魔王の真実3
ちょうど夕食の時間帯なので、ファミレスはとても混んでいた。
三人が入ったときもすでにほとんどの席が埋まっている状態だった。ちょうど食事を終えて出ていく家族連れがいて、それと交代するような形で三人は席に座った。
食事をしながら話をしたい、と明日美は言った。人が聞いているところでいいのかと魔王が聞くと、明日美は構わないと答えた。とにかく空腹では長話をする気にはならないということだった。
明日美は勝手に注文をし、運ばれてきた料理はとても一人前とは言えない量だった。テーブルを埋め尽くす料理の数々。チャーハン、パスタ、グラタン、ハンバーク、唐揚げ、オニオンスープ……明日美はそれらに次々手をつけていく。
「あなたがなぜこの世界に来たのか、それを知るにはまずは千年も時をさかのぼる必要があるのです」
もぐもぐしながら話始める明日美に、魔王は顔をしかめた。
「話か食事か、どちらかにしろ。食べかけのものを見せられるのは気分が悪い」
「ならまずは食事を済ませるのです」
明日美は小柄で口も小さかったが、食べる量は半端なかった。注文したものにはすべて手をつけ、ほとんど残さずに平らげていく。
魔王と胡桃の二人は明日美の話が気になるので食事どころではなく、ただ黙ってそれを見るばかり。
「……悪魔狩りという言葉は知っているのですか?」
食事を終えたら明日美がナプキンで口元を拭いながら言った。
「歴史の教科書では見た。魔法を使う人間が一般人から恐れられ、次々に処刑された事件だろう」
「教科書のような媒体にはそのように書かれているのですが、実際は違うのです」
「どこがどう違うというのだ」
「処刑されたのは魔法士ではないのです。魔術師なのです」
「なに?魔術師はこの世界にはいないはずだが」
「千年前の当時はいたのです。そしてある時から魔法士と魔術師は対立関係になったのです」
それまでは魔法士と魔術師は長らく共存関係にあった。
魔法と魔術、それぞれに能力は違うとはいえ、どちらも特殊能力者。
一般人からすれば同じ立場でしかない。
争いの絶えなかった時代において、両者は常に先導者の役割を与えられ、国民に期待される存在でもあった。
魔法士と魔術師の対立が生まれたのは、ある一人の天才魔術師の誕生が原因とされる。
ヨハンというその魔術師は他とは比べ物にならないくらいの召喚能力を持つだけではなく、錬金術にも通じていたという。
ヨハンは錬金術を極めた結果、あるものを生み出した。それがホムンクルスだった。男女の営みではなく、人工的に人間を作り出したのだ。
その行いに激怒したのが魔法士だった。
当時は魔法士にしろ魔術師にしろ、神の使いであるという教えがあり、自然の摂理に反するようなことは許されるはずもなかったのだ。
それでもヨハンの探究心は揺るぐことはなく、その方向性に危機感を感じた魔法士はついに魔術師そのものを社会の敵に認定し、処分を行うと表明。
魔術師の間にも当初はヨハンの行いを非難する向きはあったが、魔法士からの苛烈な追求はすべての魔術師へと向けられ、まるで全員が犯罪者であるかのような扱いを受けた魔術師は徐々に魔法士への反発を強めていた。
数としては魔法士のほうが多く、魔術師は不利な戦いを強いられる。
機動性という点でも魔法のほうが早く現象を発現させられ、魔術師は次々に捕らえられていき、悪魔として処刑されてしまう。
勝敗がほぼ決まったあとも魔法士が手を緩めなかったのは、ヨハンが捕まらなかったからだ。
魔術師としては彼こそが希望の光であると信じ、ヨハンの居場所は決してはかなかった。
それでもヨハンは徐々に追い詰められ、さすがにもう逃げられないと覚悟をする。しかし彼は捕まる気などはなく、別の方法で窮地を脱することを決意する。
「それが、異世界への転移でした」
「転移?」
「はい。この地球から逃げることを決めたのです」
「転移魔術など聞いたことはないが」
そもそも魔術は呼び出すもの。自分をどかへと移すような方法はない。
「ある方法を使ったのです」
「どうやった?」
「あなたには言うまでもないことだと思うのですが、召喚には二種類があるのです」
「限定召喚と完全召喚だな」
「はい。ヨハンはその限定召喚を利用することを考えたのてす」
それを聞いただけで魔王の頭にはヨハンの作戦の一部が浮かんだ。
