第179話「花子と一緒」
「この牛は花子です、パチパチ爺さんのところの牛ですよ」
「そ、そうなの……何でここにいるのかしら」
「ミコちゃん神さまだよね、なんでそんなにびびってるんです?」
「だ、だって、大きいじゃない」
「ミコちゃん神さまですよね」
「ちょっと、ちょっと」
朝です、声がします。
「ちょっと! ちょっと!」
むー、朝の訪問者の言えばレッドなんですが、今日の声の主はミコちゃんなの。
なにかな?
「どうしたんです?」
「ポンちゃん起きて、どうしたらいいかしら?」
「うん?」
ミコちゃんが困る事って、よっぽどですね。
いったいどうしたんでしょ?
「ミコちゃん、どうかしたんです? レッドが死んだとか」
「レッドもみどりも寝てるわよ、まだ暗いでしょ」
「むー、わたしを起こさないでほしい」
「ポンちゃんじゃないとダメなのよ」
「わたしじゃないとダメってなにかなぁ」
思い当たるような事ないです。
だいたいミコちゃんは神さま。
神さまでも困る事をわたしに振られても困るんだけど。
「ちょっと、ほら、びっくりした」
「むー!」
ミコちゃんに引っ張られてお店に。
「びっくりした」って言うミコちゃんの指差す先を見て、確かに「びっくり」しますよええ!
「うわ、なんです、なんでここにいるんです」
「私が聞きたいわよ、どうして牛がいるの!」
そう、駐車場には牛がいるんです。
でも、牛、この村でいるところは知れているんです。
「この牛は花子です、パチパチ爺さんのところの牛ですよ」
「そ、そうなの……何でここにいるのかしら」
ミコちゃん、わたしの後ろに隠れてビクビクしてるの。
「ミコちゃん神さまだよね、なんでそんなにびびってるんです?」
「だ、だって、大きいじゃない」
「ミコちゃん神さまですよね」
「だ、だって、こんな大きな動物、めったに見ないし」
「まぁ、村じゃ、一番大きな動物ですかね」
わたしとミコちゃん、お店を出てるの。
花子は何事もないかのように、のんびりとしています。
駐車場の隅の草を食べたりしているの。
「ねぇ、ポンちゃん、頼むわよ」
「むう、花子はちょっと知ってはいるけど」
そう、パチパチ爺さんの所の牛ってのを知ってるだけです。
わたしは知っているからそんなに驚いたりしないけど……
でもでも、牛はわたしにとっても大きいの!
むー!
どうしたもんでしょう?
「花子、はなこ、はーなーこー!」
「モー」
「どうしてここに来たんですか?」
「モー」
「牛の言葉はわかりませんね」
でも、まぁ、なんとなくわかってはいるんです。
どうせパチパチ爺さんの所から脱走して来たんですよ。
わたしが花子をなでていると、お店の方が騒がしくなってきました。
朝の花壇の世話に出てきたレッドとみどり。
花子を見て固まりました。
「おお、おおきいゆえ!」
「な、なによこれっ!」
「モーウ」
と、びっくりしたのは一瞬。
すぐに我に返って、
「はなこー!」
「あ、爺ちゃんの所の牛ね」
「モー!」
もう二人はニコニコです。
花子は頭を垂れると、二人はその頭を撫で始めますよ。
「なぜにはなこはここに?」
レッド、目を輝かせながらわたしに聞いてくるの。
「花子は逃げてきたんですよ」
「はぁ」
「レッド、話ができますか?」
「はなこ、なぜに?」
花子は鳴きもしないで、口元をモグモグするばかりなの。
レッドも首を傾げて、
「わからないゆえ」
「きっとパチパチ爺さんが柵をするのを忘れたんですよ」
ミコちゃんもようやく花子の頭を撫でています。
わたし、そんな花子の目を見て、
「ともかく、連れて帰るしかないですよね」
朝ゴハンを食べたところで、まだ花子は駐車場の隅で草を食べています。
学校に行く準備が済んだレッドとみどり、お店の窓から花子を見て、
「ポン姉、はなこはどうするゆえ?」
「花子? パチパチ爺さんのところに連れて帰りますよ、邪魔だし」
「いてもよくないゆえ?」
「邪魔ですよ」
「すきゆえ」
「だめでーす、連れて帰りま~す」
「わーん、かえないゆえ?」
「ここは食べ物屋さんだからダメですよ」
「むー!」
レッド、頬を膨らませてピョンピョンしてます。
ミコちゃん、奥からバスケットを手にやって来ると、
「ポンちゃん、パチパチ爺さんの家に行くならこれもね」
「配達ですか?」
「うん、せっかく行くなら、ドラ焼きとタマゴを物々交換で」
「はーい」
わたし、バスケットを手に表に出ます。
花子の首輪にかかったロープを手に歩き出そう……しましたがダメです。
じっと動かない花子。
わたしを見つめて黙ってます。
「ほら、帰りますよ」
「……」
「なんで動かないんですかっ!」
「……」
こう大きいと、わたしが引っ張ってもムダ。
コンちゃんがゴッド・パワーとか使えばどうかな?
