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帰宅。

そんなこんなで時間は過ぎ、教師も校舎を出ざるを得なくなった。


困ったことに、魔王は自宅の場所を知らなかった。

魔王の元の体である橘悠太は車で通っていたが、運転なども当然したことがない。


車という存在を胡桃から聞き、強い興味を抱いた魔王はさっそく運転したい欲望にかられたが、その様子を見た胡桃は強い不安を覚え、自分が送ると言い出した。


魔王は助手席から日本の町並みを眺めたが、すでに暗くなっていることもありとくに興味を引かれるものはなかった。


車という移動手段についても、乗ってみればたいしたことがないな、という印象だった。

魔王は高速で移動することができたので、わざわざ乗り物を使う必要性を感じないからだ。


魔王の自宅はマンションの一室で、そこで独り暮らしをしていた。

胡桃は家電の使い方などを説明するために中までついてくる気だったが、なんだか馬鹿にされている気になったので魔王は入り口で追い返した。


魔王は日本語をしゃべることができるので、ある程度の知識は頭にはあるはずだった。

体に染み付いた習慣も消えるはずがなく、そういえば腹が減った、と考えたとき見たこともない冷蔵庫が真っ先に頭に浮かんだのもその現れだった。


冷蔵庫はきっちりと整理されていた。

独り暮らしだからなのか、ものは少なめだった。


魔王はとりあえず飲み物を手にした。

牛乳だった。

文字を見ると、それがなんなのかは理解できた。


魔王はパックのまま牛乳を飲んだ。向こうでは飲み物といっとらワインや血ばかりで牛乳はほとんど飲んだことがなかったが、まずくは感じなかった。


困ったのは食べ物のほうだ。

飲み物なんてものはどこも大して変わらないし、水でも渇きは十分に癒せるが、食べ物は種族や人によって大きく異なる。


牛乳に抵抗を感じなかったということは、日本人としての味覚も獲得していると考えるべきか。

魔王はキッチンの棚の中に入っていた大きめの袋を取り出した。それはコーンフレークの袋だった。


魔王は袋に直接口をつけ、コーンフレークを口一杯に含んだ。

ボリボリと噛み、ついで牛乳を口に含んだ。甘すぎる感はあるが、悪くないと思った。


ある程度お腹が膨れると今度は疲れを感じた。魔王はリビングに行き、ソファーに腰を下ろした。

テーブルに置いてあるリモコンを手に取り、適当にボタンを押してみるとテレビがついた。


もちろん魔王にとってテレビは初めて経験するものではあったが、とくに驚くことはしなかった。


体に染み付いた知識だけではなく、高位の魔術師としてさまざまな世界に触れてきた魔王にとって、違う世界の文化を受け入れることは容易なことだったのだ。


魔王はじっとニュースを見ていた。

この世界の情報を得るためだ。どうやら事件があったらしい。しかもテロ。ここではない街でなんらかの理由で爆発があり、犯行声明も出ているとか。


「思いの外治安はよくないのかもしれないな、この国は」


車での帰宅途中、一人で歩いている女性を見かけたので、魔王は意外な気持ちでそのニュースを見ていた。


しばらくテレビを見ていると、ふいに体にかゆみを感じた。

いや、ずっとムズムズしていたが、食事を取ったことにより血液の循環が加速し、より強く意識するようになった。


「風呂、か」


魔王はほとんど風呂には入らない。魔族全体がそうだ。

水浴びはするが、体を洗う必要性は感じない。


臭いに鈍感、というわけでもない。魔族は肌が厚く、新陳代謝も人とは比べ物にならないくらいに早い。


「人間とは不便だな」


そもそも、服を着ていること自体に違和感がある。

服を着ているからかゆみを感じるのではないだろうか。


とはいえ、裸で出歩くことは難しいことは魔王もすでに把握している。慣れるしかない。魔王は立ち上がり、浴室へと向かった。


「くっ」


冷たい水のままシャワーを浴び、魔王は悶絶した。

