第181話「ハッピーバースデー」
「ポン姉ポン姉!」
「なんですか?」
「ケーキ、こまるゆえ」
「なにが困るんですか?」
「どれにするゆえゆえ」
今日のおやつは……楽しみです。
実はおやつが「なにか」は、わかっているの。
「ケーキ」なんです、ケーキ。
ミコちゃんが作ってくれるわけではなくて、スーパーマーケットなんかに売ってあるケーキなんです。
「なんでミコちゃんが作らないの?」
わたし、おやつが売ってあるケーキなのに、ミコちゃんに聞いてみたの。
だってミコちゃんだったら、簡単にケーキくらい作れそう。
「うーん、ケーキよね」
「ですです、ミコちゃんなら簡単ですよね?」
「そこなんだけど……『今の人気』を知りたいから……かな」
「なるほど、勉強家ですね」
「たまには他人の作ったのを食べてみないとね」
「今日の配達で来るんです?」
「そうよ、配達人さんに頼んであるの」
「大丈夫ですかね、配達人に頼んじゃって」
わたし、あの男がケーキを食べているの、想像つきません。
「ケーキの種類も、配達人に頼んだんだよね?」
「ポンちゃん心配しすぎよ」
「だって~」
「配達人さん、プリンの素なんかも持ってきてくれるし、ここに来ていない時はコンビニで働いているらしいのよ」
「へぇ、配達人、いろいろ仕事してるんですね」
「綱取興業さんのやっているお店で働いているんだって」
って、その配達人の車がやってきました。
配達人、ダンボールを抱えてやってきます。
「ちわー、綱取興業っす」
わたし、配達人に近寄ると、ダンボールを覗き込みます。
「ポンちゃん食いしん坊」
「なんでですか!」
「ケーキがお目当てなんだよね」
「わかっていますね、わたし、乙女、スイーツ、いいでしょ」
「はいはい、その箱取ってとって!」
ケーキの箱はすぐにわかりました。
フタが透明になっていて、中にショートケーキが6つ入っています。
イチゴにメロンにモンブラン、わたしだってケーキ、ちょっとわかるんだから。
「ふふ、おいしそう~」
「ポンちゃんも、こんな時だけは乙女だなぁ」
「叩きますよ!」
「ケーキ台無しになるから、その箱置いてからにして~」
配達人は笑いながら、残りの荷物を持って奥に行っちゃうの。
「私、荷物を受け取らないといけないから……ポンちゃん、一人で食べたら今夜はタヌキ汁だからね」
「こわいよミコちゃん、ちゃんと待ってるから」
「ふふ、絶対よ~」
ミコちゃん、ケーキを見てニコニコです。
むう、ミコちゃんも乙女ですね、スイーツに目がないみたい。
レッドとみどりが帰ってきて、おやつの時間なんです。
テーブルにはわたし、レッド、みどり、コンちゃんにミコちゃん、店長さんもいます、そして配達人もいるんです。
ミコちゃん、ちょっと困った顔で、
「一人分、足りないわね」
そう、ケーキは6つなんですよ。
わたし・レッド・みどり・コンちゃん・ミコちゃん・店長さんで6人なの。
配達人、邪魔ですね、早く帰ればいいのに。
「ねぇねぇ、ポンちゃん」
「なんですか、配達人さん」
「今、俺、早く帰ればいいのにって思ったよね」
「わたしはケーキ取られるのが心配なんです」
「ふふ、俺、ケーキはいいから、コーヒー欲しい」
「むう、コーヒーくらい出しますよ、待っててください」
って、行こうとするわたし。
すぐに配達人に振り返ると、
「わたしが行っている間に食べたら殺しますよ」
「まだ箱から出してもないよ~」
ですね、ケーキ、まだ箱の中です。
レッドが獣耳モードでケーキを見つめているの。
「ケーキ! ケーキ!」
レッド、しっぽをブンブン振ってハイテンション。
わたしが配達人のコーヒーを持って戻って来ると、
「ポン姉ポン姉!」
「なんですか?」
「ケーキ、こまるゆえ」
「なにが困るんですか?」
「どれにするゆえゆえ」
「どれに? する? ゆえゆえ?」
「どれもおいしそうゆえ」
「ああ、確かにいろんな種類がありますからね」
「どうしたら!」
「悩んでくださ~い」
これでしばらくレッドはケーキに足止めです。
って、そこに新たな問題が!
