第178話「レッドの世話係」
『先生、どうしてわたしを呼んだんです?』
『今日はレッドの当番なのよ~』
『レッドの当番?』
『そう、午前中は私がレッドの世話役』
『で、面倒くさいから、わたしを呼んで、わたしに世話を?』
「はい、ポンちゃん、配達よろしくね」
「む~」
ミコちゃんから受け取ったバスケット。
中にはドラ焼きが入っているの。
問題は入っている数です。
3つ……3つです。
「ミコちゃん、この配達は?」
「うん、保健の先生からよ」
「あー!」
なんだか嫌な予感ひしひしなの。
「ねぇ、わたしじゃなくて、コンちゃんじゃダメ?」
「コンちゃん逃げちゃうじゃない」
「逃げてもいいよ、わたし、なんだか嫌な予感しかしないし」
「どうして?」
「だって3つですよ~ 行かなくてもよくないですか?」
「そう言わずに行ってきてよ」
「ミコちゃんが行けば?」
「お昼ごはんはどうするの?」
「むー!」
しょうがない……
でも、行きたくない……
どうしたものだか……
「ぐずぐずしてないで、早く行く!」
ミコちゃん、包丁を手に髪がうねりまくりです。
「早く行け」オーラが攻撃に変わる前に、配達に行きましょう。
気が進みませんが。
保健室。
カーテンが風に揺れて、保健の先生はベットの上でうつぶせです。
そして保健の先生の背中にレッドが乗っているの。
「てんてー、あそぶゆえ」
「……」
レッド、先生の背中の上でピョンピョン跳ねたりするの。
「てんてー!」
「……」
保健の先生、めんどうくさそうな目で黙っています。
わたし、先生の気持ち、超わかります。
レッド、面倒くさいですね。
「てんてーってばー!」
「……」
「チュウ」
「……」
「チュウチュウ」
もう、レッド、先生にキスしまくり。
さすがに黙っていた先生もムクリと体を起こして、
「この仔はキスが好きねぇ」
「あいさつゆえ」
「一度でいいわよ~」
「てれずとも!」
「むう」
「ほけんのてんてーすき! めがねゆえ!」
「眼鏡っ娘スキーか」
保健の先生、ムスっとした目でわたしに視線をくれると、
「ポンちゃん、遅かったじゃない」
「すみませーん、はい、ドラ焼き」
「ありがと」
「さようなら」
「待たんか!」
ダッシュで行こうとしたら、しっぽを捕まれました。
保健の先生、ドラ焼き一個をレッドに渡して、もう一つをわたしにくれます。
「ちょっとお茶していきなさいよ」
「いや、レッドがいて面倒くさそうだから」
「だから呼んだのよ」
「やっぱり、そうか~」
レッドはドラ焼きを食べてニコニコしているの。
食べている間は、とりあえず面倒くさくないですね。
『先生、どうしてわたしを呼んだんです?』
『今日はレッドの当番なのよ~』
『レッドの当番?』
『そう、午前中は私がレッドの世話役』
『で、面倒くさいから、わたしを呼んで、わたしに世話を?』
『押し付けたいけど、村長にばれると面倒だから、せてめ一緒に』
『わたし、損じゃないですか』
『そう言わずに~』
わたし、ドラ焼き食べる。
保健の先生、半分こにして、半分はレッドに。
『ポンちゃん、何かいい手、知らない?』
『お絵かきがいいですね、鉛筆とスケッチブックで』
『それ、この間やった、別のが知りたい』
『ほかのですか~』
レッド、ドラ焼き食べちゃいました。
また「かまって」が始まる前に、なにか手を打たないといけないですね。
って、わたしの頭上に裸電球点灯なの。
「保健の先生はマッドサイエンティストですよね」
「マッドサイエンティスト……言うわね」
「だってポワワ銃持ってるし」
「撃つわよ」
「ほら、こわーい」
「で、裸電球灯ったんだから、言いなさいよ」
「では、科学者の先生に、『恐竜図鑑』ないですか」
「恐竜図鑑?」
保健の先生、腕を組んで、天井を向いて視線が泳いだり。
黙って立ち上がると、一度保健室を出て行きました。
すぐに戻って来て、
「こんなのでいいかしら?」
「恐竜図鑑」です。
それも、いい感じでくたびれた図鑑なの。
わたし、早速受け取ってパラパラめくると、
「あ、いいですね、これですよコレ」
わたし、レッドに図鑑を見せます。
「ほら、レッド、恐竜ですよ、お店の図鑑とちょっと違います」
「おお、みたいゆえ」
「どーぞ」
レッド、恐竜図鑑を膝の上に広げてニコニコなの。
『こんなのでいいのかしら?』
『え? どうしてです?』
『この恐竜図鑑、古いわよ』
『古いとダメなんです?』
『こう、ティラノの背筋が立っていたり……』
『はぁ』
『イグアノドンの親指がとんがっていたり……』
『それが古いんですか……てっきりそんなもんだと思っていました』
保健の先生、スマホを出して、
