娘として7
「何度言ったらわかる。佐伯涼などという男はわしは知らん」
麗は家の奥のほうにある応接間で父親の来栖玄三と向き合っていた。
広々とした和室で、二人とも座布団に座っていた。
麗は父親を追求していた。
佐伯涼に何をしたのか、白状させようとしていた。
しかし玄三は頑なに認めようとはしなかった。会ったことすらないと言い張った。
「麗よ、そんなくだらないことはどうでもいい。それより、学園のほうはどうなっている」
「話をそらさないでよ。わたしは知っている。あんたが彼を殺したってことを」
麗の目にはすでに涙が浮かんでいた。それはすでに父親の罪を確信しているからだった。
「なにを根拠に」
「言い訳なんてみっともないことはやめてよ。わたしはすでにあそこまで行ってるんだから」
麗は具体的な場所を口にした。
それを聞いた玄三は目を見開いた。
「どうしてそれを。葛西には知らせていないはずだが」
「ヤクザは汚い仕事をする。そんなことはわかってる。でも、わたしはそのことに目を逸らしてきた。今回のことは、その報いなのかもしれない。だからわたしはもう逃げない。死んだ彼のためにも、あんたに罪を認めさせる」
その言葉と同時に襖が開き、魔王が姿を見せた。
「何者だ、貴様」
「わたしは魔王だ」
「なに」
「この世界では魔王は一方的な悪者のようだが、今回は正義の味方といっても差し支えないだろう。もっとも主役はわたしではなく、お前が殺した佐伯涼だがな」
「誰か、誰かいないのか!」
その声に答えるものはいない。
すでに魔王がすべての配下を気絶させていたからだ。
「そこにいる貴様の娘、来栖麗は父親を許せないと言っている。ただ、チャンスをやるとも口にした。佐伯涼に心の底から謝罪をすれば、親子の縁を切るだけで我慢してやると」
魔王はそう言って体を横にずらした。
その背後に隠れたようにして立っている人物を目にし、玄三はわずかな悲鳴をあげた。
佐伯涼がそこに立っていたからだ。
「もう少し部下のしつけはちゃんとしたほうがいいかもしれないな。登山ルートから外れた山の中腹で始末すれば発覚しないと思ったのか、埋め方が雑だったぞ。おかげでにおいの追跡も楽にできた」
魔王が土を掘り返したとき、佐伯涼は当然死んでいたが、まだ殺されてまもないからか、肉体は腐ってはいなかった。
魔王の力をもってしても、人を生き返らせることはできない。しかし、生きているように見せかけることはさほど難しくはない。
魔王は佐伯涼の体に雑霊を召喚し、取りつかせた。
雑霊はどこの世界にも浮遊している死者の曖昧な霊のことだ。
はっきりとした自分というものを持っていないため、簡単に人の体に馴染むことができる。
雑霊にとりつかれると、人は最後の意識をわずかに取り戻す。
それは意思と呼べるほど明確なものではないが、なんらかの対象が目の前に存在をしていれば自分のすべきことくらいは理解する。
「あ、ああ、あ」
佐伯涼はまさにゾンビの如くたどたどしたく歩きながら、玄三へと近づいていく。
服は擦りきれ、全身が土で汚れている。暴行されたからか、肌には傷が多く目立ち、変色も数多く見られた。
そんな佐伯涼から、麗は目をそらさなかった。死体を掘り起こしたときは激しい吐き気に襲われたが、いまはもう覚悟を決めている。
「く、くるな!」
玄三は座ったまま、涼から距離を取る。
涼の足取りはゆっくりとしているため、走って逃げることも可能だったが、すでに腰が抜けているらしく、立ち上がることもできなかった。
「謝罪をしないのか?貴様が殺したんだろ。娘が許してくれる最後のチャンスだぞ」
「やめろ、くるなっ」
ずるずると尻を引きずるようにしていた玄三の動きが止まった。部屋の隅まで移動し、背後には柱しかなかったからだ。
「佐伯涼はいわゆるゾンビだが、貴様を殺すくらいの力は残っている。さあ、どうする。そのまま死ぬつもりか」
「く、くそっ」
玄三は懐に手を入れ、なにかを取り出した。
それは拳銃だった。
「憐れだな。ゾンビ相手に銃をうってどうなる。すでに相手は死んでるんだぞ」
「だ、黙れっ。わたしは、ここで死ぬわけにはいかない」
玄三が座ったまま銃を構えたとき、
「やめて!」
麗が立ち上がり、二人の間に割って入った。
「これ以上彼を傷つけないで。彼はもう苦しんだ、苦しんだのよ!」
「麗、そこをどけっ。二度と立ち上がれないように、そいつの頭を撃ち抜いてやる!」
「いや、どかない。もし彼を撃つんならわたしを殺して!」
「う、麗」
「わたしはずっと苦しんできた。ヤクザの娘として、小さい頃かは肩身の狭い思いをしてきた。そんなわたしがやっと手にいれた幸せをどうして邪魔するのよ。こんな家に生まれなきゃ良かったって何度思ったのか、あんたにはわるの!」
「わ、わたしはただ、お前のことを思って」
「嘘よ。だったらどうして彼のことを殺したのよ!」
「そ、それは」
玄三が言葉に詰まった直後、引き金にかけられていた指が動いた。
銃口から弾が発射され、悲鳴が響き渡った。
それは麗の声だった。
「う、麗!」
銃弾は麗の肩を貫いた。
麗は後方へとよろめき、佐伯涼を押し倒すようにして倒れた。
「ああ、まさか、そんな」
玄三は狼狽えた様子で、拳銃を手放した。
魔王はその拳銃を拾い上げると、玄三を見下ろして言った。
「娘を撃つとは、貴様はヤクザとしても父親としても終わりのようだな」