窓の外に常連さんの姿発見なんですよ。
それも「幼稚園の先生」です。
嫌な予感ひしひし。
カウベルがカラカラ鳴って、幼稚園の先生入店です。
「あの、いいですか?」
常連さんだから勝手にやってくれると思ったら、わたしのところに来ましたよ。
「どうしたんです? お店のシステム説明不要ですよね」
「今日は『予約』で来たの」
「は?」
「予約で来たの」
「なんの?」
「幼稚園で誕生会をしたいのよ」
「はぁ」
「そこで、パン屋さんで誕生会をしたいの」
ちょうど店長さんが出てきました。
「話は聞いています、その日の午前を貸切で誕生会ですね」
話はもう店長さんにいってるみたいですね。
すぐにミコちゃんも出てきて、
「ケーキ、人数分準備は大変そう」
考える風に視線を泳がせながらミコちゃんは言うの。
店長さん、ニコニコ顔で、
「誕生会、OKですから、ちょっと打ち合わせますから」
店長さん言うと、ミコちゃんと一緒に奥に引っ込んじゃいました。
行く時に、
「俺とミコちゃんのケーキはみんなで分けて」
ふむ、これで幼稚園の先生と配達人もケーキOKになりました。
むう、でもでも、幼稚園の誕生会、今から考えても不安です。
いもほりなんかでお馴染み幼稚園……大丈夫かな?
って、わたしの服を引っ張るのは……レッドです。
「なんですか?」
「どれがいいとおもうゆえ?」
「まだケーキで悩んでいるんですか……そうですね~」
わたし、普通に考えると「イチゴショート」でいいと思うんです。
でもですね、イチゴ、たまにすっぱいんですよ。
甘々でいくなら「モンブラン」辺りがいいような気が……
「ほら、ケーキで迷ったらイチゴですよ、イチゴショート」
もう、わたしが選んで押し付けちゃうの。
レッド、白いケーキの上のイチゴを見つめて、
「おお、あかいいちご、れっどゆえ」
「そーですよ、よかったですね」
ふふ、これでイチゴがすっぱかったら、それはそれでいいんですよ。
レッドがケーキを嫌いになったら、ケーキはいつも「わたしのもの」なんです!
さてさて、幼稚園の誕生会の日です。
お店の前に「本日貸切」の看板を立てて、とりあえずは準備はコレだけ。
誕生日のケーキはろうそくを立てて火を消してもらうために準備しています。
スポンジを店長さんが焼いて、デコレーションはミコちゃんなの。
ケーキはイチゴの乗ったものですが、なんでもイチゴが苦手な子もいるらしいので、「イチゴ風のお菓子」のものもあるそうです。ミコちゃん頑張って作ったそうですよ。
ケーキだけじゃ物足りないので、普通にパンをとってお食事もするそうです。
なんでも、園児達の親はここの常連さんも多いらしくて、園児達もここで食事をするの、慣れているし、楽しみなんだそうです。
店長さんが、
「ポンちゃん、準備はいいかい?」
「看板を出しただけですけど、いいですよね」
「だね、まぁ、席空いていたら、普通のお客さんも入れてもいいかな」
「幼稚園の先生、OKなんです?」
「うん、園児の分の席を確保できれば~ってことだから」
「むう、なら、観光バスが来た時の感じでしょうか?」
「だね、子供だから、ちょっと面倒くさいとは思うけど」
って、レッドとみどりも、今日は学校に行かずにお手伝い。
レッドは前掛け、みどりはエプロンを着けて準備完了。
「がんばるゆえ!」
「ワタシもやるわよ!」
「二人にも期待していますよ~」
そう、レッドとみどり、貴重な戦力です。
みどりは飲み物を配るのをやってもらうつもりなの。
もう小学生だから、ばっちりでしょう。
レッド……戦力外と言いたいところですが、園児達と仲良しなので、良い感じで絡んでくれればいいでしょう。
わたし・コンちゃん・ミコちゃん・シロちゃんで見守るのはちょっと厳しい気もするからですね。
でーもー!
レッド、わたしの服を引っ張るの。
見れば、目を大きくして「誕生会のケーキ」を見ているんです。
「レッド、なんですか?」
「ポン姉、ケーキすごいゆえ」
「?」
「ケーキ、すごいゆえ」
「ケーキすごいですか?」
はて、見た感じ、普通なケーキかな?
