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癒しと呪い4

屋上のドアが開き、一人の女子生徒が姿を見せた。


「わたしに用、だと聞きましたが」


丁寧な物言いのなかに、トゲが含まれている。

ここに呼ばれた理由が好ましいものではないとすでに知っているからだ。


「橘先生、ですよね。正体は異世界から魂のみがやってきた魔王だとか」


新城綾香は屋上に一人で立つ魔王を正面に見た。


「確か担当は二年生だったはず。それが一年のわたしにどのような話があるんです?もしかして告白ですか」


綾香の挑発するような言葉にも、魔王は表情ひとつ変えなかった。


「新城綾香、貴様がいじめの主犯だそうだな」

「いじめ、とは」

「とぼけるな。隣のクラスの三田茜のことだ」


生徒の聞き込みによって新城綾香の名前はすぐに上がった。


入学直後のことだったという。茜のいるクラスで突然倒れた生徒がいた。


その生徒は結局、親元を離れ、慣れない土地に引っ越してきたことへの緊張による貧血と診断されたが、その結論が出るまでにとある噂が学年中に広まっていた。


それは茜が呪ったのではないか、というものだった。


何者かが茜は呪術師であるという噂を流し、その真偽を問い詰められた茜が認めたからだ。


体調が悪化した生徒は他にもいた。次々に同級生が倒れる様を見て、一年生の多くは不安に襲われた。


実は魔法学園に入学したばかりの生徒は、体調不良に陥ることが多い。

学園周辺は他の地域よりもマナが強く、慣れない生徒にとっては体のバランスを取ることが難しいからだ。


しかし、才能だけを見初められて学園へと入学したものが多い一年生には魔法の知識もあまりない。しかも噂を流したのが新城綾香となれば疑うものも少なかった。


「貴様は無知な同級生を誘導し、三田茜を危険人物として祭り上げた。新城家はこの地域では魔法士を多く排出する名門としてしられているようだな。その信頼がさらに信憑性を上げたのだろう」


新城綾香は学年の中でも特別な存在だった。綾香の実家は魔法士のみならず、企業経営でも成功している一族の家系だった。この地域に根差した複合企業で、政治的な影響力も強い。


「この学園の一年生はとくにストレスが溜まっている。地域外から越してきたものも多く、魔法士としての使命も重荷となっている。それだけに他者への攻撃理由があれば躊躇することもない」

「わたしは隣のクラスなので、よく知らないんですけど」


綾香は人差し指で自分の髪を巻き付けた。腰まで届く長い髪は艶やかで、ストレスなど微塵も感じていないようだった。


「貴様の目的はなんだ。どうして三田茜を狙った。そして、どうやって知った三田茜が呪術師であると知った」


魔王は鋭い声で追求した。

綾香は顔をしかめた。


「誤解です。わたしのせいにするのは実家への嫉妬心がある人でしょう。家が大きいといろいろと敵もできますから」


綾香はそれだけ言って魔王に背中を向けると、足早に立ち去ろうとした。


「言い訳が通じると思うなよ。貴様が主導したことは間違いがない」


魔王は背後から綾香の腕を掴んで言った。

綾香はその腕をすぐに振り払った。


「もしそうだとしても、あなたには関係がない。二年の担任にあれこれ言われる筋合いはないわ」

「貴様、癒し手だそうだな」

「それが、何か」


癒し手はその名の通り、回復系の魔法士だった。


「それが動機だろう。癒し手と呪術師は相反する存在。だからこそ憎しみが募った。違うか」

「……」


綾香は何も言わなかった。きつい目付きで魔王を見返した。


「みっともない真似はやめろ。家の力は貴様の能力とは違う。その年で権力を笠に着たところで、将来の不幸を招くだけだ」

「……橘先生、あなたは魔王で間違いないのよね」

「ああ」

「あなたは魔術師で、向こうの世界ではわたしたちのような魔法を使える人間と敵対していた?」

「そうだ」

「なら、呪術師がいかに無能かわかるのでは?呪いというものは戦いにおいて、必ずしも重要な役目は果たさない。効果が出るまでに時間がかかるし、味方へ飛び火する場合だってある」


確かに呪いは扱いの難しい能力ではあった。


火や雷といった攻撃とは違い、明確なダメージを与えるものではない。

相手にどれだけの負荷がかかっているのか簡単にはわからず、呪いの定着にも時間がかかる。


激しく動き回る戦闘の場合、味方にもデメリットが大きい。呪いの軌道が目には見えないため、避けようがないからだ。間違って味方が呪われる、なんてこともあり得てしまう。


魔王が対した勇者のメンバーの中にも、呪術師はいなかった。向こうでは呪術は主に拷問で使用されていた。魔王は敵対する人間のことはよく調べていたので、それくらいは知識としてあった。


もっとも、魔術師だからといって決して軽んじられてはいなかったが。


「ずいぶんと詳しいようだな」

「魔法士の家系だから、家で色々と学んだのよ」

「仮に呪術が役に立たないからといって、いじめを容認する理由にはならない。そんなことも貴様にはわからないのか」

「彼女が退学しても、大した損害にはならないと言ってるの。どうせなんの役にも立たないのなら、早い段階で別の道を探すのもひとつの手だと思うわ」

「それが貴様の狙いというわけか」

「さあ」


と言って、綾香は屋上の出入り口に向かった。


「ひとつ言い忘れたことがある」


綾香はドアノブを握ったところて振り返った。


「呪術師は決して無能ではない。人間の能力を擁護するのも妙な話ではあるが、それは覚えておくと言い」

「……」


ドアを開け、綾香はその場から立ち去った。

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