友情の証7
森の中は鬱蒼と生い茂った木々と密度の濃い空気が充満していた。
蓮は不思議と悪い気はしなかった。
森には生命力が満ち溢れ、開発され尽くした街のどこか荒廃したそれとは雲泥の差があった。
森を形作るひとつには、もちろんモンスターという存在がある。蓮は木刀を握りしめ、警戒しながら歩を進めた。
最初に現れたのは猿に似たモンスターだった。木の枝に片手でぶら下がり、そこから落下する形で蓮を襲ってきた。
蓮はとっさに横に避け、その攻撃をかわした。
そのモンスターが猿と大きく違ったのは、鋭い爪を持っていたことだ。その爪で地面をかきむしるようにすると、その猿は蓮に向かって突進した。
蓮は木刀でその攻撃を受け止めた。
猿の爪が木刀に食い込んだ瞬間、雷系統の魔力を転送する。猿は全身にしびれを感じ、その場に気絶した。
「おいおい橘、大したレベルじゃないって言ってたよな」
気を抜けば殺されてしまう。確かにそうも言ってはいたが。
その後もモンスターは蓮の行く手を阻んだ。
鳥形モンスターの急襲を受けたり、草むらから飛び出してくる蛇に腕を噛まれたりした。
全体的に小物ばかりで倒すことそのものにはさほど苦労はしなかったが、休む暇を与えないようにと言わんばかりに次々とモンスターが現れたので、蓮の体力はどんどんと削られていった。
しかも坂道。
なだらかとはいえ足元も悪く、実質山登りをしているようなものだった。ゲームばかりしていた蓮の筋肉はとっくに悲鳴を上げていた。
「くそ、ゴールはまだかよ」
視界が開けてきたのはそんな呟きを漏らしたときだった。
それまで一定だった道幅がだんだんと広くなり、両側から木々に押し潰されるような圧迫感はなくなった。
枝葉で塞がれていた空が姿を現し、強い日差しに蓮は目を細めた。
まだ朝だったことを思いだし、なんだかおかしな気分になった。
道を進むと、そこには広場があった。その中央には何者かが立っていた。モンスターではない。人間だ。しかも道着を着た。
「……陸」
本多陸だった。幼馴染みの友人がそこに立っていた。
「どうしてお前がここに」
そう言った直後、蓮は理解した。魔王がこの森を用意した本当の意味を。これは自分に対する罰ではなかったということを。
「そうか、橘、そういうことなのか。同じ状態で代表決定戦をやらせるつもりなんだな」
蓮は体力をかなり削られている。
一方の陸は足をケガしている。これで対等な条件で対戦できる、魔王はそのようにな環境を作り出した。
「対等、だよな。ああ、わかってるよ。これに納得しないといけないってことくらい」
蓮は不満を感じはしなかった。
命の危機すらあった森でのモンスター退治。一見すると蓮のほうが不利にも思えるが、それも当然だと感じた。
むしろ、感謝の気持ちのほうが強かったのかもしれない。自分の犯した過ちを少しでも軽減できるのだから。
「謝るのは後にするよ、陸。ここは真剣勝負だからな」
いまから数週間前、本多陸は何者かに襲われた。学園からの帰宅中に複数の人物に取り囲まれた。
陸は真面目だった。二年生にしてはある程度魔法も使うことはできたが、学校の規則でその使用は認められていなかった。
だから、なにも抵抗はしなかった。
少しでも抵抗の意思を見せれば、魔法が発動してしまうことを恐れたから。相手が持っている武器、角材でぶたれるのを必死に耐え続けた。
このことを警察に訴えることはしなかった。
沢田蓮の指図によるものだと感じたからだ。まずは本人に確認したい、蓮はそのように考えていた。
事実、陸を襲うように指示したのは蓮だった。
霊剣部の代表決定戦を有利に運ぶため、昔の仲間を金で雇ったのだ。
なぜそこまで代表になることにこだわっていたのか、実を言うと陸にもよくわからない。
ただ負けたくないという気持ちが強くあった。それは結局のところ、自分の生い立ちに関係していたのかもしれない。
