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友情の証

この学園の北側には運動場が整備されている。

広いグラウンドでは運動部の活動だけではなく、魔法の練習なども行われる。


体育館などの設備も充実している。魔王が今日ここを訪れたのは、その施設のひとつーー武道場に用があったからだ。


武道場は主に霊剣部が使用している。

魔王はここの顧問であり、そろそろ顔を見せなくてはならなかった。

乗り気ではなかったが、とりあえず一度顔を見せるくらいは悪くはないと思った。


魔王はまず部員を集めた。総勢十五名ほど。みなが袴のような青い道着を着用していた。


「貴様たちも知っているだろうが、わたしには一部の記憶がない。ここに来たのも周囲から言われたからだ。よって指導はできない。自由に鍛練するがいい」


結局のところ、授業と同じだった。深くは関わらないのが一番楽だった。


「橘先生、本当に記憶をなくしたんですか?」


そう確認したのは魔王の隣に立つ女子。この部活では紅一点のマネージャー、相沢美亜だった。


「ない。だから期待するな。わたしがここに来る必要も感じない」

「じゃあ、どうしてここに?」

「ふむ、気分転換だな」


魔王は放課後、胡桃に街を案内してもらうことがたびたびあった。もちろんはそれは胡桃の車で。

しかし栗沢有華の件があった以降、完全に無視されている。


「なんか、魔王だと名乗ったって噂があるんですけど」

「だとしたら、何か問題があるのか?」


「え、だって魔王って危険な存在ですよね」

「先入観を捨てろ。魔王が単純に悪だというのは人間が物語を分かりやすく作り出した結果に過ぎない。こうして会話が成立しているということは感情があるということであり、その奥には幅広い生活や営みが想像できるはずだ」


美亜としてはそもそも本当に魔王なのかというか疑問があったし、そのような妄言をはく教師が果たして顧問としてふさわしいのかという不安もあったわけだが、魔王はそんなことを意に介する様子はない。


