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第177話「みかん狩り」

 3人で花屋の娘のモノレールのところまで行きます。

 レッドはもう獣耳状態でハイテンション。

「でんしゃ、たのしみゆえ!」

「はいはい、窓から顔を出したらダメなんですよ」

 って、花屋の娘のモノレールは窓なんてないんですけどね。


 今日もパン屋さんは通常運転です。

 通常運転……お客さんボチボチ。

 観光バスの予定もないから、のんびりしているの。

 テーブルは3つ埋まっています。

 わたしはコーヒーを配ったりして退屈はしていないんだけど……

 いや、正直、わたしだってもうパン屋さんの仕事はばっちり。

 3組のお客さんなんて余裕なんです。

 そう、お客さんが子連れとかだと、しっぽを狙われて面倒なの。

 でもでも、今日のお客さんは常連さんばっかりで、手、かかりません。

 そんなパン屋さんに、ちょっと面倒くさいお客さんなの。

 カウベルがカラカラ鳴って、花屋の娘来店です。

「ポンちゃん、来たわよ、コーヒーね、アイスがいいわ」

「いらっしゃいませ、パン買ってください」

「わかってるわよ、レイコー、頼むわよ、暑いんだからモウ」

「はいはい、レイコーですね、アイスコーヒーですね」

 花屋の娘、桃の出荷に来たんです。

 箱詰めの桃をテーブルに置いて、パンを選び始めます。

 って、それまでテーブルでお話していた常連さん達が桃に群り始めちゃいました。

『ちょっとちょっと花屋さん!』

『何、ポンちゃん、アイスコーヒー早く』

『みんな桃見てますよ』

『あ? ああ!』

 花屋の娘、クロワッサンをトレイに取りながら、

『ちょっとマズイ事になったわね』

『ここで売れたらOKじゃないんですか?』

『箱入りは卸す事になってるからなぁ』

『売れたら困るんですよね?』

 って、花屋の娘、ちょっと目を細めると、

「まあ、換金できればいいか、困るの配達人だけだし」

「うわ、ひどくないですか、配達人来てくれなくなるかも」

「そんな事ないわよ、パン屋には絶対来るから、そこを拉致するだけよ」

「花屋さんにとって配達人とは?」

「都合のいいヤツよ」

 わたし達が話していると、桃を品定めしていた常連さん達が花屋の娘に目をくれます。

 って、花屋の娘、ちょっと視線を泳がせてから、

「こっちでいいかしら? ちょっと傷モノだけど、安くするし」

 って、たぶん「おみやげ」に持ってきてくれたレジ袋に入った桃を差し出します。

 常連さん達、瞬く間に桃を手にします。

 花屋の娘、微笑んで、

「100円でいいや、1個100円」

 あっという間に桃は売り切れです。

 お店の中、桃の香りでいっぱいなの。

「花屋さん、おみやげの桃売れたら、わたし達の分は?」

「ゴメン、今度また持って来るわよ」

 花屋の娘、コンちゃんのテーブルに着くと、

「桃もいいけど、他のにしようか?」

 って、いつものようにグダグダしていたコンちゃん、花屋の娘を捕まえてクンクンしながら、

「苺もあるであろう、苺、イチゴ食べたいのう」

 コンちゃんが言うのに、花屋の娘は嫌そうな顔で、

「イチゴは絶対イヤだから、あげないから」

「なぜなのじゃ!」

「高く売れるのよ、イチゴは」

「ケチ!」

「ケチで結構でーす!」

 花屋の娘とコンちゃんは一通り言い合うと、二人そろってお茶を口にするの。

 コンちゃん、麦茶を傾け、そして、

「イチゴは大変ではないかの?」

「そうねぇ、ちょっと面倒くさいかなぁ」

 花屋の娘、スマホを出して画面を見せてくれるの。

「こう、面倒くさいから、水耕栽培ってのにしたのよ」

「すいこうさいばい?」

「土に植えるんじゃなくて、こう、水だけっぽいの」

「水だけで大丈夫なんです?」

「こう見えても、一応農学部だったからちゃんと勉強してるのよ」

「ふーん」

 わたし、スマホの画面を見ながら、

「台の上に植わってるんですね」

「そこなのよ、そこ、村長に言われたのよ」

「村長さん?」

「そう、老人ホームでおじいちゃん達に採らせたいらしいのよ」

「はあ? なんで台の上なんです?」

「しゃがまなくていいでしょ?」

「あー!」

 わたし、コンちゃんを見ます。

 コンちゃん、わたしの視線に気付いて、

「これ、ポン、何故わらわを見るのじゃ」

