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癒しと呪い3

「しかし、この学校も呪われてるんじゃないの?」


浅木クレアは半ば呆れたように言った。

ここは学園の保健室。さきほど飛び下りた女子を魔王がベッドまで運んだところだった。


「なんか最近、変なことばかり起きている気がするけど、気のせい?」


クレアの視線は魔王へと注がれていたが、魔王は目を合わせることはしなかった。


「貴様の立場は生徒の健康に気を使うことだろう。わたしへの文句ではなく、まずはこの生徒をチェックするべきではないのか」


自殺未遂となった女子は、いまは気を失ってベッドで寝ている。

助かったことへの安堵か、自殺をしそこねたことへの後悔か、あのあと糸が切れたかのように気絶をしてしまった。


「ベッドが受け止めてくれたんでしょ。その上で気絶をしたならまずは休ませるのが一番よ。それに学園の子なら大丈夫。魔法士の才能がある人間は他よりも頑丈に出来ているらしいから」

「適当な女だ」

「あんたのおかげっていってんの。飛び下りの場合、頭か足から落下するのが普通なのよ。でもこのこの子はベットに綺麗に受け止められてたのよね。ってことはあんたがそういうふうに仕向けたんじゃないの?」


事実だった。この女子は頭から落下していたので、魔王がさらに重力を呼び寄せて、横向きに体勢を変えたのだ。


「案外、魔王も優しいところがあるのね。自分のベッドを用意しただけじゃなく、後遺症が残らないように配慮までするなんて」

「わたしのベッドを血で汚されたら構わないからな」

「なら、他のものを召喚すればよかった、なんてことは言わないよ。どうせあれこれ言い訳するんでしょ」

「……」

「クレアさん、実はですね」


胡桃がトコトコとクレアのそばに近寄り、その耳元でなにかを言った。


「へぇ、昨日は悲鳴を上げた女性を救助し、病院まで送り届けたと。魔王、あなたそのうち警察から表彰でもされるんじゃないの?」


そのとき、勢いよく保健室のドアが開き、眼鏡をかけた男性が姿を現した。


「あ、倉田先生」

「うちのクラスの三田茜が自殺をしたって、本当ですか?」


ハアハアと息を切らせているのは倉田誠。学園の教師のひとりだった。


「安心してください。怪我などはしていないようですから」


誠は胡桃とともにベットに近づいた。


「本当ですね。良かった」

「橘先生が救ってくれたんですよ」

「あ、ありがとうございます」


誠は魔王に向かって頭を下げたが、どことなく動きはぎこちなかった。

魔王はこの教師と話すのははじめてのことだった。

というか、胡桃以外の教師とはほぼ繋がりはない。みなが魔王を敬遠し、魔王からも話しかけるようなことはしない。


「感謝をする必要はない。貴様はこの女の担任か?」

「はい」

「なら、この女が自殺をしようとした理由がわかるな」

「えっと、それは」


口ごもる誠。


「なにか思い当たるところはあるわけだな」

「その、いじめかもしれません」

「いじめ、だと」

「はい」


誠は気づいてはいた。茜がクラスの中で孤立していることを。

休み時間はいつもひとりだったし、友達と廊下を歩いている姿を見たこともない。心なし机も前後左右とも距離が開いている。


「本人からは何も相談がなかったので、しばらく様子を見ていたんですが」


茜は一年生で、入学してまだまもない。

そのため深刻なものではないだろうと誠は考えていた。


もしも激しいいじめであれば教師である自分にもさすがにわかる。いまの段階では様子見で行こうと考えていた。


「しかし、三田茜は自殺をした。ということは、生半可ないじめではなかったということではないのか」

「そ、そうかもしれません」

「原因はなんだ」

「さあ」

「貴様、本当に担任なのか」


誠の態度は弱々しいというか、そこまで生徒の身を案じているようには見えなかった。


「すいません。ぼく、今年から赴任したばかりなんです。しかも、魔法学園ははじめてなので」


誠は一般人なので、まだ魔法学園という環境には慣れてはいなかった。いまも混乱のほうが先に立っている。


「情けない男だ。いじめに魔法が使えるかどうかは関係ないだろう」

「そうなんですけど、なんというか、距離がつかみづらいというか」


あ、と胡桃が突然声を上げて両手を打ち鳴らすようにした。


「いや、それ、関係あるかもしれませんよ。いま思い出したんですけど、三田茜さんならわたしも知っています。呪術師の子ですよね」

「そうみたいですね」


誠の反応は鈍い。それがどうしていじめと関係があるのか、すぐにはわからなかったようだ。


「たぶん、周囲の子達にばれたんですよ。三田さんが呪術師だっていうことが」


魔法士にも個性はある。

おおまかに分けると攻撃と補助系の二つ。


呪術師はそのなかでもレアな能力で、主にアタッカーの補助としての役割を与えられる。

呪いによって敵を弱体化して戦いを支援することが目的となっている。


「つまり、三田茜に近づくと呪われてしまう、という噂が一年の間で広まっているということか」

「間違いありませんよ。呪術師はそこまで危険なものではないんですけど、まだ魔法の知識が不完全な一年生なら不安になる気持ちもわかります」


でも、と胡桃は続けた。


「不思議な部分もあります。一年生のときはまだなにがその人の特性なのかは伝えないんですよ。だからどうして呪術師だということがばれたのかは、謎ですよね」

「その情報は教師が管理しているわけか」

「はい」


魔王は誠の方を見た。

誠は激しく首を振った。


「ぼ、ぼくは誰にも言ってないですよ。呪術師がどんなものかもわかりませんし」

「倉田先生は何も知らないはずですよ。一般の人には魔法士の個人情報はアクセスできないはずですから」

「なら、魔法士の資格を持った他の教師が漏らしたということか」

「それはちょっと考えられないですね。そんなことをする理由がありませんから」

「つい呪いの魔法を使ったとか、あるんじゃないの?一年でも能力はすでに備わってるわけだから」


クレアの発言に、胡桃は首を振った。


「もしそうなら、大きな問題になっているはずです。そういう騒動は一切なかったはずですよね、倉田先生」

「は、はい」

「だがどこかで情報が漏れたはずだ。入学してまもない一年なら情報源の特定はさほど難しくはないはず。自殺騒動で校内は混乱している。いまのうちに調査を始めたほうがよさそうだな」

「ずいぶん乗り気ですね、橘先生。やっぱり生徒のことが気になりますか?」


胡桃はニヤニヤしている。口では冷たいことを言いながらも生徒のために働こうとしている魔王がなんだかかわいかった。


「わたしは卑怯なやつが嫌いなだけだ。たまたまとはいえ関わってしまった以上は無視をすることができない」


魔王はぶっきらぼうに答える。


実際のところ、なぜここまで生徒の自殺に関わろうとしているのか、自分でもよくわからなかった。

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