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癒しと呪い6

放課後、魔王と胡桃は保健室を訪れた。茜の状態を確認し、動機についても正確に知るためだ。


茜は結局、一日中保健室で過ごした。早い段階で気絶から復帰していたものの、クレアが安静するように促していたため、ベッドでずっと寝ていた。


「クレア先生、話を聞いても大丈夫ですか」

「いいんじゃない?少なくとも肉体的な後遺症みたいなものはないようだし、わたしとの意志疎通も可能だった。まあ、少し遅れたら胡桃ちゃんが家まで送ってあげてよ」

「……三田茜はこの街の出身なのか」


魔王が意外そうな声で聞いた。


「そうだよ。何か気になるところあるの?」

「いや」


魔王はベットに近づいた。

茜はすでに上体を起こしていた。落ち着いた様子で魔王と胡桃を見つめた。


「わたしのことは知ってるか?」

「橘先生、ですよね。魔王だと名乗ってる」


茜はか細い声でいう。


「フム」

「……正直に言ってもいいですか」

「なんだ」

「わたしは橘先生に感謝するという気持ちにはなれないんです。命を救ってもらったのは覚えています。でも」

「構わない。申し訳ないという気持ちがあるだけで充分だ。わたしが助けたのはあくまでも頼まれたからで、純粋な親切心というわけでもない。気にするな」

「はい」

「だが、その動機は聞かせてもらうぞ。なぜ自殺をしようと思った」

「……わたし、いじめられていたんです」


茜が語ったことは、すでに魔王たちが把握していることとなにも変わらなかった。


呪術師であることがばれ、周囲から敬遠されたこと。当初は無視のみだったが、最近では露骨なものも増えてきたこと。近づくだけで嫌な顔をされ、罵詈雑言を浴びせかれられた。


教師に相談しなかったのは、担任が一般人だったから。魔法士の悩みを理解できるとは思わなかったという。


「うち、貧乏だったんです。だから中学でも学校でいじめられていたんです。それに耐えられていたのは、両親から魔法士の才能があるからと聞かされていたからです。どんなに辛くても、学園に進めばきっと人生が変わると思っていました。でも、実際にはそんなことなくて」

「それで絶望したと」

「わたしの居場所なんてどこにもないんだと気づきました。きっと生まれてきたこと自体が間違いだったんです」

「おい、胡桃。この国では親から魔法士の才能があるかどうかを教えてもらうのが普通なのか?」


魔王が確認をすると、胡桃は首を振った。


「魔法士の特性は普通の家庭では把握できないはずです。こちらで調べたものも伝えることはしないはずです」

「なら、三田茜の親はなぜ知っていた」

「業者にお願いしたのかもしれませんね」

「業者?」

「いるんですよ、そういう人が。有料で子供が魔法士の才能があるかどうか、あったならどんな能力なのかを調べてくれる人が。魔法士がバイト感覚でやってるんです」


魔王は茜にも確認したが、なぜ親がそんなことを知っていたのかはわからないという答えだった。


「貴様は呪術師であるということを他の誰かには漏らしたのか」

「いえ、誰にもいってません」

「その噂を広めたのは人間については心当たりはあるのか」


茜は首を振った。


「なら、教えてやろう。隣のクラスの新城綾香だ」

「新城、綾香」


茜はそう繰り返した。その名前を聞いても、ピンとはきてないようだった。


「知らないんだな。貴様と同じように地元組らしいが」

「たぶん、中学なども違うと思います。この街は広いですから。でも、なんとなく名前を聞いたこともあるような気もします」

「この地域の有力者の娘らしいからな」

「でも、どうしてその新城さんがわたしのことを知ってたんてすか。なんの接点もないはずなのに」

「さあな。気になるなら本人に聞いてみるといい。明日以降、登校すればの話だがな」


茜は不思議そうに魔王を見上げる。今日、綾香の体に何が起こったのか、保健室にずっといた茜は知らなかった。


「とにかく、元凶である新城綾香はしばらく学校には来ないはずだ。周囲の貴様への対応も少しは変わるかもしれない」

「そうは思えません。わたしが呪術師であることには変わりはないんです」

「なら、また自殺をするつもりか?」

「それは……」

「死ぬ覚悟があるのなら、一度くらい立ち向かったらどうだ。反論も主張もなにもせずにただ差別を受け入れるなど、屈辱的だと思わないのか」


魔王は弱い者いじめは嫌いだったが、それをなんの抵抗もなく受け入れている弱いものも好きではなかった。


「……みんな言います。お前なんかなんの役にも立たないって。人を不幸にするなら、いますぐにいなくなったほうがいいって」

「なら殺せ」

「え」


茜はキョトンとした顔で魔王を見上げる。


「自殺は自分を殺す行為だ。なら他人でも構わない。貴様が死ぬつもりなら誰かを殺せ」

「ちょ、ちょと、それどういうことですか!」


胡桃が慌てた様子で二人の間に割って入った。


「そのままの意味だ。三田茜は自殺するほど追い込まれている。それはつまり、自殺に追い込んだやつらへの憎しみも感じているということだ。本能に従ってそいつを殺すことは、三田茜に与えられた一つの権利と言える」

