第172話「せみしぐれ」
レッド、今度は大きなセミを指差してます。
ポン吉が、
「あれはこわいぞー」
レッド、そんな言葉も聞かずに網を振りました。
「えいっ!」
今日もパン屋さんはのんびりした時間が流れているんです。
青い空に白い雲。
ゆれるひまわり、鉢植えのあさがお。
まだ午前中ですが、駐車場の景色がゆれています。
暑くなりますよ~
コンちゃん、定位置でポヤンとしながら、
「客も来んから、店終いするかの」
「ちょっとちょっと、まだオープンしたばっかですよ」
「ほれ、駐車場を見るのじゃ」
「なんですか?」
「暑いのじゃ、蜃気楼じゃ」
「蜃気楼って……暑くてユラユラしてるだけでしょ」
「暑くて客なぞ来んのじゃ」
「むう~ それはそれで困る~」
「仕事、やめるのじゃ」
まぁ、コンちゃんが仕事をしないの、いつもの事だからほっときましょ。
わたし、テーブルを拭いたり、トレイやトングをみがいたり。
オープンして1時間くらいは誰も来なかったけど、それからは……
ポツンポツンとお客さんが来てくれました……
でもですね……
わたし、知ってしまったんです!
お客さんもっと来てくれないと、お店つぶれちゃうんです。
この間、店長さんとミコちゃんが話しているの、柱の陰で聞いちゃったの。
って、よく聞いてたわけじゃないけど、店長さんが「お店がピンチ」ってところはしっかり聞いたんだから。
お客さんが来てくれないと、お店、つぶれちゃうかもしれません。
そしたら、わたし、どーなっちゃうんでしょ?
また路頭に迷うのはまっぴらです。
でもでも、何か名案があるか~というと、それは「ぜんぜん」。
わたしに出来るのは、店員さんを頑張るくらいですね。
「ポン~ お茶~」
定位置でグダグダしているコンちゃんが呼んでます。
いいですね、能天気な女キツネは。
「コンちゃん、ちょっとは仕事したら~?」
「え~ 客なぞおらんのじゃ~」
「いるじゃないですか」
店を見れば、お客さん今は一人。
本を読みながらお茶をしています。
「読書中じゃ、そっとしておくのじゃ」
「まぁ、そうなんですけどね」
「ポン、暑いのじゃ、じっとしておるのじゃ」
「なに言ってるんですか!」
「いいかの、ポンよ」
「?」
「お外を見るのじゃ」
「うん?」
「ゆらゆら、蜃気楼なのじゃ」
「蜃気楼じゃないですよ」
「いいから、あれが見えるという事は、暑いのであろう」
「ですね」
「だから動いては、働いてはいかんのじゃ!」
「は?」
「動くと暑くなるのじゃ、だからじっとしておれ」
わたし、持って来たお茶をコンちゃんから遠ざけます。
「じゃ、お茶、おあずけ」
「いじわるな事を言うでない」
「だーって、わたしが持ってこないとお茶はここにないはずですよ」
「わらわのために働くのはいいのじゃ」
ま、いじわるしてもなんですから、お茶をあげましょう。
麦茶のグラスを押しやると、コンちゃん素早く奪って、
「もうわらわのものなのじゃ」
「はいはい、どーぞどーぞ」
「ポンの持ってきてくれるお茶はウマウマなのじゃ」
「はいはい、よかったですね」
でもでも、コンちゃんの言うのも本当です。
わたしも頬杖ついて、気分だらけちゃうの。
「なんだか仕事って気にもなりませんね」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
って、お茶をしているお客さんと目が合っちゃいました。
マグカップを持ち上げて合図してくるの、おかわりですね。
わたし、一度奥に引っ込んでから、新しいマグにコーヒー注いで持って行くの。
「はい、おかわり、そっちのマグはいただいていきま~す」
「ふふ、ポンちゃん、暇そうね」
「お客さん、一人だけだし」
「お邪魔?」
「いえいえ、こう、退屈だから、仕事してたほうが気が紛れるくらいです」
「それならいいんだけど」
わたし、お客さんをじっと見て……常連さんなんですけど……
「お客さんも、暇なんですよね?」
「うん? どうして?」
「だって、しょっちゅうお店に来て、パン買ってお茶して、本読んで帰ってるだけです」
「そうね」
「それに、村の人じゃないですよね?」
「うん、そうね、バスで来るわ」
「わざわざバスで来て、本読んで帰るなんてよっぽど暇なんですね」
「そう言われると、なんだかすごい暇そうな気がしてきたわ」
わたし、ついつい言っちゃったけど、よく考えると「ズケズケ」言ってますよね。
常連さん、ちょっと視線が天井を泳いでから、
「大学卒業したのはいいんだけど、仕事がなくて~」
「はぁ、その、なんでしょう、お仕事ないと大変?」
「うーん、アルバイトはちょっとしてるのよ」
「アルバイト!」
「コンビニで」
「コンビニ!」
「それ以外はここで本を読んでいたり、近所のファストフードでもお茶したりするわ」
常連さん、本を閉じて、テーブルに置くと、
「家にいると、お母さんがうるさいの、だからね」
「??」
わたし、わかりません。
「あのあの、どうしてお母さんうるさいんです?」
「就職してないから」
「アルバイトしてるんですよね?」
「うーん、アルバイトは就職とはちょっと違うのよ」
「働いてるんですよね?」
「まぁ、それは確かにそうなんだけど」
常連さんはよさそうな人です。
なんとなくだけど、真面目そうな人?