でもでもコンちゃんは店の中でポヤンとして、あっちが動く気配なしです。
って、そんな花子の首が動くの。
レッドとみどり、出てきたらそっちを見ています。
「いっしょにがっこう、いくゆえ?」
「モー」
しょうがないですね、とりあえず学校まで行くとしますか。
あ!
お客さんの車がやってきました。
駐車場に花子がいると邪魔ですね。
わたし、レッドを花子の背中に乗せると、
「ほら、レッド、花子をたのみましたよ」
「わーい」
みどりがうらやましそうに見上げているので、乗せてしまいましょう。
「た、高いわねっ!」
みどりはおっかなびっくり。
さて、花子、出発進行!
お客さん達の邪魔にならないように早くはやく!
レッドとみどり、花子の上でキャッキャッ言ってます。
わたしは手綱を握ってとりあえず学校に向かうの。
花子も二人を乗せていると言う事聞いて歩いてくれます、牛歩だけど。
途中「ぽんた王国」に立ち寄ります。
いい感じでポン太とポン吉が出てきました。
「おはよう、いいところで会いました」
わたしの挨拶に二人はびっくり。
ポン太が眼鏡をすり上げながら、
「うわ、なんで花子がいるんです?」
「脱走したんですよ、はい、ポン太でもポン吉でもいいから」
わたしが手綱を渡そうとすると、花子、首を振ります。
レッドが、
「ポン姉がいいといってるゆえ」
「うえ、ここでバトンタッチして帰ろうかと思ったのに~」
わたしの言葉にポン太とポン吉はジト目するの。
豆腐屋のおじいちゃん・おばあちゃんも出てきて、
「おお、花子じゃがね、どうしたかね?」
「あらあら、花子、散歩かね」
おじいちゃん・おばあちゃん、花子の体を撫でてから、
「ポンちゃんポンちゃん」
「おばあちゃん、なんです?」
「花子を返しに行くんじゃろ、タマゴをもらってきてくれんかね」
「はーい、わかりました」
「たのんだよ~」
おばあちゃんのお使いを聞いて、再出発ですです。
学校、村長さんがお出迎え。
「あら、花子、どうしたの?」
「脱走して、パン屋の駐車場にいたんです」
「あらあら、そうなの」
村長さん、花子の頭を撫でながら、
「牛乳を一瓶、貰ってきてくれないかしら、村長さんがって言えばいいから」
「はーい、途中でお使いがどんどん増えます」
「?」
「さっきお豆腐屋さんのおばあちゃんにも頼まれたんです」
わたし、レッドとみどりを下ろそうとしたら、
「モー!」
「うわ、花子、やめて、舐めないで」
「モー!」
レッド、ニコニコで、
「はなこはいっしょにといってるゆえ」
「むう……村長さん、レッド達ちょっと遅刻でいいですか?」
「いいわよ、レッドとみどりは郊外学習・社会科見学にしとくから」
「なんの社会科見学です?」
「酪農家でいいんじゃない」
まぁ、パチパチ爺さん、それですよね。
「じゃあ、行きますよ、ほら、花子、歩く、歩く」
わたしが手綱を軽く揺らすと花子が動き出します。
と、そんなわたし達の背後に……さっきパン屋の駐車場に入ってきたお客さん達が追っかけてきました。
「ちょっと待ってー!」
「どうしたんです、走って?」
「その牛、どうしたの?」
「ちょっと上の方に持ち主いるから、返しに行くんです、脱走牛」
「私達も連れて行って」
「はぁ? なにもないですよ?」
「牛乳とタマゴがあるんでしょ?」
「あ、それ、ありますね」
「じゃ、連れていって」