「これなら面倒くさがりなコンちゃんでもイチゴ狩りできるよ」

 コンちゃん、スマホの画面を見つめながら、

「面倒じゃ、わらわは食べるの専門なのじゃ、供されて当然なのじゃ」

「自分の手で採って食べるのがいいんですよ」

「むう、そう言われると、そうかのう」

 って、花屋の娘、イヤそうな顔で、

「イチゴはあげないわよ、高く売れるんだから、老人ホームが来ても高く売りつけるんだから!」

「村長さんに言いますよ」

「うっ! だって観光農園とか、結構いい値段で売ってるのよ」

「村長さんがどう思うやら」

「ポンちゃんも言うわね~」

 って、急に花屋の娘の表情が明るくなると、

「みかんはどう、みかん、みかんは採り放題にしておくわよ」


 と、いう事で、わたしとコンちゃん、レッドでみかん狩りです。

 3人で花屋の娘のモノレールのところまで行きます。

 レッドはもう獣耳状態でハイテンション。

「でんしゃ、たのしみゆえ!」

「はいはい、窓から顔を出したらダメなんですよ」

 って、花屋の娘のモノレールは窓なんてないんですけどね。

 レッド、わたしの服を引っ張って、

「みかんってなにゆえ?」

「みかん、知らないんですか?」

「しらないゆえ」

 って、花屋の娘がやって来ると、

「レッド、みかん知らないの?」

「しらないゆえ」

「学校給食で出ないかなぁ、冷凍みかん」

 冷凍みかん……出てますね。

 多分レッド、名前と実物が結びついていないんでしょ。

 花屋の娘、わたし達を見て、なんだか浮かない顔で、

「ともかく乗って乗って、すぐにわかるから」

「「「はーい」」」

 わたし達、モノレールに乗って出発進行です。

「このモノレールも、みかんを収穫するためなんだけどね」

「わたし、知ってますよ、学校のビデオで見た事あります」

「わたしも小学生の頃、見た気がするわ」

 ゴトゴト揺れながら昇って行くモノレール。

 レッドとコンちゃんは進行方向を指差しながらなにかお話しています。

 わたしはチラチラ花屋の娘を見ながら、

「あの、なんだか浮かない顔してませんか?」

「うーん、ポンちゃんとコンちゃんとレッドってメンツがね」

「わたし達じゃダメと?」

「もうちょっと働きそうなのを……ってね」

「む! わたし達を働かせようとしてますね!」

「あたりまえでしょ、なんでみかんをタダで採らせるもんですか」

「うーわー!」

 花屋の娘、それが目当てだったんですか。

 むう、モノレールに乗っちゃったから、もうみかんを収穫するまで帰れません。

 でもでも、この作戦、花屋の娘の負けですね。

 レッドは子供で、戦力になるのかな?

 コンちゃんは、きっとすぐに飽きるのでは?

 多分、まじめにみかんを採るのはわたしだけですよ。


 途中、何度かモノレールは止まったんですが、結局一番上まで行っちゃいました。

「なんで途中で収穫しなかったんですか?」

 そう、途中にたくさんみかんはなっていたんです。

 なのに花屋の娘は一番上まで連れて来たんです。

 もちろん一番上にもみかんの木があるにはあるんですが……

「うーん、途中はちょっと坂というか、斜面でしょ」

「ですね」

「レッドが転げ落ちたら~ってね」

「なるほど」

「今日はお試しだから、この辺だけでもいいかなって」

 花屋の娘、収穫用のかごをくれます。

 って、コンちゃんとレッドのペアには「手提げ」みたいなかごなんだけど、わたしには背負子の大きなかごです。

「どうしてわたしだけ大きいんですか?」

「わかるでしょ、あっちの二人は戦力になんないわよ、たぶん」

「むー、わたしが頑張るしかないんでしょうか?」

「ポンちゃんあきらめて、頑張って」

「あきらめて」「頑張って」ってどーなんでしょうね。

 ま、みかん狩り、せっかくだから楽しみましょう。

 わたしがみかんを獲り始めたら、レッドとコンちゃんペアも獲り始めましたよ。

 二人はなにかお話しながら、思い思いにみかんを採っているの。

 わたし、なんとなーくですが、給食なんかで食べた冷凍みかんの大きさのヤツを狙って採っていきます。

「ポンちゃん、わかってるわね」

「うーん、なんとなく、桃も同じ大きさのばっかりがいいみたいだったし」

「その調子で頼むわよ~」

 花屋の娘の背負子を見ます。

 慣れているのか、わたしの倍くらいは採っているみたい。

 むう、負けたくないですね。

 わたし、頑張って採りまくるんだから!