でもでも、もしかしたら!
「あのあの!」
「なに? どうしたの? ポンちゃん?」
「もしかしたら、コンビニ店員で!」
「コンビニの店員で?」
わたし、ぽやんとしているコンちゃんを見ます。
常連さんも見てるの。
『あのあの!』
『な、なに? 小声で?』
『コンちゃんみたいにぽやんとしてばかりとか!』
常連さん、改めてコンちゃんを見て、
『私、真面目にやってるわ』
『安心しました』
でも、やっぱりわかりません。
「ちゃんと店員さんやってるなら、ちゃんと働いてるって事じゃないですか」
「……」
「就職ってなんなんです? 働いてるんじゃないんです?」
「むう、なんて言ったらいいのやら」
「いいですか、アルバイトでぽやんとしていたら」
「ぽやんとしてたら?」
わたし、コンちゃんを見て、
「あれは働いているとは言いません、ダメな例です」
「プッ!」
「アルバイトでも、あんなだったらダメアルバイトなんです!」
「プププっ!」
って、ぽやんとしているコンちゃんの髪がヘビみたいにうねってるの。
「おぬしら、わらわの悪口を言っておろう、言っておろう」
コンちゃん、プイとそっぽを向いて、
「わらわ、気を悪くした、もう働かんのじゃ」
いつも働いていませんよね、いつも!
わたしと常連さん、コンちゃんでそんな事を話していると、レッドが帰ってきました。
「ただいまゆえ」
「おかえりなさ~い、でも、早くないですか?」
レッドが帰ってくるにはちょっと早い時間です。
するとレッドはわたしを見上げてモジモジしながら、
「むしをとりたいゆえ」
「むし?」
「むし、ないているむし」
「鳴いている虫?」
って、常連さん、窓の外を見て、
「セミじゃないの?」
「セミ……」
わたし、虫はあんまり興味ないんですが、セミくらい知っています。
あの、木にとまって鳴いている虫ですよ。
レッド、さらさらとチラシの裏に絵を描きます。
「こんなのゆえ」
セミの絵、リアルです、すごいですよ、鉛筆だから白黒ですが。
わたし、その絵をすぐに常連さんに渡したら、常連さん、絵とレッドを交互に、何度も視線が動きます。
「レッドは絵が上手なんですよ、知らなかったんですか」
「びっくりした、子供なのにすごい」
「まぁ、子供が描くにしてはすごいような気がします」
常連さん、絵を返してくれたので、ポヤンとしているコンちゃんに、
「ほら、コンちゃん、お店はわたしだけでいいから、レッドといっしょに虫獲りに行ってくださいよ」
「えー、セミかの、つまらん、めんどうなのじゃ」
って、レッド、わたしの服をつまんで引っ張るの、
「ポン姉~」
「わたしがお店離れたら、役立たずしか残りません」
「これ、ポン、役立たずとは誰の事かの?」
「だったら役に立ってください」
「むう」
って、コンちゃんの頭上に裸電球点灯するの。
そしてすぐさま術が発動します。
パン屋さんの中に光球が現れ、そして光が静まります。
ポツンと現れたのはポン吉です。
竹竿を持ってぼうぜんとしているの。
「お! なんじゃこりゃ!」
「ふふ、わらわが召喚したのじゃ」
「なんだよ、コン姉、オレが好きなのかよ」
「ふふ、大好きなのじゃ、わらわ、わらわの言う事を聞く輩が好きなのじゃ」
「なんだよそれ」
ポン吉、手入れしている竹竿をユラユラしながら、
「なんだよコン姉、何の用だよ」
コンちゃん、レッドを引き寄せて、
「レッドと一緒にセミを獲りに行くのじゃ」
「えー、セミー」
「弟分の面倒を見るのが、兄貴ではないかの?」
「むう、そう言われると……」
って、レッド、ポン吉に飛びついて、
「わーい、ポン吉すきすきー!」
さて、ポン吉とレッドでセミ獲りに行くみたい。
わたしは解放され……
ちょ、すごい嫌なのを見ちゃいました!
