第171話「ひよ子じゃないよ」
最近、お祭りの露店でヒヨコ釣り見た事ないです。
あの、色を塗ったカラーヒヨコとか……
きっと動物虐待になるんですよええ!
でもですね……
「作っちゃう」のはいいのかな? ま、いいか!(よくない!)
学校に配達に行くとですね……
保健室の引き戸が半分くらい開いていて、中がちょっと見えたんですよ。
保健室には保健の先生……と、いいたいところですが、保健の先生は学校の保健室よりも、老人ホームの医務室にいる方が多いんです。
学校の保健室……怪我をする生徒はあんまりいないんですよ。
それに比べて老人ホームは見守りをしないといけないからですね。
だから学校の保健室に保健の先生がいるの、ちょっとめずらしいかも。
「どうしたんです、めずらしいですね」
「あら、ポンちゃん、いらっしゃい」
「老人ホームはいいんですか?」
「今はちょっと暇な時間だから、こっちでちょっとね」
「?」
保健の先生、ベットの下から何かを取り出しました。
なんと、タマゴがずらっと並んだ箱です。
よく見ればタマゴパックを並べて作った箱ですね。
「タマゴ?」
「そうよ、タマゴ、ひよそを作るのよ」
「ひよそ? ヒヨソ?」
「そう、ヒヨソ」
「にわとりのたまごから生まれるのは『ひよこ』ですよね」
「だから、これは『ひよこ』じゃなくて『ひよそ』『ヒヨソ』なんだから」
「その「ひよそ」ってなんです?」
「ひよそはヒヨソよ」
「??」
タマゴは5個5列の25個。
タマゴにはシールが貼ってあるのもあるの。
保健の先生、タマゴに目をやりながら、
「ポンちゃんはひよこは知ってるのよね」
「ひよこってお菓子のひよ子ですか?」
「ニワトリの子供の方よ」
「知ってますよ、黄色くて丸々してて、ちょこまか動きます」
って、保健の先生、嫌そうな顔をして、
「まさかポンちゃん、ひよこ食べたりしてたとか、タヌキの頃」
「わたしは野良だから、いつも千代ちゃんの家でゴハンもらってました」
「野良だったと」
「千代ちゃんの家にはニワトリがいて、ひよこもいましたね」
保健の先生、わたしがひよこを食べてなかったのを聞いて安心した顔になると、
「縁日でひよこ釣りってあるのよ」
「はぁ、縁日、お祭りの時の露店ですよね」
「そうよ、金魚すくいとか知ってる?」
「テレビで見た事あります」
「金魚すくいは、まだ見かけるけど、ひよこ釣りはほとんど見ないのよ」
とは言われても、わたし、ひよこ釣りを知りません。
でもでも、なんとなくわかりますね。
「ひよこ」で「釣り」だから、えさで釣るかひっかけるか、そんなところでしょう。
保健の先生が言うのに、わたしの返事は簡単です。
「ひよこなんて面倒くさいだけですよ、ピヨピヨ鳴いて、ちょこまか動いて」
「ポンちゃんは『かわいい』とか思わないの?」
「だってひよこ、わたしのゴハンを横から食べちゃうんですよ、キライです」
「そんなタヌキの頃の話をされても」
保健の先生、タマゴを見ながら、
「ともかくこのタマゴは『ひよそ』で『ひよこ』じゃなのよ」
「タマゴだからわかりませんよ」
「ともかく、もうすぐ憲史(配達人)が来るから、『ひよそ』見に行くわよ」
「ひよこですよね」
「まぁ、パッと見はね」
って、保健の先生が言った通り配達人登場です。
「長崎先生来ました~、って、ポンちゃんもいるや」
「配達人さんは、このタマゴの正体知ってるんですよね」
「うん、ひよそだよね、ヒヨソ」
「ヒヨソってなんです?」
「ひよこだよ、パッと見」
さっきからそればっかりです。
配達人、タマゴの入った箱を抱えて、
「じゃ、遊園地行きますよね」
遊園地にひよそがいるそうです。
遊園地?
なんで?
