命傷になってもおかしくはないはずだが。


しかも歩いている。ゆっくりと距離を詰めてくる。苦し紛れに駆けてくるわけではない。勝利を確信した者の足取りだった。


「何か秘策でも」


そのとき、ドーンと大きな音がして、地下室が激しく揺れた。長くは続かなかったものの、春樹はあやうく倒れそうになったほどだった。


「地震?しかしわたくしの携帯にはなんの反応もない。これだけ大きければ速報させるはずですが」


春樹は魔王のほうに目をやった。魔王は突然の揺れにも動じることなく歩き続けている。


「まさか、あなたが地震を召喚したのですか?確かに揺れでわたくしが転んでいれば大きな隙が生まれていたはずですが」


そう言って春樹は手を高く上げた。


「残念でしたね。最後の秘策も不発だったようです」

「どこがいい?」

「ん?」

「一発で仕留めてやる。どこを殴ってもらいたい」

「ほう、まだ諦めないわけですか。しかし、これを受けても同じことが」


言えますか、とは続けることができなかった。春樹は自分の右手を見た。そこに浮かんでいるはずの霊槍がない。


「な、なぜです!なぜ霊槍が現れないのです!」

「言ったはずだ。わたしは魔法にも詳しいと」


魔王は歩みを止めない。春樹はどうにかして霊槍を出そうとしているが、まったく反応はなかった。


「その出っ張った腹が一番殴りやすそうだが、出入り口のドアの鍵が隠されていたらやっかいなことになる」


春樹の前に立ち、魔王は言った。


「い、いったい、何をしたというのです」

「目覚めたあとに聞け」


魔王は春樹の首もとに一撃を入れた。


その場にぐったりと倒れる春樹。魔王はそのポケットを探り、小型の機械のスイッチらしきものを押した。


「あとは胡桃を運ぶだけだが、この状態で階段を上るのはかなりきつそうだな」


実を言えば魔王もかなり辛かった。


春樹の霊槍は確実に魔王の体をえぐり、ダメージを与えていた。本物の魔王の体ならこの程度の傷は蚊にでも刺されたくらいだが、人間としては救急搬送されてもおかしくはないレベルだった。


「おい、起きろ、胡桃。いつまで寝ているつもりだ。せっかく助けてやったのだから、帰りくらいは一人でどうにかしろ」


その声にも反応はなく、胡桃は目覚める様子がない。この場に放置するわけにもいかず、魔王はため息をついて体を屈めた。


「仕方がない」


魔王は胡桃の体を背負うと、階段へと向かった。

胡桃が目覚めたのは階段を上り終えた後だった。


「ん?ここは?」

「ようやく起きたか。さっさと降りてくれると助かるのだが」

「え?」


胡桃は目覚めたばかりで状況がつかめていなかった。とりあえずここは教会で、なぜか魔王に背負われているというところまで理解したが、それだけだった。


「橘先生、どうしてわたしのことを背負ってるんですか?」

「いいから、まずは背中から降りろ」

「は、はい」


魔王の背中から降りた胡桃は、その体が傷だらけであることに気づいた。


「どうしたんですか、その体!」

「気にするな。死ぬほどじゃない」

「で、でも、いろんなところから血が出てます!早く救急車を呼ばないと」

「救急車よりも、警察のほうが先に来そうだがな」

「警察?また何かしたんですか?」

「または余計だ。とりあえず成功したようだから、外の状況を確認するぞ」

「成功って、なんのことですか?」

「ついてこい」


そう言って魔王はドアの方に向かって歩き出した。

言われた通り、そのあとに続く胡桃。


教会のドアを開けて外に出たとき、胡桃は妙な違和感を感じた。日差しは強いのに、なぜか周囲がやけに暗いのだ。


「ちょうどいいところに落ち着いたな。少しでも位置がずれていたら大変なことになっていた」


魔王の視線を追うようにして、胡桃は目線を動かすと、


「……え?」


ポカンと口を開けた。


教会は周囲を森に囲まれている。目立つような建物は他になく、木々だけが目に映る……はずだった。


「えええええ!」


胡桃が教師らしからぬ大声を上げたのも無理はなかった。


彼女の目に映っていたもの、それは巨大な城だった。

森の中、木々を押し分けるようにして、黒々とした城が建っていたのだ。


「な、なんですかこれは!」

「魔王城だ」

「ま、魔王城?」


魔王は先ほど起こった出来事ーー一条春樹との戦いについてを胡桃に説明した。


「本来のわたしならともかく、この体では結界の中では魔術を使うことなどできなかった。だからわたしは直接戦うことは諦め、やつの魔法を封じるための方法を考えたのだ」

「それが、魔王城の召喚、ということですか?」


ああ、と魔王はうなずいた。


「貴様たちはあまり実感はないかもしれないが、魔法はあくまでも精霊との契約で成り立っている。精霊には精霊の世界があり、人のような個性もある。魔法は人にその能力があるというよりも、精霊が好ましい相手に力を分け与えていると表現したほうが正しいだろう」


国や地域にとって些細な違いはあるものの、地球全体でいえば精霊界も一枚の絵として重なっていると言える。

外国に行ったからといって魔法が使えなくなる、ということは起こらない。


「しかし、世界そのものが変われば精霊も変わる。もう一度人間は精霊の信頼を得て契約を結び直す必要がある。その手順を踏んでいない段階では簡単に魔法を使うこともできなくなくなるというわけだ」


魔王は魔王城そのものを召喚したわけではない。魔王城周辺の世界を召喚したのだ。


それについてくる形で精霊も地球へと流れ込んできた。

地球の場合は近代化が進んで以降は精霊の力が弱まっているので、異世界から来た精霊に抗うことはできなかったのだ。


「あくまでもこの狭い地域に限ったことではあるが、一条春樹から能力を奪うには充分だったわけだ」


賭けの部分があったことは否定できない。魔王としても成功するかどうかは自信がなかった。


「これが教会の上に落ちていたら、一生地下室から出られなかったかもしれませんね。あ、でも限定召喚ならいずれ消えるから大丈夫かも」

「これは完全召喚だ」

「え?」


魔王は自分の城を見上げながら言った。


「今日からここがわたしの自宅となる」

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