「だが、貴様が不安だというのなら、ここに長居するのも難しい。さっさと帰る児とにしよう」


そう言って魔王は武道場を出ていこうとした。


「待ってください、先生。顧問ならとりあえずここにいてください」

「貴様がわたしのそばにいるのは不安だと言ったのだろう」


「じゃあ、一度だけ手合わせをしてください」

「手合わせ、だと」

「はい。橘先生の剣術は一流でした。生徒のひとりと手合わせをすることで、記憶が戻るきっかけになるかもしれません」


魔王には戻すべき記憶はなく、元の世界へと帰ることこそが目的ではあったが、橘悠太そのものには興味があった。


なぜこの体に転移したのか、それが知りたかった。同じように自殺をしたタイミングで魂が移ったのだから、特別な理由があるに違いない。

少しはその真似、というのも悪くはないのかもしれない。


「いいだろう」

「じゃあ、うちのエースと対戦してください。いいよね、本多くん」

「ぼくが?」


そう答えたのは眼鏡をかけた理知的な男子、本多陸だった。


「うん、本来の先生とまともに戦えるのは本多くんくらいだから」

「わかった」


そういって陸は武道場の中央まで歩いていった。


「先生は魔法は使えないんですよね」

「元からだろう」

「いえ、魔王になったら使えると言い出すのかと」

「わたしが使うのは魔術だ。魔法ではない」

「違いがよくわからないんですけど、とりあえずこれを持ってください」


そう言って美亜が渡したのは木刀だった。

魔王はそれを持って陸のところに行ったが、陸は手ぶらのままだった。


陸は両手を前につきだした。

二つの拳を接するようにし、それをだんだんと離していく。


すると手の中に光を帯びた剣が現れた。実態のあるものではなく、剣の形をしたエネルギーの塊だった。


「それが貴様の霊剣か」

「はい」


魔王が戦った勇者はそんな武器は一切使わなかった。魔族の住む土地は比較的マナが薄く、魔法の力にすべて頼ることは得策ではなかったからだ。


ただ魔力武器というものはあった。なんらかの武器に魔力を注ぐことで耐久性を高める方法だ。


「それがどの程度の威力があるのかは興味がある」

「橘先生は魔王だとか」

「耳が腐るほど聞かれたことだな。いちいち答えるのも面倒だ。いっそ学生全員に魔術を披露したほうが効率的かもしれない」


「魔術、ですか」

「だが、いまはこの戦いに集中しよう」

「橘先生、霊剣道のルールは覚えてますか」

「いや、知らない」


「この競技は相手に直接攻撃をすることは禁じられていますので注意してください」

「ならばどう戦えばいいのだ」

「武器を狙えばいいんです」


陸はそういって魔王めがけて霊剣を振り下ろした。

木刀でその攻撃を防ぐ魔王。


陸は攻撃の手を緩めなかった。素早い振りを繰り返し、魔王は防戦一方の有り様だった。


攻撃を受け続けた魔王は、ある体の異変に気づいた。すべて攻撃は木刀で防いでいるのに、全身に痛みを感じていた。腕だけではなく、足や首がしびれるようだった。


「思い出しましたか、先生。霊剣道は直接的な攻撃を学ぶものではありません。マナの使い方をマスターするためのものです」

「ふむ」


陸は霊剣を当てる際、そこから魔力を転送している。相手の木刀を起点にして、魔王の体に魔力の爆弾のようなものを送り、体のあちこちで爆発させているのだ。

「なるほど、これはなかなか興味深い。学生に派手な魔法ではなく、ほんのわずかな魔力をコントロール術を学ばせるというのは利にかなっているといえる」


魔王は感心していった。

実際に一瞬の接触で魔力に意思を乗せて相手へと移す行為はとても難しい。


力を入れすぎれば相手の剣の表面で反応してしまうし、そこから任意の場所に移すのはなおさら困難だ。


「霊剣道は霊剣を消滅させたほうが負けとなります。先生の場合は木刀を落としたら、ということになりそうですね」

「残念だが、この程度の魔力でわたしの集中を乱すことはできない」

「そうですか」


魔王は陸の攻撃を受け続けていた。

自ら攻撃を繰り出さなかったのは、実力の差が大きすぎたからだ。


魔王が木刀を一閃すれば、陸の霊剣は一瞬で霧散しただろう。しかしそれではあまりにも大人げない。


魔王は力がすべてという世界で育ったが、力の弱いものを踏みつけるような趣味はなかった。


それに、魔力は永遠ではない。

陸の自滅を待てばいいだけだ。

陸は平然としている魔王に苛立ちを隠せないでいる。


何度打ち付けても、魔王はダメージを受けている様子がなく、木刀をしっかりと握っている。

徐々に息を切らせる陸。肩が大きく上下に揺れている。


「どうした、もう終わりか」


挑発するように魔王が言う。

陸は普段は冷静だったが、この部活のリーダーでもあった。部員の前でなめられて黙っているわけにはいかない。


陸は大きく霊剣を振り上げ、渾身の力を込めて魔王めがけて振り下ろした。


霊剣相手では力付くの攻撃は効かないが、物質である木刀なら話は別だ。

魔力で作られた霊剣にさらに力を送り、強度を高めて魔王の木刀を折るつもりだった。


魔王はやはり冷静だった。木刀を持ち直すと、それを

霊剣へと向けた。振り下ろされる霊剣に木刀の先端がぶつかる。


激しく光が弾け、陸の持っていた霊剣が消えた。


「くっ」


魔王は木刀の切っ先で陸の顔を指した。


「力任せにするからだ。硬質化は物質の特徴でもある。魔法としての意味がなくなればもはや霊剣は霊剣ではなくなる。一点に集中をしてダメージを与えれば、すぐに崩壊してしまう。知らなかったのか」


「さすが、ですね。記憶がなくてもその実力は変わらない」

「人間の使う魔法を研究するのは、魔王として当然のことだ」

「……魔王」


顧問が魔王と名乗っているのは生徒同士の他愛ない冗談でしかないと思っていたが、こうも繰り返されると本気で信じているようだ。


真面目な顧問がこんなふうになるとは、やはり頭を強く打った影響なのだろうか。


「今回は貴様の負けだが、その技術には目を見張るものがある。これからも精進することだ」

「……負けたのは先生のほうですよ」

「なに?」


陸は床を指差した。そこには円形に赤いテープが張られていた。


「このサークルを出たら一発でアウトなんです」


確かに魔王の片足はすでにサークルをはみ出していた。


「その説明はなかったと思うが」

「普通わかりますよね。サークルの中央から試合は始まっているわけですから」


そう言われると魔王にも反論のしようがない。惨めな言い訳は魔王としても望むところではなかった。


「わかった、認めよう。今回はわたしの負けのようだ」


魔王がそう言った直後、陸が突然崩れるようにして膝をついた。


「ん?どうした」

「いえ、ちょっと疲れたようで」

「疲れ?」

「はい。魔力を使いすぎたようです」

「……そうか」


といって魔王は出口の方に向かった。


「顧問は続けてくれるのではないんですか」

「他に仕事がある」


魔王は後ろを振り返ることなく武道場をあとにした。

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