「はいはい、付いて来てください」
わたし、常連さん達を引き連れてパチパチ爺さんの家に向かいますよ。
いつのまにか行列できてます。
花子とレッド・みどり。
あと常連さんを引き連れてパチパチ爺さんの家まで来ました。
玄関のドアが開いて、パチパチ爺さんがいつもの奇行でやってきます。
頭の上で手をパチパチ。
大きく見開いた目。
笑っているのか怒っているのか、変な顔です。
ガニマタで左右にゆれながら来ます。
「それはいいです」
「むう」
「もうレッドもびっくりしませんよ」
そう、レッド、花子の上でニコニコしてます。
「こわがってくれると思ったがのう」
「そんなの1回目だけですよ」
「で、ポンちゃん、何用かね」
「花子連れて来たんですよ、脱走してましたよ」
わたしが手綱をチョンチョン引くと花子がいい感じで、
「モー」
「おお、花子、柵を開けられるからなぁ」
って、パチパチ爺さん、常連さん達を見て、
「こちらは?」
「お店の常連さんです」
パチパチ爺さん、常連さん達に、
「何用ですか?」
「タマゴと牛乳」
って、パチパチ爺さんはレッドとみどりを花子から下ろしながら、
「タマゴと牛乳は『ぽんた王国』に卸している筈ですが」
常連さん達、息を切らしながら、
「売り切れるのよ~」
「……」
パチパチ爺さん、腕を組んで考える顔。
わたし、肘でつついて、
「わざと小出しにしてませんか?」
「そんな筈はないかと」
って、今度はレッドとみどりがパチパチ爺さんの服をひっぱるの。
「あ、ああ、はいはい、牛乳牛乳」
行こうとするパチパチ爺さんを常連さん達が捕まえます。
「皆さんの分もあるがね、そこのテーブルに座っとかんね」
常連さん達、サッとテーブルに着くとぐったりしてます。
ちょっと常連さん達にはきびしい道だったみたいですね。
パチパチ爺さん、バラバラのマグカップの牛乳をみんなの前に置きながら、
「こんなに人が来るなんて思ってないから、湯呑みはバラバラな」
「パチパチ爺さん、これは湯呑みじゃなくてマグカップ・ティーカップですよ」
「まぁ、いいじゃないか」
レッドとみどりはゴクゴク飲んでいます。
常連さん達も疲れた顔で一口飲んで、パァっと表情明るくなるの。
「「「おいしい」」」
口をそろえて言います。
わたしも飲んでみたけど、飲んだ事あるから、そんなのびっくりしません。
パチパチ爺さんをつついて、
『ぽんた王国に出しているのと違うんじゃないですか?』
『絞りたてはここだけだからのう』
パチパチ爺さん言うと、頭上に「!」飛び出して、
「ああ、乳搾りしたあとほったらかしにしたわ」
「それで脱走したんですね」
「だね」
柵の中の花子が
「モー」
なんて鳴いています。
パチパチ爺さんはバスケットの中をみんなに配っていると、常連さんがドラ焼きを食べながら、
「今度からこっちに直接来るわ!」
「私も!」
「うんうん!」
みんな言ってます。
パチパチ爺さん難しい顔で、
「ここはお店じゃないんだがなぁ」
村に新しい名所誕生なの。
パチパチ爺さんの奇行、これで止むかもしれません。
でもでもそしたら「パチパチ爺さん」じゃなくなっちゃいますね。
「今日はゼリー持って来たんだ、ポンちゃんも見る?」
「ゼリー」
「うわ、抹茶とメロンって色一緒ですよね」
「ロシアンゼリーできるよね、メロンと思って抹茶だと凹むよ」
「うーわー」




