友情の証5
そういうわけで魔王は沢田家へと向かった。蓮に直接確認するためだ。
自宅は胡桃が知っていたので、彼女に送ってもらった。
沢田家は広々とした庭を持つ一軒家で、見た目から裕福そうな家庭であることがうかがえた。
母親に事情を説明して中に入る。
二階の自室へと移動して部屋に入ると、蓮はゲームをしていた。
ソファに座りながらコントローラを握ってテレビ画面を向き、その耳にはイヤホンが刺さっていた。
「おい貴様、学校を休んでなにをしている」
「あ、橘」
蓮はイヤホンをはずし、魔王を見上げた。
「なにをしているのかと聞いている」
「ゲームだけど」
魔王は画面のほうを見やった。蓮がプレイしていたのは王道のロールプレイングゲームだった。
魔王にもゲームはわかった。
そのような知識は頭にあった。プレイしたことは一度もないので、細かいことまではよく知らなかった。
「どのような内容なのだ」
「勇者が魔王を倒すって話だけど」
「なんだと!」
魔王の剣幕に、蓮は驚いてコントローラを落としてしまった。
「いや、わたしとしたことがみっともない。つい取り乱してしまった。人間しかいないこの世界では魔王は悪役の象徴。あくまでも対照的な存在として描かれているにすぎない」
「なにいってんの?」
「……一応聞くが、その魔王はどのような存在として描かれているのだ」
蓮は丁寧に説明した。
ゲームの魔王は完全な悪者で、人間をとにかく憎んでいる。欲望に忠実で悪逆の限りをつくし、部下からの信頼も薄いが、先王から引き継いだ力で恐怖政治を行っている。性欲がとくに強く、気に入った女性は誰のものであろうと横取りし、自分だけのハーレムを。
「おい貴様、魔王を侮辱するのもいい加減にしろよ」
魔王は蓮の首辺りをつかんで持ち上げた。
「な、なに怒ってるんだよ」
蓮は困惑していた。しばらく休んでいたので、橘悠太という教師が魔王を名乗っていることは知らなかったからだ。
「訂正しろ。魔王はそのような存在ではない。実力で部下からの信頼を勝ち取った信念のあるものであるというふうに」
「お、落ち着いてください。これはゲームですから、沢田くんには責任はありませんよ」
胡桃になだめられ、魔王は蓮の体を離した。
「確かに、さばかれるべきは製作者のほうか。おい、このゲームを作った会社の住所を教えろ」
「え、そんなこと知らないけど」
「会社に乗り込む気ですか?そんなことしたらテロリスト扱いですよ。そもそも、魔王を悪者扱いするのはこのゲームだけではないんです。橘先生はもうそういうことを知っているはずですよね」
「……とりあえず自分で確認してみよう」
魔王は蓮を横に追いやり、ソファに座った。コントローラーを拾い上げ、画面を見つめる。
「で、どうすればいい」
「ゲームやったことないの?」
蓮に聞かれ、魔王はうなずいた。
「そういう文化はなかったからな」
「よくわかんないけど、その左のほうのスティックを操作するとキャラが動くんだよ」
「これか」
魔王は言われた通りスティックを動かした。思い通りにキャラクターが動く。
画面の中央に映っているのは金髪の若い男性。当然人間だったが、それを操ることを不愉快に思う魔王ではなかった。
「で、Rボタンで攻撃」
そういって蓮はコントローラーの上部を指差した。
「ふむ、剣を振ったぞ」
「とりあえずそれで戦ってみたら。この辺の敵はみんな弱いから」
主人公が立っていたのは街を出たばかりのところにある森林エリアで、比較的難易度の低い場所だった。
「あ、ゴブリンがいる。操作を学ぶのにはちょうどいいかも」
「ゴブリンだと」
こん棒を持った小鬼が軽くステップするような足取りで主人公へと近づいてくる。
魔王はゴブリンめがけて剣を振り下ろした。
ザコ中のザコとして設定されているゴブリンは一撃で死んだ。
魔王はコントローラーを投げ捨て、立ち上がった。
「一撃で死ぬ?ふざけてるのか。魔王の部下はそんなやわにはできていない!」
魔王はそのまま部屋を出ていこうとしたが、