「限定召喚は一定時間ののち、元の世界へと帰る。その性質に注目したというのか」
「そうなのです」
「だが、帰還するのは召喚したもののみだ。それについていくことなど不可能なことのはずだ」
「ヨハンはホムンクルスに執着していたのです。しかし、ホムンクルスには一人の人間と呼べるほどの自律した意識はどうしても芽生えなかった。そこで彼はアイデアを思い付いたのです」
「アイデア」
「異世界から魂を召喚し、それをホムンクルスに定着させるというものなのです」
それによってホムンクルスは人の心というものを持つようになった。
しかし、魂のような実態のないものも完全召喚は難しく、ホムンクルスの人間化はあくまでも一時的なものだった。
そこでヨハンはまた新たな方策を思い付く。それは幽霊と本人の二段階での召喚だった。
「まず魂のみをこちらへと召喚するのです。そうすると向こうの世界で召喚された側は突然気を失い、寝たきりになる。その体も続けて召喚し、こちらの世界で殺すのです。そうすると魂は帰るべき体がなくなるので、乗り移った本人を連れて帰るという次第なのです」
ヨハンはその方法を使い、まずはホムンクルスを何体も異世界へと送った。そして魔法士の追っ手が迫るなか、最後に自分を限定召喚によって異世界へと転移させた。
「まさか、そんな方法があったとは」
魔王にとってはも、それは驚くべき方法だった。
そもそも、生きている人から魂だけを抜き出すということ自体が難しい。
自分でもそれは出来ないのではないかと魔王は思った。もっとも、倫理的な観点から言えば、行ってはいけないことでもあったが。
「ただ、ヨハンはずっと異世界で暮らすつもりはなかったのです。向こうで力を蓄え、いずれ戻ってくるつもりだったのです」
「なぜわかる。本人に確認したのか」
「ヨハンは向こうの世界から召喚を行い、生き残った魔術師をたびたび呼び出していたのです」
「なるほど。直接聞く機会があったのか。しかし、どうやってこの地球に戻るつもりだった。地球を出たときと同じように、一般人を犠牲にしたのか?」
明日美は首を振った。
「さすがにそれは出来なかったのです。遠い異世界ではなく、記憶が残る地球の一般人を殺すことは、さすがにヨハンも心が痛んだらしいのです。なので彼は地球にいる魔法士の魂を限定召喚したのです」
ヨハンには地球に残った魔術師を少しでも助けたいという思いもあった。
魔法士の戦力を少しでも削ぐことで、間接的に生き残った魔術師を助けようとしたのだ。多くをこなすには魔術に抵抗力を持つ魔法士そのものよりも、魂だけにしたほうが効率的だった。
しかし、魔法士の魂は特殊なのか、予想したよりも圧倒的に短い時間で帰還してしまう。魔法士本人を召喚するのはやはり体力的にきつかった。
魔法士の魂を何度か召喚しているなか、ヨハンは奇妙なことに気づく。
それが帰還するとき、周囲にある小物などを巻き込んで消えていく。魔法士の魂は特殊でエネルギーが強いため、小さいものなら引き込んでしまうのだった。
それを見て、ヨハンはこう考えた。
魔法士の魂をなんとかこちらに定着させて凝縮すれば、サイズの大きい人でも地球に戻ることができるのではないかと。
それから彼の実験が始まり、ついにあるものへと魔法士の魂を閉じ込めることに成功する。それは地球には存在しない魔力を放つ宝石だった。
ヨハンはそれを魔封石と名付けた。魔封石は貴重なもので、多くを入手することはできなかった。
ヨハンは何度か実験を繰り返す過程でいくつもの魔封石を台無しにしてしまい、ようやく魂の凝縮に成功したときにはすでにだいぶ年を取っていた。
ヨハンは地球に帰るという選択肢はとっくに捨てていた。年を取りすぎたし、地球への未練もとうになくなっていた。
必死に魔封石を完成させようとしたのは、後生のことを考えてのことだった。
ヨハンは転移先の世界でも戦いを強いられていた。ヨハンは異世界から来た怪しげな人物で、当初はなんとか社会に受け入れてもらおうと努力をしていたが、それも叶わなかった。
地球と似たような世界を必然的に選び、結果的に同じような争いに身を置くこととなった。
好奇心旺盛なヨハンにとっては新しい世界そのものへの興味が強く、対立も苦にはならなかったが、後の世代は必ずしもそうとは言えない。
