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癒しと呪い9

次に目覚めたとき、綾香は自宅にいた。

そこが馴染みのあるリビングで、自分がソファに寝かされていることはすぐにわかった。


さっきのは夢だったのだろうか、そうまずは考えたのだけれど、それが間違いであることにはすぐに気づいた。

部屋を見回したとき、魔王が近くに立っていたからだ。


「ようやく目覚めたのか」


綾香は自分の体を触った。さきほどのことが現実であれば、傷がどこかにあると思ったからだ。


「安心しろ。貴様はどこも怪我などしていない。むしろ健康体だ」


リビングにいたのは魔王と胡桃だけではなかった。両親もそこにいた。母親は手鏡を持っていて、それを娘へと渡した。


「え、戻ってる?」


鏡の中の自分を見て、綾香は驚いた。肌の色が本来のものに戻っていた。


「ど、どうして?橘、あんたが治したの?」

「いや、わたしではない」


魔王は廊下に繋がるドアを見て「入ってこい」と声をかけた。


それに応じるようにドアが開き、三田茜が姿を見せた。


「……どうしてあんたがうちに」

「まずは感謝をしたらどうだ。三田茜は貴様を死霊から救ってくれたんだぞ」

「え?」

「さっき三田茜に襲われただろ。ショックで忘れたなどとは言わせないぞ」


覚えてはいる。鎌を持った幽霊に襲われたことを。


「あの正体が三田茜だ。幽霊のように見えたのは実際にわたしが幽霊を召喚して三田茜に取り付かせたからだ」


魔王が呼び出したのは穏当な幽霊だった。幽霊が人と普通に交わるような世界もあり、扱いやすいものを選ぶことが可能だった。


「なんでそんなこと」

「だから言っただろう。三田茜は貴様を救ったと。鎌の形をした霊剣をその目で見たのだろう」

「……霊剣」

「それが貴様の体から死霊を排除した。だから貴様は元通りになったというわけだ」

「霊剣で死霊を倒したってこと?」


霊剣は人を傷つけることができるが、出力制御も可能だ。あえて弱い段階で霊剣を生み出し、それを敵の体内で強化するという戦術もある。


「いや、正確には霊剣では治らない。呪術師が扱う霊剣ーー呪剣のみが死霊を払うことができる」

「呪剣」

「新城綾香、貴様は呪術師がなんの役にも立たないと言ったな。しかしそれは大きな間違いだ。なぜなら、癒し手にとって、呪術師はなくてはならない存在だからだ」


癒し手は戦闘には参加せず回復に専念する立場だが、決して楽なものではない。人の傷を治すとき、その負の一部を自分に取り込んでしまうからだ。


何度も回復を繰り返していると、癒し手は次第に呪われてしまう。そのままなにもしなければいずれ死ぬ。


それを回避するには、定期的に呪術師に払ってもらわなければならない。

呪術師は呪いのエキスパート。だからこそ、悪い部分を知ることができるし、干渉も可能なのだ。


魔王のいた世界では確かに呪術師は確かに戦闘に参加することは少なかったが、戦闘に重要な癒し手をサポートする役割としては欠かせなかった。


「つまり、癒し手と呪術師は二人で一人の関係となる。わたしは向こうの世界で人間を研究したとき、癒し手と呪術師が双子ととして生まれることがよくあることを知った。貴様たちもそうなのだろう」