『今はこんな感じなのよ』
って、今の「ティラノ」を見せてくれました。
『むー、わたしもお家でレッドと一緒に恐竜図鑑見てるけど、ティラノは姿勢がいい方が絶対カッコいいです、堂々としています』
『ポンちゃん、言うわね』
『わたし、老人ホームで「ゴヅラ」って映画を見た事あるんです』
『あー!』
『こう、背筋を正しく、堂々と、ノシノシ歩くのがいいんですよ』
『昭和ねぇ~』
『昭和ですか?』
ともあれ、レッドが恐竜図鑑に夢中になってくれたの、よかったです。
わたしと保健の先生、こっそり脱出……しようとしたら、レッドが、
「ねぇねぇ、きょうりゅう、どこかにいないゆえ?」
レッド、図鑑を手放さず、もう一方の手で保健の先生を捕まえてゆするの。
「ねぇねぇ、てんてーってばー! きょうりゅうみたいゆえ!」
保健の先生、どんどん「面倒くさい」顔になっていきます。
その気持ち、わたしも「よーく」わかるんだから。
でもでも、保健の先生、すぐに頭上に裸電球光るんです。
すぐさまテレビをつけて、
「ほら、レッド、テレビ見よう、テレビ」
「えー! きょうりゅうがみたいゆえ!」
「ほら~」
保健の先生、リモコンを操作して「ゴヅラ」を再生するの。
「ゴヅラ」の吠える声にレッド、テレビに張り付きます。
『先生、やりましたね、ビデオ、グッドです』
『老人ホームでもなつかしの映画をやると、みんな大人しくなるからね』
『ああ、なんだかわかりますよ、紋次郎とか老公も人気ですよね』
『ともかく、これでレッドを相手しないでいいわ』
『わたしも参考になりました』
レッドはテレビに夢中でいい感じです。
「じゃあ、帰りますね」
「待たんか」
「またですか~」
「だってレッドが飽きちゃったら困るじゃない」
「ゴヅラ、2時間ですよね、ちょうどお昼になるんじゃないでしょうか」
って、保健の先生、マジな、真剣な顔でわたしをじっと見ているの。
「ポンちゃん、今度はポンちゃんが私の相手をすんのよ」
「はぁ?」
「私、暇じゃない、つきあいなさいよ!」
「えー!」
面倒くさい事になりました。
保健の先生の相手、するしかないみたいです。
「先生、ちょっといいですか?」
そう、こーゆー時は先制攻撃です。
先生の相手をするんじゃなくて、こっちから積極的に攻めちゃうの。
ちょうどさっき、スマホも出たからですね。
「スマホ、さっきの画面を見せてください」
「これ?」
前かがみのティラノ。
わたし、これ、テレビで見た事あるの。
画面をなぞってみたら、案の定、別のティラノの画像があります。
毛がフサフサだったり、カラフルだったり。
「うわ」
「ポンちゃんも恐竜好きなの?」
「いいえ、レッドを寝かせる時に絵本読んでて、最近はコレです」
「へぇ、お姉さんしてるんだ」
「ティラノの進化形がゴヅラですよね?」
「違う」
「えー! ゴヅラはどこに載ってるんでしょ?」
「ゴヅラ、恐竜の仲間じゃないわよ、これは怪獣」
「そっくりじゃないですか」
「似てないわよ」
「だってほらー」
わたし、恐竜図鑑の姿勢のいいティラノを指差すの。
保健の先生はスマホを見せて、
「いや、こっちだから、それは間違った想像図」
「ないわ、フサフサティラノ」
「まぁ、フサフサは微妙だけど、姿勢はこっちが正しいのよ」
「ないわ、こんな前かがみ」
「こっちの方がバランスがいいのよ」
「背筋立ってるほうがぜったい強そうですってば」
「う……私もどっちかというと、昔の方が好きなのよね」
「でしょ」
「私もフサフサティラノ見た時は『ぶち壊しやがって』って思ったものよ」
「誰ですか、こんなの描いたのは」
「恐竜博士が描いたんだから、今はこれが正解なのよ」
「どうして?」
「骨格とか」
「骨格って骨ですよね、なんでフサフサなのがわかるんです」
「たまに化石が出るのよ」
「色は、こんなカラフルなの絶対ないです」
「まぁ、色は想像かしらね」
「ほら、やっぱりティラノはこっちがいいです」
わたし、さっきまでレッドが見ていた図鑑を指差すの。
そして、わたしの頭上にまた裸電球光ります。
「保健の先生! タイムマシーンはないんですか?」
「いきなり言うわね」
「ティラノ、捕まえてきましょう」
「うわー」
「大人じゃなくて、子供ティラノですよ、小さいトカゲくらいの、捕まえてくるんです」
って、保健の先生の表情も明るくなって、
「あ、それで、レッドの相手、させるのね」
「わかってるじゃないですか」
「でも、タイムマシンは持ってないわ、作ってないわ」
「チッ、使えないマッドサイエンティストですね」
「タヌキ汁にするわよ」
ポワワ銃を抜かないでください。
それ、当たるとしびれるんですからモウ。