いずれ魔法を使う人間に滅ぼされてしまうかもしれない。そのときのことを考えて、魔封石を残したのだった。
「その魔封石がわたしが砕いたペンダントだというのか?」
黙って話を聞いていた魔王が口を開く。
「そうなのです。つまりあなたは大魔術師ヨハンとホムンクルスの子孫、ということになるのです」
話の流れから、この結論はすでに魔王は予想はしていた。
しかしそれでも、衝撃は大きかったし、すぐに信じることもできなかった。
「魔族は普通の人間とは違う見た目をしている。ヨハンやホムンクルスが普通の人間なら矛盾が生じるのではないか」
「それはおそらく、同化現象によるものなのです」
同化現象とは、魔術を自分の体に下ろしたときにできる副作用のことだった。
魔術師は肉体を強化するため、異世界の神の力などの一部を身に宿すことがある。
それも限定召喚ではあるが、すべての要素が戻らず、本人の中に残ってしまうことがある。その積み重ねが人間という外見を変えてしまったのだ。
「なぜわたしは、橘悠太という人物に転移したのだ」
「橘悠太先生はホムンクルスなのです」
「なんだと」
「魔族はホムンクルスの末裔。なのでこちらの世界に戻るときは自然とホムンクルスの体を選ぶのです」
ヨハンは最初、肉体も含めた存在を転移できるようにしようとした。しかし、それはうまくはいかなかった。魔封石は精神を閉じ込めたものなので、精神しか運ぶことができなかった。
「だから、わたしの精神だけがこちらへとやってきた」
「そうなのです。結局、ヨハンが作り出した魔封石はひとつしかなかったのです。彼としてもできれば多くの同胞を転移させたかったようなのですが、年齢的な限界もあったのうなのです」
「ホムクルスは他にはないということなのか?」
「いえ、あるのです」
魔術師の生き残りは流れ着いた日本という異国で、ヨハンから教わった錬金術も脈々と受け継ぎ、ヨハンが亡くなった後も研究を続けていた。
そのかいあってホムクルスは人と同じような意思を持つことが出来るようになっていた。さすがにまったく同じとまでは言えなかったが、違和感なく社会に溶け込めるまでにはなっていた。
「橘先生はわたしちが用意していた『器』のひとりだったのです。わたしたちは全国に器を配置していたのですが、そのなかで橘先生へと転移したのは、やはり屋上から落ちた結果なのです」
明日美は橘悠太と頻繁に連絡を取っていたのだが、最近の彼はなにか様子がおかしいと感じていた。
ホムンクルスの橘悠太は感情が豊かとは言えない。にも関わらず胸が妙に苦しいと言う。そして何か妙な映像が頭をよぎるとも。
明日美はその異変が魔封石が壊されたからではないか、と推測した。異世界から地球へとエネルギーの道が生まれたことで、ホムンクルスたちにその一部が流れ込んでいるのではないかと。
「だからわたしは橘先生を屋上から落とすことにしたのです」
「だから、の部分をもっと説明してもらいたいところだが」
「魔封石が作られたのはかなり昔のことなのです。そのため、あなたの魂はすぐに地球をみつけることができず、しばらくの間、時空をさまよっていたと思われるのです。そこでわたしは考えたのです。地球への道を魂に示すには、ホムンクルスにもっと激しい感情が必要なのではないかと」
ホムンクルスの心が恐怖を感じることで、それが誰かへの助けを求める強い思念を産み出す。その声に答える形で道が完全に開けるのではないのか、そう明日美は考えたのだ。
「百パーセントの確信があったわけではないのですが、結果的に成功したのです」
「橘悠太が死ぬことは考えなかったのか?」
「ホムンクルスは他にもいるのです。それに、衝撃を和らげるフィールドくらい簡単に張ることができるのです」
「……」
魔王は自分の体を触ってみた。人工生命体とは思えないほど生々しく、人らしい弾力がある。
「わたしたちは魔術師の復活を望んでいるのです。すでにあの日から千年ほどが過ぎ、地球では魔術師の血筋はすでに途絶えてしまったのです。なのであなたという存在はとても貴重なのです」
魔法士とは違い、魔術師は血統が物を言う。
「つまり、わたしに子をたくさん作れと?」
「可能ならば違う世界から魔術師を召喚する手もあるのですが、とりあえずは子孫繁栄を願うのです。それが国力に繋がるのです」