魔王は綾香と茜を交互に見やった。茜は驚いた表情をしていたが、綾香は魔王の指摘を認めるように目を伏せた。


「綾香、知っていたのか」


両親にとってもそれは意外な反応だった。どちらも娘に伝えたことはなかった。お前には生き別れた妹がいるなどとは一言も口にしたことはなかった。


「……聞いたの、昔のお手伝いさんから」


新城家には複数のお手伝いさんがいたが、そのなかでももっとも若い女性ーー綾香はお姉ちゃんと呼んでいたーーとは綾香は気が合い、友人のような関係を築いていた。


お姉ちゃんが結婚して仕事をやめた後も関係は続いていた。休日には一緒に買い物にいったりもしたし、食事に招かれることもたびたびあった。


ある日、綾香は高熱を出してしばらく寝込んでいた。そんな綾香のお見舞いにきたお姉ちゃんだった。


ベッドのそばに母親と立ち、なにかを話始めたのがわかった。

綾香は起きてはいたものの、苦しかったので挨拶すらもできず、二人は寝ていると勘違いをしたようだった。


その会話に、妹という単語が出てきたのが綾香にはわかった。もしもの場合はどうするのか、そんな感じのやりとりだった。


しかし、綾香に兄弟はいない。

後日、綾香はお姉ちゃんを呼び出して事の真相を問い質した。


当初は綾香の執拗な追求に耐えきれず、彼女は白状した。


実は綾香は双子として生まれたこと。

しかし、新城家では双子は不吉の象徴とされていたので、妹のほうを他の家に預けたこと。


それが三田茜だったこと。三田家は新城家の分家なので、綾香の両親に頼まれてちょくちょく様子を確認しに行っていたことなど。


茜が呪術師であるということも彼女から聞いた。中学生になった直後、業者に頼んで検査をしてもらったという。


綾香は困惑したが、親に事情を聞くことはできなかった。そうすればお姉ちゃんが非難されてしまうからだ。


不吉だからという曖昧な理由では納得ができなかった。

きっと他になにかがあるはず。そう考えた綾香は父親が別の女性との間に作った子供ではないかと疑った。


「父親への苛立ちが三田茜への憎しみに繋がったというわけか」

「……」

「新城綾香、貴様が三田茜を憎んだのは本能的なものもあったのだろう。助け合うとはいえ、本来は癒し手と呪術師は相克する存在。その立場の違いが、感情を複雑なものにしたのだろうな」

「すまなかった」


そう謝罪したのは司だった。


「双子の言い伝えを信じているわけではなかった。二卵性であることはわかっていたから、これなら大丈夫だと思っていた。しかし実際に生まれてみると、親をはじめとした上から圧力がかかって、茜を外に出さざるを得なかったんだ」


そう言って司は茜の方に近づいていった。


「茜、お前には本当に迷惑をかけた。いろいろ辛いことがあっただろう。分家とはいえ三田家は勘当された身、直接的な支援はなかなか難しい」


新城家では結婚相手は親が決めることとなっている。魔法士としての血筋を繋いでいくため、相手は一般人であってはならない。


しかし、司の妹である茜の母親が選んだのは一般人の幼馴染で、両親は猛烈に反対した。それでも決意は変わらず茜の母親は新城家を出て、二人は結婚した。


「お前を預けるとき、妹は喜んで引き受けてくれたよ。二人には子供ができなかったから、お前の事を本当の娘として受け入れてくれたんだ」


茜の顔にはまだ困惑が広がっていた。突然語られた過去に頭が追い付いていなかった。


「いまさら、だろうな。お前にとっては当然あの二人が両親で、わたしの言うことなど耳には入らないかもしれない。わたしはお前が幸せでさえあればそれでいい。ずっとそう願っていた。だから許してくれとはいわない」


茜は両親のことが好きだった。決して裕福ではなかったけれど、優しい二人で、家に不満を感じたことはなかった。

魔王はその表情を見て、


「どうやら、三田茜は両親には不満はないようだな。なら謝るのは貴様ではなく、娘のほうだ。新城綾香、ここにいる三田茜は貴様の妹かどうかという以前に、命の恩人だぞ。何も言わずに帰すつもりなのか」


それに、と魔王は続けた。


「今後、貴様が癒し手として生きていく上で、三田茜の存在は必要不可欠なものとなる。いま関係を修復しておかなければ、貴様の寿命はおそらく、半減することとなるだろう。貴様がそういう道を選ぶのならそれはそれで構わないがな」

「わ、悪かったわよ」

「どこを見て言っている」


綾香は座ったままで、ドア付近に立つ茜のほうに目すら向けてはいなかった。

綾香は憮然とした顔で立ち上がり、茜のほうを向いた。


「ごめん、悪かったと思ってる。これでいい?」

「なぜわたしに確認する?」

「だ、だって」

「日本人は謝るとき、土下差をするのが基本だろう。床に膝と頭をつけるべきではないのか」

「そんなわけなでしょ!」

「もういいです」


茜が絞り出すような声で言った。


「わたし、怒ってないですから。これで全てが収まるのなら、それで良かったと思うことにします」

「収まるとは限らないな。すでに呪術師と知られている以上、貴様へのいじめはこれからも続く可能性がある。さらに過酷なものにもなるかもしれない。耐えられる自信はあるのか」

「それは……」

「しかし、安心してもいいのかもしれないな。仮に直接的な暴力を振るわれたとしても、そのときは癒し手が治療してくれるだろう。そうだろ、新城綾香」

「わ、わかった」


綾香は渋々うなずいた。


「これからは姉妹二人、手を取り合って生きていくんだ」


司が茜と綾香の手をつかんで、二人を接近させた。

向かい合った二人にはまだ、ぎこちなさが残っていた。


姉妹だという実感はどちらにもなく、過去のわだかまりも完全に乗り越えたわけではない。


それでも、父親によって二人が握手をしたとき、その顔にはどこか、はにかんだような笑みが浮かんでいた。

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