ポン吉が一瞬、「悪い顔」で笑ってたの。
それもコンちゃんを見て!
わたし、ゾワゾワ、ゾクゾクします。
「わたしも、ちょっと行ってみようかな」
「あ、ポン姉も来る、じゃ、虫かご持ってな~」
ポン吉、もういつもの顔に戻ってるの。
でもでも、さっき、一瞬、悪い顔になってました。
嫌な、嫌~な予感がします。
なんでしょう、この胸騒ぎ。
ミコちゃんにOKもらって、わたしはレッド・ポン吉のお供です。
外はセミの声でいっぱいです。
木から聞こえてきますけど……どこにいるのかな?
レッドはしっぽをフリフリ、木を見上げています。
ポン吉もじっと見上げてますね。
ふむふむ、ポン吉の視線の先を追いましょう。
セミ、発見です、3匹います。
ポン吉、レッドにセミを指差しながら、網を渡すの。
レッドは獣耳モードに突入しががら、
「とれる? とれる? とれるゆえ?」
「網でバッとやればいいよ」
「わかったゆえ!」
レッド、何度もうなずいて、網をかまえるの。
「えいっ!」
3匹めがけて網を振るの。
「ジ!」
「ひえっ!」
「ジジ!」
「うわーん!」
レッド、セミの鳴き声にびっくりして網を落としちゃいました。
3匹のセミはおしっこしながら飛んで行っちゃうの。
「にげられたゆえ」
「まぁ、まだたくさんいるし」
ポン吉はニコニコ顔でレッドに網を手渡すの。
何度かやっているうちに、レッドも鳴き声になれたみたい。
1匹つかまえましたよ、小さいセミです。
「セミ、げっとゆえ!」
「はいはい、よかったですね」
「つぎはおおものゆえ」
「これ、小さいですもんね」
レッド、今度は大きなセミを指差してます。
ポン吉が、
「あれはこわいぞー」
レッド、そんな言葉も聞かずに網を振りました。
「えいっ!」
「じょわあわあわあ!」
「「!!」」
レッドびっくり、わたしもびっくりです。
すごい鳴き声。
セミにも強いのがいるようです。
凱旋です。
結局強いセミもつかまえたの。
最初はびっくりするくらい大きな鳴き声って思ったけど、慣れてしまえばこっちのものなんだから。
でもでも、レッドの方は最後までビクビクでしたよ。
結局レッドが捕まえたのは鳴かないセミでした。
ポン吉の話だと、雌のセミ鳴かないそうです。
「ただいまゆえ!」
「おかえりなのじゃ」
「おかえりなさい」
お出迎えはコンちゃんに常連さん。
ウッドデッキでご一緒しているところですよ。
「コンちゃんコンちゃん、どうしたんです?」
「店の中におると、ミコがにらむからじゃ」
「わたしがいない時は店員してください」
「わらわは神ゆえ、そのような事はせんのじゃ」
「ナマケモノ」
「女キツネは気まぐれなのじゃ」
って、常連さんはレッド、ポン吉とお話しています。
「見せてみせて」
「おおもの、こわいゆえ」
「あ、クマゼミね」
「くろくてつよいゆえ」
「強いの?」
まず、ポン吉が虫かごに手を突っ込みます。
あ、ミコちゃんも出てきましたよ。
常連さん、ミコちゃんでポン吉を覗き込むの。
ポン吉、捕まえたクマゼミをレッドに渡します。
レッド、一瞬びびりながらも、ポン吉からクマゼミをもらうの。
「ほら、つおいゆえ」
「セミよ?」
レッドからクマゼミを受け取った常連さん、眉をひそめます。
「確かに強いわね」
「ゆえゆえ、ちくちくいたいゆえ、かぶときゅー」
「確かにカブトムシくらい力強いかも」
常連さんからバトンタッチされたミコちゃん。
セミを手にニコニコ、頷いています。
「ね、つよいゆえ」
「レッド、すごい、よく捕まえた」
「やったゆえ」
ミコちゃんに頭を撫でられてレッドはニコニコです。
ゾクっ!