ダムの跡地の遊園地。
お客がいない時は遊具は動いていなくて静か……
いやいや、わたしの獣耳が聞こえるんです。
人の声がしますよ。
職員さんの声ですね。
「おお、憲史くん、先生も、ポンちゃんも、いらっしゃい」
作業着姿の職員さん、ニコニコ顔で出てきます。
「ポンちゃんはなんで?」
「わたしは学校で保健の先生と会ったんですよ」
「長崎(保健の)先生と?」
「ですよ、ひよそが見れるって言うから一緒してるんです」
「ああ、ひよそ」
って、配達人がニコニコ顔で、タマゴの入った箱を持って事務所に向かいます。
わたし達も続きましょう。
って、事務所が近付いて来たら「ぴよぴよ」聞こえてきましたよ。
「ねぇ、先生」
「何、ポンちゃん」
「ひよこの鳴き声が聞こえてくるんですけど」
「ぴよぴよ?」
「はい」
「まぁ、見ればわかるわよ」
事務所に入ったら、大きなダンボールが置かれていました。
鳥のえさのにおいもしますね。
そして「ぴよぴよ」。
わたし、ダンボールを覗き込んでみたら、いました「ひよこ」です。
「うん?」
「ひよこ」は千代ちゃんの家でよく見ました。
わたしのごはんを横からついばんでいく小鳥です。
「せ、先生、これ、なんです?」
「だから『ひよそ』だってば」
「いや、『ひよこ』でしょ、ヒヨコ」
って、わたし、先生の白衣を引っ張りまくり。
「色が! 色が!」
そう、わたしの知っている「ひよこ」は黄色いんです。
でも、ダンボールの中にいるのは「赤」「青」「黄」に「緑」とか「ピンク」もいますね。
「これはなんです?」
「だから『ひよそ』なんだってば」
って、配達人がタマゴを一つ手にして、
「カラーヒヨコだよ、カラーヒヨコ、知らないかな?」
「カラーヒヨコ!」
「昔は色を塗ってたらしいけど、このタマゴから生まれるのは色着きなんだよ」
「このタマゴ……保健の先生」
わたし、保健の先生をジト目で見るの。
保健の先生は悪びれるどころかニコニコで、
「チョチョッと遺伝子いじって作ったのよ」
「それってとんでもない事じゃないんです?」
「いいのよ、このひよそ、ひよこよりずっといいのよ」
わたし、ダンボールから1羽、青いのを捕まえると、
「青いひよこなだけじゃないですか!」
青いひよこ、ニワトリになったら青いんでしょうか?
ちょっとコワイ気もします。
って、職員さんが関心顔で、
「ああ、そうそう、ポンちゃんの持ってるひよこ……ひよそだけど、一ヶ月モノなんだよ」
「一ヶ月モノがどうしたっていうんですか!」
「一ヶ月経っても「ひよこ」のまま、ってかひよそか」
さっきから「ひよこ」「ひよそ」頭がグルグルしてきました。
ともかくこの青いのは「ひよそ」なんですね。
わたしの手の上でモソモソしている「ひよそ」。
「やっぱり青いだけのヒヨコですよね?」
「だから一ヶ月モノなんだってば」
「えー、一ヶ月でヒヨコだと変なんですか?」
「一ヶ月もしたら大きくなってるんだよ」
「わたし、そこはよくわからない」
青ひよこ、今度はわたしを見てピヨピヨ鳴き始めました。
えさでも欲しいんでしょうか?
