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ドル・
いなご
「あい 其れは なんとも あまく はを」
緩い暑さが、都会の夏を熱帯夜にしようとしている
歩いている人間とは、反対方向に、歩きながら
私は、小さなプレゼントを、片方の手に握り
自宅のある場所に、向かっている
歩く人々は、誰も上を見ることなく
それどころか、誰の目も合わさないように
真剣に、その事ばかりを考えている風に思われた
自宅のマンションを、見上げた頃
自分が住んでいる部屋が、明かりを付けていることを
見て、僕は、安堵の表情を、浮かべた頃だろう
暑さのせいで、流れる汗を、ハンカチで拭いてから
三階にある部屋に向かうためにエレベーターに、乗り込んだ
途中は、誰も合わず
帰宅時間のすれ違いが意識された
月は、都会であっても、空中に、ぽっかりと浮かぶように、そこに、姿を、輝かせていた
まるで黒い闇に、その形を隔離されているように
エレベーターは、乗り込んだというのに
電気が故障したのか
スンとも動かず
よく見れば、正面の鏡に
紙が貼り付けられ、そこには
コショウチュウ
の文字が、マジックのような赤い文字で書かれている
仕方なく、閉まることもないエレベーターの中から出て、外にある、階段を登り上までいく
もしも、十階以上だと考えれば
ぞっとするような行為だ
しかしながら、自宅にいながらプチ登山が出来るとは
実に、大仰ではないだろうかと
ハンカチで汗を拭いながら
自分の済んでいる階に進む
ほとんど使われていないのだろうか
きしむ扉を開き
階段のある外側から、ホールに出る
階は、消費を、押さえるためか、ひどく暗く
これは、苦情を言うべきだと、心の中で強く思った
部屋にはいるために、鍵を出すとじゃラリと
銀色の鍵が、合わさって、音を立てる
「帰ったよ」
部屋にはいると
真っ赤な光が、淫美に部屋を輝かせていた
「ごめんなさい、ちょっと電気をいじっていたら
色が変わってしまって」
どうやらLEDを、操作しているときに
百色あまりの色々な色に変化する装置を動かしてしまったようだ
「大丈夫だよ」
僕はそう言って、彼女に、リモコンを、渡すように言うと
彼女はうつむいて、あやまりの声を出した
「どうしたんだい」
よく見ると、机の上に、バラバラにされた
電気器具が、置かれていた
一体どうしたら、そんな状況になるというのか
「すいません」
彼女はそう謝った
僕はそれに、大丈夫だよと、と声をかけると
「其れよりも、君に、プレゼントがあるんだ
今日が何の日か君には分かるだろ」
彼女が、嬉しさか、肩を振るわせた
そう、今日は、彼女と付き合って、同棲を始めた記念日なのだ
「はい、今日は、あなたと出会った、記念すべき日です」
どちらともなく、抱き合うと
その唇を、二人で、かさえ合わす
漏れ出す声が、くぐもり漏れた
彼女の目は、冷静でありながらも
僕という人間を、実に、考え深げに
そして、悩ましげに、見た
二人は、重力に任せるように
ベッドの中に、倒れていた
「愛しているかい」
彼女は、くぐもり消えるように答えた
「ええ、アイシテイマスヨ」
誰の声も聞こえない
彼女の愛のささやきだけが
部屋の中に、こだます