ゾクゾクッ!
嫌な、なにか、とんでもない空気感じました。
わたしの、タヌキの、野良の「カン」が「殺気」を察知したの。
『なにっ?』
これは、わたしがタヌキだった頃、カラスやネコやイヌに襲われた「殺気」に似ています。
いや、殺気じゃないです。
仔タヌキだったわたしは「狩り」の「練習台」、いわば「おもちゃ」。
ま、まさか、山のパン屋に危機がせまっているとか?
わたしの「野良のカン」が真っ先に「常連さん」に向けられます。
いや、違う!
常連さんはいつも来ています。
ではでは「危機」は他所から?
『いた!』
外から、他所からなんかじゃない。
アサシンはまさに「ポン吉」。
クマゼミを手に悪魔の顔。
クマゼミを手に? は?
あのクマゼミはわたしが捕まえた鳴く方です。
今は何故か静かにしているけど…
「えいっ!」
ポン吉、動いた!
コンちゃんの襟の後ろからセミ投入なの。
「ジュワ!」
「うおっ!」
「ジョワワワワー!」
「ほわわわわ~」
コンちゃん、体をくねらせ、飛び跳ね、テーブルをひっくり返し、床を転げ……
わたし、レッド、常連さんにミコちゃんはびっくり。
ポン吉はうずくまって大笑い、床をバンバン叩いています。
「うわーん!」
コンちゃん大泣き。
服をばさばさやったら、クマゼミも、
「ジュワジュワジュワ!」
飛んで行っちゃいました。
クマゼミは鳴き声大きいから、びっくりします、こわいです。
コンちゃんは「ぺちゃ」って座り込んでいたかと思うと、一瞬鬼の形相でポン吉をにらむんです。
髪はヘビみたいにうねったんですが……
「うわーん!」
大泣きでミコちゃんに抱きつきました、意外!
「こわかったのじゃ、びっくりしたのじゃ! くすん! えーん!」
って抱きつかれたミコちゃん、とりあえず近くの椅子にコンちゃんを座らせると、ムスっとした顔で床ドンしているポン吉の首ねっこつかまえます。
倒れていた椅子を倒して、まずミコちゃんが「ドン」と座って、その膝にポン吉を置きます。
慣れた手つきでポン吉のお尻、叩くの。
「この悪い子めっ!」
「ひいっ!」
「女の子の服にセミ入れちゃダメでしょ!」
「痛いっ!」
「このイタズラ仔タヌキがっ!」
ミコちゃんが叩く度にポン吉の足が跳ね上がるの。
常連さんが、
『ねぇねぇ、ポンちゃん、ミコちゃん怒るとコワイのね』
『昭和スタイルなんですよ、でもでも、ミコちゃん、実はすごいご長寿なんですよ』
『コンちゃんと一緒で神さまなのよね』
『ですね』
髪をうねらせて怒っていたミコちゃんですが、落ち着いたのか手の動きが止まるの。
って、痛がっていたポン吉、涙目ですが笑ってます。
泣いているのに笑顔、変なの。
ポン吉、ミコちゃんの膝から降りると、お尻をさすりながら、
「ミコ姉、あんまりだぜ」
「こんなグータラキツネでも女の子でしょ」
ポン吉・ミコちゃんの会話。
二人の視線がうずくまって泣いているコンちゃんに向けられるの。
ポン吉、スゴイ勢いでコンちゃんの腕を握ると
「ほらー!」
コンちゃんの手が開かれて、中に目薬発覚。
次の瞬間ミコちゃん「電閃石火」コンちゃんを捕まえ、即「お尻ペンペン」。
「この女キツネ、バカ、死ね、子供相手に何かな!」
「うわーん、セミにびっくりしたのは本当なのじゃ」
「なんで目薬持ってるかなー!」
「うえ」
もう、ミコちゃんの髪、うねりまくり。
暗黒オーラを背負い、稲光させながらお尻を叩くミコちゃん。
見ているレッドもガクブルなの。
常連さん、でもでもほっこり顔で、
「私も昔、お母さんによく叩かれたわ」
なんだって。
でもでもミコちゃんの「お尻ペンペン」すごい痛いと思いますよ~
今、わたしは、学校に配達に来て、そのまま居残っているの。
となりではレッド画伯がわたしを描いている最中。
そしてお隣には、吉田先生が何故か座っています。
吉田先生の座っている席はポン吉の席。
問題のポン吉は、今、居眠りの罪で廊下に立たされています。