特務部隊は魔法士の犯罪を取り締まる組織だが、世が世なら軍隊としての側面もある。
時代が変わって兵器が主役となったとはいえ、能力も使いようによっては近代兵器とは比べ物にならない力を発揮する。
日本政府がヨーロッパにしかいなかった魔術師を保護したのは国力増強が目的であり、魔術師が消滅したあともホムンクルスを含めてその歴史や技術を語り継いできたのは国益に叶うからだった。
魔法士と魔術師、この二つの融合が叶えば戦術的にも広がりが出来、仮に戦争が行われたとしても優位に立つことができる。
「その意味で、わたしたちの仕事はとりあえずガイストという組織を殲滅することなのです。国内の安定こそがまずは優先なのです」
「わたしが協力をするという前提なのか」
「しないのですか?」
難しい問いかけだった。いまの話を聞く限り、魔王は元の世界に帰ることはできそうもない。橘悠太の体のまま、日本人として生きなければならない。
となると、この誘いを簡単に断ることもできそうにないが。
「ガイストという組織とは、古くから対立しているのか?」
「ガイストという組織がてきたのは三十年ほど前の出来事なのです」
「比較的最近だな。ボスの正体はわかっているのか?」
「設立者はわかっているのです。元特務部隊の魔法士なのです」
「裏切り者ということか」
「単なる裏切り者ではないのです。その人物は組織からあるものを盗んで行ったのです」
「それはなんだ」
「魔術書なのです」
地球に魔術師はいなくなったが、魔術そのものが完全に消えたわけではなかった。
ヨハンは魔術書を残し、一般人にも使えるようにした。
「特務部隊にとって重要なのはガイストを滅ぼすよりも、魔術書を取り戻すことなのです。海外にでも持ち出されたら、大変なことになってしまうのです」
魔術書に関しては魔王のいた世界にも存在したが、必ずしも使い勝手の良いものとは言えなかった。
多大な犠牲を伴うからだ。歴史的な価値として魔術書は大切に保管はしていたものの、魔王がそれに頼ったことは一度もない。
「なるほど。ガイストがなぜ人を誘拐しているのかもそれでわかるな」
「そうなのですか?」
「なんだ、魔術書について知らないのか?」
「機密に当たるので、内容は一部の者しか知らないのです」
「能力を持たない者が魔術を使うには、いくつかの媒体を用意しなければならないが、そのなかで欠かせないものが一つある。それは血液だ」
「血液」
「動物のものでも可能だが、人の意思が溶けたものが最適だ。最近の失踪事件は魔術を行う媒体集めが理由だろう」
「魔術を使って何を呼び出すのですか?」
「わたしのいた世界にも魔術書はあった。それが同じヨハンの書いたものであるのなら、おおよその見当はつくかもしれない。この街ではいままで何人ほどが失踪した?」
「わたしたちが確認しているだけでも八人はいるのです」
「それだけ大量の血を必要としているということは、神や悪魔といった類のものかもしれないな」
「神や悪魔」
「なんにせよ、失敗する可能性は高いだろうな。魔術は知識があれば良いというものではない。魔術の素養にも影響される。ヨハンとしても魔術書を残したのはあくまでも魔術が不得意なものへの遺産であり、一般人が使うことは想定していなかったはずだ」
「魔術が失敗したらどうなるのですか?」
「中途半端な魔術は悲劇を引き起こす。何が起こるかは呼び出すもの次第だが、仮に意思のあるものであればその力が暴走するかもしれないし、最悪の場合は取り込まれるかもしれない」
魔法も魔術も基本は契約。
魔法は世界を漂う精霊のマナと、魔術は異世界との契約となっていて、どちらの場合も術者本人がまずは信頼される必要がある。
魔力を持たない一般人が魔術を使うと、利用するとされる側が逆転してしまう恐れがある。
それが魔法士であったとしても同じこと。契約の種類や手順が違うので相手に簡単にのまれてしまう。
「早めに対処をしたほうがいいだろう。一条春樹の自宅は把握しているのか?」
「はい。今から突入するのですか?」
「いや、一般人を巻き込むのはまずい。とりあえず逃亡しないよう見張っておくべきだと言いたかっただけだ」
「では、そのように手配しておくのです」