本来の体なら水を浴びたくらいではなんともないのだが、人間の皮膚はかなり弱いらしく、心臓が止まるかと思うような冷たさを感じた。


「人間の体とはなんと軟弱なことか」


レバーを見ると、青色と赤色にわかれているのがわかる。

魔王は赤色のほうにレバーを動かし、お湯を出した。


ボディソープやシャンプーも器用に使い、体の汚れを落としていった。


浴室を出ると、軽やかなテンポノメロディが流れ始めた。魔王はリビングのテーブルを見た。その音はそこに置いてある携帯から発せられていたものだ。


「あ、ちゃんと携帯に出れるんですね」


相手は胡桃だった。携帯の使い方は胡桃から教えられていたので、魔王は目の前にいない人間の声を聞いても驚きはしなかった。


「何の用だ」

「ちゃんとできています?物を壊したりしていませんか?」

「とくに問題は起こっていない」

「気をつけてくださいね。電化製品は扱いを間違えると、大変なことになりますから」


召喚術を目の当たりにしたことで、胡桃は魔王の言い分をある程度信じることにしていた。

一度だけでは手品かと疑うところだが、それ以降も魔王は望みのものを召喚してみせた。


見た目は人間なので魔王かどうかと言われると判断は難しかったが、魔術というものは現実として認めざるを得なかった。


橘悠太がもともと魔術の才能がありそれを隠していた、というほうが異世界から魔王の意識だけやって来たというよりは納得ができそうではあったが、相手が魔王だと主張しているのだから仕方がない。


「わたしを子供と勘違いしてないか」

「向こうにも家電製品はあったんですか?」

「ない」

「なら、やっぱり気をつけたほうがいいですよ。扱いなれた人間でも、火事とか起こしちゃいますから」

「雨でも召喚すればすぐに収まるだろう」

「そのマンションって賃貸ですよね。余計なお金がかかっちゃいますよ」


これまで魔王はお金の心配などしたことはなかった。魔王は魔王の子であり、小さい頃から英才教育を受けていたからだ。


「わたしはどれくらいのお金を持っているのだ」

「わたしに聞かれても困りますよ」

「ここまで世話を焼くということは、恋人か何かではないのか?」

「ち、違いますよ。橘先生とはそういう関係じゃありません」


胡桃は強く否定する。


「なら、どういう関係だった?」

「職員室の席が隣なのでよく話はしますけど、プライベートな部分はあまり知りませんね。それほど口数の多い人ではないので」

「この体の持ち主、橘悠太についてもっと知りたいのだが」

「うーん、正直橘先生のことはあまり知らないんです。他の先生も同じだと思いますけど、あまり深い付き合いがないんですよね」


橘悠太はどの教師とも距離は変わらない。

仕事をこなす上での付き合いはするが、それ以上の関係になることはない。飲み会などは一切参加せず、自分から話しかけてくることもない。胡桃はそう説明した。


「橘悠太は孤独が好きなのか?」

「人嫌いというわけじゃないとは思います。むしろ感情が希薄というか、人付き合いにあまり意味を見いだしていないというか」


胡桃はそういう人なんだ、と割り切っていた。

他の教師はなんだか不気味な感じがするといって距離を取ることも多かったが、必ずしも胡桃はネガティブな印象は抱かなかった。


橘悠太は感情にムラがないので話しやすく、むしろ他の人よりも素直になれるような気がするのだ。


「そんなに気になるなら、部屋を調べたらどうですか。趣味のひとつでも見つかると思いますけど」


魔王はそう言われて部屋を歩き回ったが、めぼしいものは見つからなかった。


「最低限の家具が置いてあるだけだな。本のひとつも見当たらない」

「携帯はどうですか?動画やゲームのアプリは入ってたりします?」

「電話をしているのだから調べようがない」

「あ、そうでしたね。じゃあ今日はもう休んでください。続きは明日にしましょう。それじゃおやすみなさい」


そう言って胡桃は電話を切った。



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