「なわけないでしょ!人殺しなんてダメに決まってます!」

「自殺ならいいというのか」

「どっちも止めるのが教師でしょうが!」

「三田茜の能力は変わらない。呪術師であること理由にしたいじめも決してなくなることはない。殺すか殺されるか、結局はそこに行き着く話だ」

「人を殺したら逮捕されちゃいます!」

「生きるために必要な行いなら罪には問われない、正当防衛というやつがあるだろう」

「教師が生徒に殺人を勧めている時点でそれは通用しません!」

「しかし、本人にはある程度その気があるようだな」


胡桃は振り向いて茜を見た。茜の顔には迷いが浮かんでいた。少なくとも、嫌がっている様子はなかった。


「三田さん、まさか変なことは考えてないですよね。魔王の言うことなんて聞いちゃダメですからね」

「どけ」


魔王は胡桃を脇へと追いやり、茜の前に立った。


「わたしが手伝ってやってもいい。逮捕が不安なら殺さなくても構わない。もう二度と貴様をいじめたいなどと思わないように痛め付けるだけでも効果はある」

「……」

「人生を変えるチャンスだぞ。これまでの鬱憤を晴らし、新しい自分に生まれ変われるかもしれない。学園をやめることもできないなら


安全保障の観点から、魔法士は簡単には退学はできない。そのようなことが頻発すれば金儲けのためにテロリストのような活動をしかねないからだ。


三田茜は学校へと通い続けなければならない。

それはいじめが今後も続く可能性があるということだった。


教師がたしなめても、そう容易くいじめが収まる保証はない。呪術師に対する恐怖は本能的なものだ。


「どうする、三田茜。やるか、やられるか、これは貴様の人生の分岐点だぞ」


魔王が茜に迫った、そのときだった。

保健室のドアが音を立てて開いた。


「お、お前か、橘という教師は」


スーツを着た中年の男性がそこにいた。足早に魔王へと近づくと、


「娘をあんなふうにしたのはお前なんだな!」


と叫ぶように言ったのは新城綾香の父親である司だった。


帰宅した直後、娘の様子がおかしいことはすぐに聞かされた。

学校から帰ってからずっと部屋に閉じ籠っていると妻がいう。何度呼び掛けても「あっち行って」と邪険に扱われ、困惑をしていた。


司は半ば強引に部屋に入った。

娘の姿を見て驚愕した。まるで肌が腐ったかのような色をしていた。


理由を聞けば、魔王を名乗る学園の教師、橘悠太の仕業だという。

魔術という怪しげな術でこのような姿にされたのだとか。司は急いで学園に向かい、春樹から事情を聞いて保健室に飛び込んだ。


「それがどうかしたか」


平然と答える魔王の態度に、司はさらに激怒した。


「なんだと。お前、自分のしたことがわかってるのか!」

「本人からは聞いてないのか。貴様の娘は間接的に人を殺そうとした。やつはその報いを受けたに過ぎない」

「娘が人を殺そうとした、だと」

「あそこにいるのが被害者だ」


そういって魔王はベットに腰かける茜を目線で示した。


「三田茜は今朝、学校の屋上から飛び降りようとした。同級生から執拗ないじめにあっていたからだ。その原因は貴様の娘、新城綾香が三田茜が呪術師であるということを言い触らしたからだが、それについては知らないわけだな」

「三田、茜」


司はベッドにいる茜を凝視している。さきほどまでの怒りの形相はなく、どこか呆然とした表情だった。


「三田茜は新城綾香への復讐を考えている。わたしはそれに協力をするつもりだ。貴様は父親としてそれをどう考える」

「わ、わたしは」

「貴様に聞いたのが間違いだったな。新城綾香に、娘に伝えておけ。そのうち三田茜が貴様を襲いに行くと。貴様がバカにした呪術師の力で追い込んでやると、そう言っておくんだ」

「……」


司はまともな反論もせず、静かに保健室を出ていった。

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