「先生、ここに来た理由を忘れてませんか」
と胡桃に言われて立ち止まった。
「そうだ、本来の目的をすっかり忘れていた」
魔王は再び蓮の前に戻った。
「おい貴様、もしかしていじめられているのか」
「なんだよ、突然」
「そういう噂を聞いた。貴様が引きこもっているのはいじめが原因だとな」
「なに、そんなことを聞きにきたの?」
「担任として当然の仕事だ」
「別に、そういうわけじゃないよ。いじめとかは別になかったし」
「なら、どうして学校を休んでいる。理由を言え」
「それはまあ、いろいろ」
「明確な理由もなく学校を休むのが許されると思っているのか」
「……」
「本多陸」
「え?」
「やつとの関係性を聞かせろ」
蓮は不可解そうな顔をしたが、それも一瞬だった。
「そういや橘……先生って自殺未遂で記憶ないんだっけ」
その情報に関しては蓮も知っていた。知人から携帯で聞いたからだ。さすがに魔王とまではいわなかったが。
「いいから、わたしにわかるように説明しろ。やつが貴様をいじめたという噂があるんでな」
「陸が?まさか。あいつは真面目さが取り柄みたいな男なのに」
「つまり、誤解ということか」
「代表を狙っているやつは他にもいるからね。陸の評判を落としたいと考えるやつがいても別におかしくはないんだよ」
そう言って蓮はコントローラーを拾い上げた。魔王たちに出ていけと言わんばかりにゲームを再開する。
「本多陸とは幼馴染みなのだろう」
魔王はそれでも質問を続ける。
「そうだけど」
「親しかったのか?」
「それなりに。いろいろと助けてもらったこともあるし」
蓮は中学生のとき、荒れていた時期があった。
反抗期がきっかけで悪い連中とつるむようになり、しばらく学校にもまともには通わなかった。
それを心配したのが陸だった。当時の陸はクラス委員だったということもあり、この自宅まで来て通学するよう蓮を説得した。
金だけの繋りであることは、蓮も自覚していた。
蓮の親はとある大企業の役員で、その金目当てで不良仲間が近づいてきたことをよく理解していた。
蓮は再び普通の生活を取り戻した。繰り返し訪問してきた陸の誠意に心が動かされたからだ。
その話を聞いた魔王はふと疑問に思った。
「今回は来ているのか」
「いや、来てないけど」
「なぜ来ない」
「……」
「同じ霊剣部の仲間ではないのか。それともやはり、エースのひとりである貴様がいない方が代表に選ばれやすいと本多陸が思っているのか」
「なわけないだろ!」
蓮がゲームを止めて、鋭い声を発した。
「そこでムキになるということは、まだ信頼関係は残っているということだな」
「……」
「ところで、この部屋はやけに臭うな」
魔王は部屋を見回しながら言った。
「これは煙草のにおいだな。うっすらと大気を漂っている」
「え、煙草?」
胡桃が怪訝そうな顔でにおいを嗅ぐしぐさをした。
「わたしはなにも感じませんけど」
胡桃は部屋を見回した。煙草の箱はおろか、灰皿すら見当たらなかった。
「ここで吸ったわけではないだろう。おそらく人に染み付いたにおいがここに持ち込まれた、ということだ」
「お父さんが部屋の掃除でもしたんでしょうか」
「愚かな女だ」
魔王は蓮を見下ろして続けた。
「おい沢田蓮、霊剣部の代表は貴様がなるべきではないのか」
「え」
「本多陸はどうやら足を怪我しているようだ。あれでは全国の猛者相手では無様な姿をさらけ出すだけだろう。引きこもって体力の有り余っている貴様の方が適任だと思うのだが」
魔王にはわかる。
陸が勝負の後に膝をついたのは単なる疲れではないということが。
人間との戦いを幾度も経験したから些細な変化にも気づけるのだ。
「それは、顧問としての命令なの?」
「そういえばわたしはそのような立場だったな。ならそうしよう。どうせいつまでも逃げることはできない、そうだろ」
「……」
「明日登校しろ。もし来なければ貴様を強引に連れ出す、わかったな」
魔王の言うことは事実だったので、蓮は渋々うなずいた。