でも、レッド、手を動かしてなにかを表したくても表せないみたいな風で、
「ケーキ、おおきいゆえ」
「大きい?」
わたし、ようやくわかりました。
レッドがこの間、おやつで食べたケーキはイチゴショートでした。
今、誕生会のケーキは「切る前」のホールなケーキなんです。
「おやつで食べたのは切ったヤツでしたもんね」
「あれはケーキのおやぶんゆえ」
「おやぶん……ねぇ」
「ボスがいいですかな?」
「まぁ、おやぶんでもボスでもいいですけど、食べる時は切っちゃいますよ」
「むう、あのままたべてみたくも」
「あれ、一人占めしたらゴハン食べれなくなりますよ」
「むう~!」
「切ったくらいが、ちょうどいいんですよ」
「むう~!」
レッド、悔しいのかモジモジしっぱなしです。
でもでも、ショートケーキくらいが、きっといい筈なんだから。
「ハッピーバースデーツーユー♪」
「はっぴばーすでーつーゆー♪」
今月の誕生日さん3人が雛壇で、その他大勢園児はテーブルで歌ってます。
レッドもまざって歌っているの、ちょっと調子がおかしいけど。
歌が終ったところで先生が、
「じゃあ、ろうそくの火を消してくださ~い!」
雛壇の3人が大きく息を吸って、「ふーっ!」ってするの。
ろうそくの火は簡単に消えて、先生がいいタイミングで拍手。
「誕生日おめでとー!」
みんなも先生の拍手に合わせて「パチパチ」。
って、誕生日で雛壇の、一番年長さんっぽい子が、
「手を合わせましょう、いただきまーす!」
あ、これ、学校でもやってるのです。
レッドとみどりも、手を合わせていっしょにお食事。
「あのあの、先生、先生」
「なに、ポンちゃん?」
「ケーキもあるから子供には多いかもしれないけど、パン、一個しか選ばないでいいんですか?」
そう、今日は貸切でパンは「食べ放題」もオプション設定なんです。
わたし、てっきり「パクパク」食べられるかと思っていたんだけど、ほとんどの子が1個、体の大きな子は2個とか3個とか取ってるけど、1個の子があきらかに多いですよ。
「この後神社に参って、ニンジャ屋敷で遊んで、おそば屋さんに行くからあんまり食べさせてないの」
「なるほど~」
もう、園児達はパンもケーキも食べちゃって、次の神社に行く気満々。
パン屋さんのイベントもおしまいですね。
「先生、誕生会は成功ですか?」
「うん、幼稚園でやったら準備や片付けが大変だったから、ここでやれてよかったわ」
「準備……片付け……」
「大変なのよ、この人数だと、子供でも」
「まぁ、いいですけど」
って、レッドがわたしの服を引っ張ってます。
なにかな?
「ねぇねぇ、ポン姉」
「なんです?」
「たんじょうかいってなに?」
「あー、わたしやレッドには関係ないですよ」
「なに? なに?」
「むー、生まれた日をお祝いするんですよ、わたしやレッドは野良でペットだから、生まれた日わかんないでしょ」
「むー、たんじょうび、やりたいゆえ、けーきまるごとたべたいゆえ」
「レッド食べ切れませんよ」
「たべれるゆえ」
「イチゴショート6個でまるごとですよ」
「ろろろろっこゆえ! そんなに!」
まだまだお子さまですね、計算できないなんて。
誕生会も終って、幼稚園のみんなは神社に行きました。
お店の中はガランとして静か。
わたし、店長さんと一緒に片付けしながら、
「久しぶりに忙しかったですね」
「観光バスほどじゃないけど、子供相手はちょっと気を使うからなぁ」
「ですよね」
店長さん、一瞬顔が厳しくなって、
「さっきポンちゃん、幼稚園の先生と話していたよね?」
「ええ、それが?」
「誕生会やった理由がすげー気になった」
「誕生会の理由?」
「ちょっと話しているの聞こえたんだけど、嫌な理由だった」
「え? そんなのありましたっけ?」
「準備や片付けが面倒だから、ここで誕生会やったっての」
「ああ、でした、それがどうして?」
「面倒くさいじゃん!」
「は?」
「常連さんや観光バスなら、パンを準備してればいいけど」
「誕生会は面倒くさいんですか?」
「雛壇席作ったり、ケーキ焼いたり、準備はこっちだよね」
うーん、わたしは準備、ちょっと楽しかったからいいかな。
店長さん、嫌そうな顔で、
「終ったら終ったで、後片付けしないといけないし」
「店長さん、お客さんですよ、お客さん」
「む、むう……でも、面倒くさくないお客さんがいいなぁ」
「今日の誕生会、お金もらったんですよね」
「むう……確かに結構もらったから、いいといえばいいかな」
「でしょ~」
「でも、やっぱり、面倒くさいなぁ」
「店長さんコンちゃんみたいですよ」
「うーわー、嫌だなぁ~」
店長さん、さらに嫌そうな顔で、
「常連さんに見られてないよね」
「今、お客さんいませんよ」
「でも、表の看板で来なかっただけかもしれないし」
「それは『本日貸切』だから、後でいろいろ聞かれるかもしれませんね」
「あー! ケーキとか焼いたの知られたら、これから注文されるかも~」
「いいじゃないですか、お仕事お仕事」
でもでも、困っている店長さん見てたら、ちょっといじりたくなってきました。
「あ、店長さん店長さん」
「何? ポンちゃん?」
「レッドがケーキをホールで食べたいって言ってました!」
「うーわー、レッドにせがまれると面倒くさーい!」
店長さんへこんでいます。
レッドのケーキはミコちゃんが作ってくれると思うんだけど……黙ってましょ。
ふふ、しばらくケーキで店長さんをいじめちゃうんだから。
「ポン姉ポン姉!」
「しっぽを引っ張らない!」
「ポン姉、ちょっと! みるゆえ!」
「見るゆえ?」
レッドがあんまりしっぽを引っ張るんで、ちょっと行って見ます。