蓮はこれまで何不自由なく暮らしてきた。欲しいものはなんでも買ってもらえたし、自由に使えるお金もたくさんあった。
かつて蓮が荒れていたとき、彼を救おうとするものはほとんどいなかった。金だけで作り上げた関係はそれだけもろかったのだ。
唯一学校に戻るように諭した陸ですらも、クラス委員という仕事の一環ではあった。
それでも蓮は嬉しかった。少なくとも陸は金目当てで説得しにきたわけではなかったからだ。
その出来事がきっかけで蓮と陸は関係を深めていったが、蓮の本質は変わらなかった。なんでも金でどうにかしようとし、そのたびに陸からは叱られた。
魔法学園に入学したあと、霊剣部に入ったのは陸からの誘いがあったからだ。
伝統的な競技を学ぶことで、精神的な成長を促すべきだと言われた。
霊剣部では二人とも早くから頭角を現し、二年に進級するころにはエースと呼ばれるようになっていた。
しかし、それが蓮には不満だった。なぜなら陸はあえて力をセーブしていることを知っていたからだ。
蓮にはわかった。
陸は自分のことを考えてそのようにしているのだと。
陸は最初から霊剣部でトップを目指す気などなかった。
ただ、友人として蓮を一人前にすることが仕事だと割りきっていたのだ。きっと親にでも頼まれたのだろう。
バカにしている、蓮は不満を募らせた。このままいけばどうせ代表決定戦でも手を抜くに決まっている。それだけは許せない。
だから蓮はかつての不良仲間に連絡を取り、陸を襲わせた。そうすれば陸はすぐに蓮の仕業であると疑い、本気で自分を潰しにくるはずだと思った。
それを後悔したのは襲撃が終わったあとのことだった。
きつく言いつけたにも関わらず不良の連中が手を抜かなかったのは誤算だったし、冷静に考えればこれは犯罪でもあった。
魔法学園の生徒だとしても捕まるかもしれない。
蓮はそれから恐怖で学校に通うことができなくなった。
しばらくしても警察はやってこず、襲撃を依頼した連中に話を聞いても周囲に捜査の手が伸びている様子もなかったので、だんだんと緊張の糸は緩んでいったが、それでも魔王が来るまでは学校に戻る気にはならなかった。
「なあ、陸。ひとつ教えてくれよ。どうして警察に連絡をしなかったんだ。あれがおれのせいだってことくらいわかってたんだろ」
「直接確認をしたかった。ただそれだけだ」
陸は昔から口数は多くはない。こんな状況でもそれは変わらなかった。
「いつも落ち着いてるよな。おれをバカにするくらい余裕があるんだろ。霊剣部でも手を抜くくらいだからな」
「蓮、君は勘違いをしている。ぼくが本気を出していないのは事実だが、それは君を侮っているからではない」
「知ってるよ、そんなこと。おれに配慮してるんだろ。実力差がありすぎると絶望して途中で投げ出すかもしれない、そんな心配をしてくれたわけだ」
「ぼくは君の実力を評価している。それをさらに伸ばすための方策を考えたにすぎない」
「ふざけてんじゃねえよ!」
蓮は叫ぶように言った。
「おまえはなんだ、おれの親か!家でも学校でもそんな上から目線、こっちは不愉快なんだよ!うんざりしてるんだよ!」
蓮にもわかっている。自分のわがままでしかないということが。
甘やかされて育ったせいで、常に周りには自分に合わせてほしいと願ってしまっているということが。
「蓮、いまの君に必要なのは自分を納得させる方法だろう。この試合が心の憂さを晴らすものなら、手を抜くことはしないほうがいい」
「こっちの台詞ってやつだな。お前のほうこそ本気で戦えるのか」
「問題ない」
「そうか。なら、さっさと決着つけようぜ。言い訳なんか一切なしにここで代表を決めようじゃないか」
「望むところだ」
二人が霊剣を作り出し、それぞれ構える。
代表決定戦がいま、始まった。




