娘として6
葛西の言葉通り、麗は休日明けに登校した。
体調はやはり良さそうには見えなかった。授業の最中もノートをとらず、休み時間も机に座ったままだった。
異様な雰囲気を察してか生徒の誰も声をかけず、放課後になるまで麗は一言も口にはしなかった。
生徒の多くが教室を出ても、麗は椅子に座ったままだった。そんな麗に胡桃が近づいて声をかける。
「大丈夫ですか、来栖さん」
「……橘先生を呼んでください」
その声に応じるかのようにドアが開き、魔王が姿を見せる。
「ここにいる。何の用だ」
魔王は麗の席に近づき、彼女を見下ろした。
「いや、聞くまでもないか。父親を殺してほしいのだろ。わかった。そうしよう」
「え?」
麗が顔を上げて魔王を見る。
「しかし、それには条件がある。貴様の動機だ。それを言え。なぜ父親を殺したいのか、その内容によっては協力をする」
「それは」
麗は口ごもる。何度か口を開けるも、その後に言葉が続いてこない。
「言えないのか。なら、その依頼を受けることはできない」
「待って」
立ち去ろうとする魔王を、麗が呼び止める。
「なんだ、言う気になったのか」
それでも、麗は何も言わない。
「来栖さん、もしかして佐伯涼さんと関係があるんじゃないですか」
胡桃の言葉に、麗は目を見開いた。
「どうして彼の名前を」
「近くの大学で最近失踪した人がいないかを調べたんです。そしたら佐伯さんの名前が出てきました」
胡桃は優衣から情報を得たことも伝えた。
「来栖さんの彼氏、ですよね。両親からの失踪届けも出ているそうですけど、いまだに見つかっていないみたいです。それがお父さんの仕業だと疑っているんじゃないですか」
「……そう」
と麗はうなずいた。
それから麗は一連の流れを説明した。
春休みに佐伯涼と出会ったこと。連絡先を交換して、すぐに交際が始まったこと。
やがて、彼氏の存在が父親に発覚し、言い争いになったこと。
別れろと言われたが断り、そしてその後、佐伯涼が姿を消したこと。
「彼に何が起こったのか、わたしにはわからない。父親に聞いてもはぐらかされるだけだった。でも、父親が関与していることは確か。ヤクザのやることなんて限られている。だからわたしは」
麗の体が震えている。机の上に置いた拳も、声も。
「殺そうとした、か」
麗は首を振った。
「そうじゃない。わたしは事件を起こそうとしただけ。万引きで捕まるか、捕まらなかったら包丁で誰かを襲おうと思ってた」
麗の目的は警察に動いてもらうことだった。
事件をあえて起こすことで、そこから佐伯涼の失踪に繋げるつもりだった。
大きな事件ならば様々な捜査が行われる。その過程で彼氏の現在を知ることができれば、という思いがあった。
「それなら警察に最初から相談すればよかったんじゃない?」
「した。でも、全然相手にされなかった」
事件を起こす前にも、麗は警察に事情を説明したが、ほとんど話は聞いてはもらえなかった。
児童ならともかく、大学生の男子なら警察も真剣には探さない。
保護された後も、その対応には変わりはなかった。
事件を起こした動機についても白状したが、店と同じく、なるべく大事にはしたくないという態度が明らかだった。
「ヤクザに関わるのは面倒だという雰囲気が伝わってきた。仮に大きな事件を起こしてもきっと対応は変わらないって気づかされた」
麗は悔しそうに拳を握りしめる。
「父親が本当に佐伯涼を殺したことは確信してるのか」
麗は立ち上がり、魔王を正面から見た。
「じゃあ、彼が失踪した理由はなんなの。どうして突然いなくなったというの?」
「わたしは動機を知りたいだけだ。ヤクザでも恋人というだけでは娘の彼氏を殺したりはしないだろう」
「それは、わからない」
力が抜けたかのように、麗は椅子に再び座った。
「じゃあ、まだ佐伯さんは生きているかもしれないですよね」
「それは、ないと思う。根拠はないけど、なんとなくそう思うから」
「佐伯涼とはどういう人間だった?」
「優しい人だった。ヤクザの娘だと知ってもわたしを軽蔑したりしなかった」
「ひかれた要素はそれだけか?」
「彼には夢があったの。そこかもしれない」
ヤクザという概念に閉じ込められた麗にとって、佐伯涼は魅力的な人物だった。
彼にはダンサーとして世界に羽ばたくという夢があった。大学の卒業をまたずに挑戦するかもしれないともいっていたという。
「わたしとは違って彼はキラキラと輝いているように見えた。魔法師ももちろん特別な立場だけど、結局は公務員みたいなもの、国の管理下から抜け出すことはできない。彼のように自由に挑戦できる姿がうらやましかった」
「お父さんを怒らせるようなことはなかったの?」
「そんなのあり得ない。だって紹介なんてしてないんだから」
「貴様には断りもなく呼びつけた可能性はあるだろう」
魔王の指摘に、麗はうなずいた。
「かもしれない。でも、涼はまっすぐな人なの。父親を怒らせるようなことを言うとは思えない」
まっすぐだからこそ苛立ちを覚えることもある、と魔王は思ったが、口にはしなかった。
「とりあえず、佐伯涼の現在を確認するところから始めないといけないな」
「どこにいるか知ってるの?」
「いや、これから調べる。佐伯涼からもらった何かは持っているか」
「なんで?」
「いいから出せ」
「これなら」
麗はポケットからなにかを取り出して机に置いた。
それは海外で使われているコインだった。
佐伯涼がダンサーとして目指している国で流通しているコインで、これを持っているだけで少し夢に近づくようだと彼は言っていたという。
「充分だ」
魔王は近くの机に手を置き、ケルベロスを召喚した。
麗は突如現れた三つの頭を持つ犬にぎょっとした。
魔術の使える魔王という知識はあったものの、実際に召喚をその目で見るのははじめてだった。
ケルベロスがコインのにおいを嗅ぐと、ワンと鳴いた。
「よし、いくぞ」