って、一緒に青ひよそを見ていた職員さんが、
「そうそう、先生もいるから……このひよそ、すごいんですよ」
「「え?」」
わたしと先生、はもって言います。
職員さん、一度別の部屋に行ってから、つり竿を持って戻ってきました。
わたし、保健の先生、配達人につり竿を渡しながら、
「このひよそ、賢いんですよ」
「「え!」」
わたし、持っていた青ひよそをダンボールに戻して、つり竿を見ます。
保健の先生も険しい目でつり竿を見て、
「ちょっと、これで釣れるの? 私が子供の頃やったのとは違うわよ」
「いいから、いいから」
職員さんに言われるままに、わたしと保健の先生、配達人で「ひよこ釣り」開始です。
いや、わたしだってこれで釣れるとは全然思えません。
だって……針はなくて、先に結ばれているのは「スルメ」です。
この仕掛けは「ザリガニ釣り」のそれなんです。
『スルメで釣れるのかなぁ~』
ヒヨコの……ひよその餌はスルメじゃなかったような気がします。
ヒヨコの餌はニワトリと一緒でゴハン粒とか虫とかミミズ。
わたし、ともかくつり竿を出してみます。
カラーひよその中に糸がたれるの。
「Pi!」
音がして、竿に当たりが。
わたし、ザリガニ釣りでこの手の、なれてるんです。
ゆっくり竿を上げると、青ひよそが食いついてるの。
「おお、つれました、食いしん坊さんですね、この青いの」
って、保健の先生は赤を、配達人はピンクをゲットです。
釣れたのをダンボールに戻して再開。
「ピピッ!」
また音がしました。
って、今度は当たりがないですね。
「Pi!」
音と同時に竿がピクピク。
『うん? 音がすると釣れるみたいですよ』
わたしは釣れたひよそを戻しながら、
「職員さん、なにか音、出してません?」
「え! ポンちゃん聞こえるの!」
「音がしたらひよそが食いつきます」
「これで合図してるんだよ」
職員さん、テレビのリモコンみたいなのを見せてくれるの。
「合図したら食いつくように、訓練したの」
「うわ、ひどい、ダメな時はダメってことじゃないですか!」
「縁日の露店なんてそんなもんだよ」
「職員さん言いますね」
「俺が子供の頃なんか、くじの紐は繋がってなかったもんだよ」
「でもでも、ひよこ釣りって、子供がやってゲットしたヒヨコを持って帰るんですよね」
「だね」
「極悪じゃないですか!」
保健の先生、リモコンを手にして、
「うわ、よく仕込んだわね、たいしたもんよ」
保健の先生、釣り糸を垂らして、リモコン押して、竿を上げるとひよそが食いついています。
そこでリモコンのボタンを押すと、ひよそ、スルメを放してダンボールの中へ。
職員さん、ニコニコ顔で、
「じらすだけじらして、最後にオマケであげて、感謝されるわけです」
「うわ、極悪」
「いいの、ひよそあげるんだから」
「そこまではぼったくりですよね」
って、保健の先生、リモコンのボタンを押します。
「「!!」」
今度はひよそ、全部うずくまっちゃうの。静かになりました。
「それはスリープモード、『待て』」
「うーわー」
この男、どこまで芸を仕込んでいるんでしょ?
わたしがにらんでいると、
「いや、なんかすごいよく覚えてくれるから、面白くなってついつい」
職員さん、保健の先生からリモコンを受け取るとボタンを押します。
今度はひよそ、全部倒れました、死んだふり。
「うわ、全部死んじゃいました」
「ポンちゃんわかってるよね、死んだふりだよ」
「わかってるけど、芸達者ですね」
「それ、ポチッとな」
今度は全部起き上がると「ピィピィ」鳴き始めました。
「この鳴き声で客を誘う」
「やっぱり極悪です」
って、職員さんと保健の先生、配達人は集ってなにか話を始めました。
わたし、一人残されてひよそのダンボールを見ながら、
「むう、賢いといいますが、色がついているだけでヒヨコですよね、ひよこ」
わたし、ダンボールに手を突っ込んで捕まえようとします。
チョコチョコ逃げて、なかなか捕まりませんよ。
ターゲットにしたピンクひよそを両手で囲うように、箱の隅に追い込むの。
捕まえましたよ。
賢いといっても、所詮小鳥です、ことり。
わたしの手の中でジタバタするピンクひよそ。
むう、わたしがタヌキだった頃、よくゴハンを横取りされたもんです。
人間になった今のわたしにとって、こんなの無力な存在なんですから。
って、ピンクひよそ、わたしをじっと見つめています。
その目が、何故か、胸に向けられたような気がしました。
「ピッ」
短く鳴くと、プイッとそっぽを向いて大人しくなるの。
今の「ピッ」って、なんだかバカにしているような気がしたの、わたしだけ?
それも、わたしの胸を見て……気のせい?
「ちょっと、今、わたしをバカにしませんでしたか?」
「ピッ」
って、刺すような視線を感じます。
見ればダンボールの中のひよそ、全部がわたしを見上げているの。
なんででしょう、胸に視線を感じるんですよ。
そして、みんながみんな、
「ピッ」
鳴いて、そっぽをむくの。
なんですか、その態度!
誰も見ていなかったら、折檻しているところですええ!
「客も来んから、店終いするかの」
「ちょっとちょっと、まだオープンしたばっかですよ」
「ほれ、駐車場を見るのじゃ」
「なんですか?」
「暑いのじゃ、蜃気楼じゃ」