 とりあえず、籠いっぱいになるのが目標ですよ。


「はーい、採れました!」

 わたし、まずは籠いっぱいのみかんを確保。

 って、見せに行ったらレジャーシートに横になっている花屋の娘、発見です。

「なにやってるんです?」

「面倒、私、働きたくない」

 コンちゃんみたいな事言ってます。

「ちょっと花屋さん、わたし一人じゃそんなに採れませんよ」

「だから私、寝ているの」

「どーゆー意味ですか?」

「さんねんねたろう」

「3年も寝ないでください」

「違うわよ、昔話知らないの?」

「知ってます、レッドに読み聞かせした事あるし」

「そーゆー事よ」

「で、いい知恵は降りてきましたか?」

「うんにゃ」

「ダメじゃないですか」

「考えるの、面倒くさいし、神さまでも降りて来ないかしら」

「神さま使うつもりですか……人間なのに」

 って、わたし、レッドと一緒しているコンちゃんを見ます。

 二人もそこそこ頑張っていますが、まだ籠に半分もたまってないでしょ。

 そうそう、そのコンちゃん、神さまですよ。

 でもでも、使えませんね、ええ。

「こう、楽してお金がかせげればいいのよ、ね」

「ダメダメですね」

「私、ここに来るまで苦労したからいいの」

「苦労したのかなぁ」

「だって、騙されてこの山買ったんだし」

「わたし思うんですけど、駅前の物件ってだけで、すぐにおかしいって思わなかったんですか」

「当時は」

「ダメダメですね」

「ともかく、もう、面倒くさいのよ、私は面白おかしく楽しく生きたいの」

 って、花屋の娘、一度は手足をばたつかせると、それっきり動かなくなりました。

 本当に三年寝太郎になっちゃったのかも。

 って、車のやって来る音がかすかに聞こえて来ました。

 これは配達人の車ですね。

 見慣れた車は畑の空きスペースに止まると、

「ちわー綱取興業っす」

「配達人さん、どうしたんですか?」

「ああ、ポンちゃん、花屋さんから頼まれてバーベキューセット持って来たの」

「バーベキュー?」

「うん、お昼ゴハンにって」

 配達人、言いながらバーベキューコンロを準備して、テーブルも出して、ごはんを出してくれます。

 ごはんはパックのレンジでチンするのですが、もう温めてあるみたい。

 いつのまにか、バーベキューコンロには串が並んでいたりします。

 さっきまで地面で駄々こねて寝ていた花屋の娘は、いつのまにか椅子に座ってビール開けていますよ。

「ああ、労働の後のビールは最高ね」

「寝てましたよね?」

「タヌキも焼こうかしら」

「……」

 レッドとコンちゃんもやってきて席に着くの。

 みかん、わたしは籠いっぱい、コンちゃん達も小さい籠とはいえ、満タンです。

「はぁ、結局これだけか~」

 花屋の娘、みかんの入った籠を見てため息。

 レッドとコンちゃん、串焼き食べながら収穫したみかんでお話しているみたい。

 ちょっとしか獲らなかった二人ですが、それはそれで「競争」してたようですよ。

 二人の話はなんだか盛り上がっているの。

 花屋の娘、ビールをグビグビやってから、

「みかん、高く買ってよね」

「えー、いつも高く買ってるし」

 花屋の娘の言葉に、配達人は苦笑い。

「じゃあ、何かいいアイデア出しなさいよ」

「何の?」

「収穫するのが面倒くさいのよ、なんとかなんないかしら」

「幼稚園呼べばいいのに」

「は?」

「幼稚園呼べばいいのに」

 配達人、さも当然のように言います。

 配達人、言うだけ言って、串焼きモグモグ食べるの。

 配達人、計算機を叩いて、

「このくらいでいい?」

「ちょっと安いじゃない」

「だって今アイデア出したし」

「幼稚園だめでしょ、私でもわかるわよ」

「何で?」

「みかんの木、高いのよ、どーやって子供が取るのよ」

 配達人、今度はごはんをモグモグ食べて、

「レッドも取ってるし」

「レッドはコンちゃんに抱っこされてるでしょー!」

「子供だけじゃないくて、親も呼べばいいんだよ」

「!」

「そしたら親子で楽しめて、収穫も進んで」

「!!」

「うちはバーベキューたくさん出て儲けて」

「!!!」

 もう、花屋の娘の瞳は「¥」になってるの。

「その話、乗った!」

 花屋の娘、ビール缶握りつぶしちゃってます。

 はたして、よかったのでしょうか?

 はたして、そんなにうまく話がいくでしょうか?

 もう、とばっちりは食らいたくないです。

 って、花屋の娘、ご機嫌でわたしの肩をバンバン叩くと 

「その時はポンちゃんも頼むわよ、ね、ね!」

 あー、もう、とばっちりです、とほほ。


 中にはドラ焼きが入っているの。

 問題は入っている数です。

 3つ……3つです。

「ミコちゃん、この配達は?」

「うん、保健の先生からよ」


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