魔王の真実2
成瀬明日美の自宅は街の中心部にある高級マンションだが、二人はそこには向かわなかった。
魔王が念のため教室に行き、ケルベロスに明日美の机のにおいをかがせ、それを追跡させたからだ。
明日美のにおいは街からは離れた方向へと向かっていた。どんどんと人気のないところをケルベロスは示し、そうしてたどり着いたのがいまは使われていない工場だった。
山の麓にあり、周辺には家屋も存在しない。幹線道路からは外れているので、通行する車自体が少なかった。
「これは完全に事件の様相を呈しているな」
「は、早く乗り込みましょう。ここからだと内部もよく見えませんから」
二人は離れた場所に車を止め、魔王が召喚した足場を使って上空から建物を眺めていた。
「焦るな。もっとよく状況を観察してからでも遅くはない」
「で、でも、こんなところにいつまでもいるわけにも」
胡桃の脚はガクガクと震えていた。魔王の体に抱きつくようにしていたものの、足元になにもないという恐怖には耐えられなかった。
「そんなに怖いならここで待っていても構わないが」
「わたしも行きます!」
二人は建物の敷地に降りた。まだ周囲は明るいが、大規模な工場なので中を見通すことはできなかった。
「おかしいな」
「なにがです?」
「静かすぎる。人が動いている気配がない」
「明日美さんは眠らされているんじゃないですか?」
「犯人もいることを忘れるな」
「じゃあまさか、犯人は明日美さんの命を奪ってすでに立ち去ったとか」
胡桃は最悪な想像をしたが、魔王は首を振った。
「いや、人の気配そのものはある。複数。しかし、動きはない。おそらく、こちらに気づいて息を潜めているのだろう」
「もう気づかれたってことですか?」
「ここに着地した時点で動きはなかった。まるでわたしたちがやってくることを知っていたかのようだな」
「え、どういうことですか」
「まずは中に入るぞ。胡桃、貴様は少し離れてついてこい」
魔王は先に歩を進め、建物のドアを開いた。
破棄されたのが最近なのか、中は比較的綺麗だった。
歩いても埃は舞い上がらず、目立つようなゴミも落ちてはいなかった。
設備などはほとんどが取り外されていたので、どの部屋もがらんとしていた。
襲撃があったのはいくつかの部屋を見回ったあとのこと。魔王が廊下を歩いていると、交差する右手の方から何者かが現れ、凶器を振り下ろした。
魔王はそれになんなく対処した。
ひらりと自然な動きで鉄パイプを避けると、その持ち主のみぞおちに拳を一突き。襲撃犯の男はその場で気を失った。
「お、終わりましたか?」
「いや、もう一人いる」
そう言って魔王は進行方向にある一番近い部屋のドアに向かって声をかけた。
「出てこい。そこにいるのだろ」
数秒の沈黙ののち、ドアが蹴りつけられたような勢いで開いた。そこから出てきたのは若い男。武器は何も持たず、素手のまま魔王へと襲いかかった。
ボクシングの構えから鋭いジャブを繰り出していく。魔王は寸前のところで拳を交わし、相手が一息ついたほんの一瞬の隙を見逃さず、同じようにパンチをお見舞いした。
絶妙なタイミングで放たれた拳は相手の顔をとらえ、男は衝撃にのげぞりそのまま失神した。
「この部屋のようだな」
男が出てきた部屋に魔王が入ると、そこには制服姿の少女が横たわっていた。成瀬明日美だった。
「な、成瀬さん、大丈夫ですか!」
後から部屋に入った胡桃が、魔王を追い越す形で明日美に駆け寄った。手足など拘束はされていなかったが、声に反応する様子はない。
「おい、成瀬明日美、さっさと起きろ」
「橘先生、気絶している生徒にそんな言い方ないですよ!」
「わたしに用があるのだろう、成瀬明日美。茶番を続けるのなら、わたしは帰るぞ」
その声に応じるかのように明日美は目を開けた。何事もなかったかのように体を起こし、そのまま立ち上がった。
「さすが、魔王。わたしの演技などお見通しなのです」
明日美は淡々と言った。誘拐されて身にも関わらず、その顔には怯えも、助けが来た安堵も浮かんではいなかった。
「やはり平然としているな。普通の学生なら泣き叫んでもおかしくないところだが」
「すでに気づいていると思うのですが、わたしは普通の学生ではないのです」
「自分から認めるのなら話は早い。貴様は一体何者だ」
「わたしは特務部隊なのです」
明日美はあっさりと認めた。
「特務部隊……魔法関連の犯罪について対応するところだな」
「そうなのです。わたしはある任務のため、学園に潜り込んでいるのです」
「その任務とはなんだ」
「ガイストについてはご存じなのですか?」
「ああ、知っている」
「そのガイストがこの街での失踪事件に関わっている疑いがあるのです。」
ここ最近、この街では若い人間の失踪が相次いでいる。特務部隊はそれをガイストの仕業だと考えている。
「様々な情報からそう判断したのですが、肝心の目的はまだわからないのです」
「失踪しているのは魔法士なのか?」
「いえ、一般人ばかりなのです。ガイストの関わりがなければ警察が担当するべきなのですが」
「失踪事件を調べるのなら、わざわざ学園の生徒にならなくてもよいのではないのか」
「元々、学園の関係者にガイストと通じているものがいるという情報があったのです。それで潜入していのですが」
「学園の関係者。そいつは誰だ」
「一条春樹なのです」
「え、学園長ですか?」
胡桃が驚いて声を上げた。
「はい。かねてより一条春樹にはガイストの仲間ではないかという疑いの目が向けられていたのです。しかしなかなか尻尾がつかめなかったのです」
「そんな人物がなぜ学園のトップに立っている?」
「それは、功績としか言いようがないのです。彼への疑いはごく一部の幹部と対応する隊員のみが知っていることなのです。学園の人事を担当する役所は知るよしもないのです」
「じゃあ、あの人たちも学園長の部下ということですか」
胡桃はドアの近く、廊下に倒れている男を見て言った。
「おそらく。でも金で雇われただけだと思うのです。直接的な部下とは言えないかもしれないのです」
「失踪事件って、要するに誘拐してるってことですよね。学園長がどうして一般人を?」
「そこはまだわからないのです」
「あえて誘拐された理由はなんだ」
「あえて?」
「こちらを待ち受けていたということは、貴様が応援が来るとやつらに伝えたからだろう。違うか」
明日美は頷いた。
「魔王の実力を直接見たかったのです。チンピラ二人にも負けるようでは存在意義がないのです」
「わたしに強さを求める理由はなんだ」
「もちろん、わたしたちの仲間になってもらうためなのです」
「仲間、か。わたしをーー橘悠太を屋上から突き落とした理由と関連しているわけだな」
屋上から突き落とした、という言葉を聞いても明日美は表情は変えなかった。
「そうなのです」
「なら説明しろ。この体の持ち主である橘悠太を殺そうとした理由はなんだ」
「殺そうとはしていないのです」
「屋上から突き落とせば死ぬ可能性のほうが高いと思うが」
「実際に無事だったのはあなたが証明しているのです」
「結果論にすぎない。悪意のあるなしはまた別の話だ」
「あなたを呼び戻すための儀式だったのです」
「なに?」
「魔王、あなたを異界から呼び戻すため、わたしは橘悠太先生を屋上から突き落としたのです」
さすがの魔王も困惑の表情を浮かべた。
「それはどういう意味だ」
「説明するのは時間がかかるのです。もっと落ち着いたところに移動するのを希望するのです」
そう言って明日美はお腹をおさえた。
ぐぅ、とお腹が鳴った。