って、雑談していたんですけど……
わたしと保健の先生が見ている前で、レッドが「パタン」と倒れました。
「「おお?」」
テレビの前に体操座りしていたレッドが横に「パタン」。
見れば青くなって「ガクブル」。
テレビを見ればゴヅラが人を食べまくっているシーン。
ああ、電車を食べてます。太巻寿司状態ですね。
「うわー、レッドには刺激が強すぎましたかね」
「レッド弱いわね、子供は残酷なものなのよ」
「先生言いますね、レッドは痛そうなのを見るとすぐにダウンです」
「そうなの?」
「この間、夜にやっていた『ファラ王とわたし』(161話)でも死にました」
「え、あれ、コメディでしょ、なんで気絶するの」
「痛そうですよね」
「痛そうだけど、誰も死なないわよ」
「痛そうな映画はダメなんです」
わたし、レッドを抱き上げて背中をポンポン。
ダランとしていたレッドですが、だんだん目に魂が戻ってきましたよ。
完全復旧すると、わたしにしがみついて、
「わーん、ポン姉がいじわるゆえー」
「わたし、なにもしてないですよね、ゴヅラがこわいだけですよね」
「ポン姉のばかー」
って、レッドが叫んだ時です、保健室に光球が現れるの。
その光球から、おたまを手にしたミコちゃん登場です。
いやな予感ひしひし。
ミコちゃん、わたしと保健の先生をにらむと、
「大の大人が子供を泣かせて!」
「い、いや、DVD見せたら泣いたんですよ」
「何を見せたの」
「ゴヅラ」
ミコちゃん、テレビを見ます。
ちょうど殺戮のシーンですが……そんなにこわい事はないです。
痛そうだけど。
「このおバカ!」
ミコちゃん、わたしと保健の先生にチョップ。
☆が出ました。
「痛い、本気チョップ痛いです」
わたし、涙がちょちょぎれます。
「おお、痛いわよ、ミコちゃん」
保健の先生、頭を抱えてプルプル震えるの。
ミコちゃん、飛び出した☆を拾ってレッドに渡します。
レッド、お星さまに大満足、ニコニコですね。
「ポンちゃんもこわいの知ってるから、見せたらだめでしょ」
「だって、テレビでやってる時はレッド死なないし」
「テレビとDVDだと内容がちょっと違うのよ」
「ああ! こわさとか違うのか!」
そう言われれば、そんな気もしますね。
地上波はそこら辺、マイルドになってるんでしょ。
レッド、☆をポケットにしまうと、
「ねぇねぇ、きょうりゅう、みたいゆえ」
「恐竜はこわいんですよ、レッドをガブリです」
「でもみたいゆえ」
って、ミコちゃんニコニコ、お玉をふりふり。
「ポンちゃんと一緒に見たに行ったらいいわよ」
「ふえ! きょうりゅう、みれるゆえ?」
って、ミコちゃん、チラシを見せてくれるの。
なになに、「大恐竜展」……磐田屋催し物会場でやってるみたい。
保健の先生、横から、
「あ、そうそう、今、やってるわよ磐田屋で」
「今時恐竜なんて流行ってるんです?」
「夏休みの宿題の自由研究なんかにするのよ」
「はぁ」
レッド、チラシを見て瞳が☆になってるの。
「いきたいゆえ!」
わたしは行きたくない。
「レッド、食べられますよ、ガブリ」
「うう……」
すぐ青くなります。
保健の先生がニコニコ顔で「なにかしゃべりそう」になるの。
『保健の先生は黙る』
『あら、ポンちゃん、コワイわね』
『なにしゃべるつもりですか』
『恐竜展っていっても、化石とか模型……』
『黙っててください、わたしは行きたくないんだから』
『え? どうして?』
『磐田屋は街にあるんですよ、街はキケンがいっぱいです、モヒカン頭が跋扈して、七つの傷の男がいるんです』
保健の先生、床にうずくまって、丸めた背中が震えているの。
レッド、わたしをゆすります。
ミコちゃんが、
「ポンちゃんと一緒に行けば大丈夫よ」
「やったゆえ!」
「ミコちゃん、どうしてもわたしを行かせたいみたい」
「いいじゃない」
ミコちゃん、レッドの頭を撫でながら、
「レッド、いい、ポンちゃんなら、恐竜なんか一発なんだから!」
「!」
レッドの表情、明るくなって、わたしは「どよーん」って感じなの。
「ミコちゃん、言うね」
「いいから、レッドと一緒に行く」
「おぼえてろ~!」
レッド、わたしに抱きついて、
「そうゆえ、ポン姉つよいゆえ、あんしんゆえ」
わたし、レッドのホッペをつまんで左右に「ビヨーン」。
「誰が強いですか、誰が!」
「いたいゆえ~」
「痛くしてるんですよ、まったくモウ」
わたしがティラノやゴヅラより強いとでも言うんでしょうか?
失礼なっ!
「ちょっと、ちょっと」
朝です、声がします。
「ちょっと! ちょっと!」
むー、朝の訪問者の言えばレッドなんですが、今日の声の主はミコちゃんなの。
なにかな?