第170話「はじめさんとお風呂」
今日は老人ホームでお風呂のお手伝い。
おじいちゃん・おばあちゃんがお風呂で転んだりしないか見るんです。
体を洗うのを手伝ったりもするんですよ。
でもですね……
ふふ、はじめさん、復讐の時です、ええ、いじめちゃうんだから!
今日も老人ホームに配達です。
配達……そしてお手伝いもするんですよ。
今日のお手伝いは「お風呂」なんですね。
おじいちゃん・おばあちゃんがお風呂に入るのをお手伝いするのが任務なんだから。
最初はなんでお風呂のお手伝いって思った事もあったんですが、おじいちゃん・おばあちゃん、お風呂で転んだりしないように見ていないといけないんだそうです。
むう、わたしの周りのおじいちゃんっていえば「長老」がいますね。
あとはお豆腐屋さんのおじいちゃん・おばあちゃんとか、駄菓子屋のおばあちゃんとか。
「でもでも、お風呂のお手伝いとか聞いた事ないです」
わたし、一緒にお風呂当番をしている村長さんに聞くんです。
「私もおばあちゃんかしら?」
「村長さんは、まだおばあちゃんって感じじゃないですね」
「まぁ、私はお風呂で転んだりはしないけど、ここに入っている人は『フラッ』っとしたりするのよ」
「そうなんですか」
「それに、ここにいる人で車椅子の人、いるでしょ」
「ああ、それを聞いたらわかりました」
そう、車椅子の人はお手伝いしないとダメなんですよ。
車椅子じゃ、立ったり、歩いたりできないからですね。
車椅子のまま入れるようになったお風呂もあるんです。
その時は、わたしは押してあげるの。
「ほら、ここって天井から吊り輪もあるでしょ」
村長さんが言いながら、その吊り輪を揺らします。
「これにつかまってお風呂に入る人、いますもんね」
「まぁ、歳をとったら、簡単に転んだりするのよ」
それを言われると、そんな気もします。
いつもニコニコで話しているおじいちゃん・おばあちゃん達だけど、たまに危なっかしい時があるんですよ。
でもでも、湯船に浸かったらみんなニコニコ、のびのびなの。
お風呂はやっぱり、楽しい・気持ちいいんですね。
そんなお風呂のお手伝いも、終わりが見えてきましたよ。
わたしも村長さんも、お風呂で濡れるからわかりませんが、お手伝いで汗ダクなの。
おじいちゃん達の背中を洗ってあげたり……
おばあちゃんがお風呂を出るのに体を拭いてあげたり……
結構忙しかったりするんですよ。
「入浴予定表」の最後をかざるのは「はじめさん」です。
「うわ、はじめさんだ」
「ポンちゃん、どうしたの」
「はじめさん、面倒くさいし」
「よね~」
「本当に目が見えないんでしょうか?」
「本当に見えないのよ」
そんなはじめさんがやってきました。
なんとレッドとご一緒です。
二人並んで話しながらやって来るの。
「これ、レッドよ」
「なにですかな?」
「パン屋にお酒はないものかのう」
「あるゆえ」
「ふむ、やはりな、キツネ娘から酒のニオイがする時があるからのう」
「コン姉はよるのみますゆえ」
「晩酌よのう」
わたし、はじめさんを捕まえます。
「パン屋さんはパン屋さんで、お酒は扱っていません」
「む、タヌキ娘ではないか、レッドはお酒があると言うておる」
「家で飲む分で、出すお酒はないんですー!」
「ケチ」
「なんですってー!」
わたしとはじめさんの間でバチバチ火花が散るんです。
レッド、そんな火花をニコニコ見ていますね。
「はいはい、早くお風呂済ませてくださいよ」
村長さんが割って入って来るの。
はじめさんは頬を膨らませて、
「ここの村人はみなケチンボじゃ、意地悪じゃ」
村長さん、知らん顔で、
「はいはい、座って、早く体を洗う」
「くっ! この意地悪園長が!」
「さっさと洗う、いいから!」
村長さん、シャワーのお湯をはじめさんの足に掛けながら言うの。
「くっ! 覚えてろっ!」
「はいはい」
って、村長さん、シャワーをはじめさんに手渡すと、今度はレッドに向かいます。
『村長さん、村長さん』
『何? ポンちゃん? 小声で?』
『レッドの相手してていいんです?』
『?』
『はじめさん放置でいいんです?』
『あ、お風呂の介助、いいのよ』
見ればはじめさん、勝手に体を洗っているの。
『あのー、村長さん』
『何? ポンちゃん?』
『やっぱりはじめさん、目、見えてません? 他の人達とかわりませんよ』
『体くらい洗えるでしょ?』
『やっぱり目、見えてますよね?』
『見えなくても、体くらい洗えるわよ、ちゃんとタオル渡せば』
『むうー!』
はじめさん、本当、普通に体を洗っているんですよ。
本当に目、見えていないのかな?
レッドの方が苦戦していますよ。
頭を洗って、目を強く閉じているの。
家ならシャンプーハットで大丈夫なんだけど、ここにはないから、頭からシャワーかけたら泣いちゃうでしょうね。
「ほーら、レッド、頭からザーってしちゃいますよ~」
「やさしくしてゆえ! やさしくしてゆえ!」
「男でしょう、レッドは」
「ポン姉、あくまゆえ」
「それ、ザー!」
「うわーん」
村長さん、力なく笑いながら、
「ポンちゃん、家でもレッド泣かせてるの?」
「家だとシャンプーハットあるから顔濡れないんですよ」
「ここにもシャンプーハット置くかしら」
シャワーを村長さんにバトンタッチして、わたしは改めてはじめさんを見守るの。
はじめさんは体の泡を流して、頭を洗い始めました。
「シャンプー、シャンプー」
はじめさん、手探りでシャンプーを探すの。
こう、探しているのは、確かに目が見えていない風です。
「うん?」
そうです、わたしも家で髪を洗いますよ。
頭が泡だらけで、目を閉じていないとしみるんです。
手探りで蛇口を探したりするのと、今の手探りはじめさんは似てるような気がしました。
「うん?」
と、はじめさん、「リンス」を手にしました。
でもでも、すぐにリンスを手放して、シャンプーを探し出すんです。
で、シャンプーに手が届くと、迷う事なく手にとって頭を洗い始めるの。
『村長さん、村長さん!』
『何、ポンちゃん、小声で』
『はじめさん、シャンプー取りましたよ、やっぱり目、見えてます』
『?』
『リンスをスルーして、シャンプー取ったんですよ』
『ああ、はいはい』
『うん? 村長さん、不思議じゃないんですか?』
『ポンちゃんタヌキでしょ、ニオイでわからない?』
『む! ニオイ! そうだったんだ!』
『ふふ、ポンちゃんだったらニオイでわからないの?』
『ですね』
『でも、はじめさんはニオイじゃないのよ』
『え?』
『容器が違うのよ、容器が』
『容器?』
『そう、シャンプーとリンスは入っている器が違うのよ』
『え! そうなんですか!』
『うーん、わかり易いところだと、小銭とか触ればわかるわよね』
『あ、それ、この前、聞きました!』
『シャンプーとリンスも、ちょっとだけど違うのよ』
『そうなんだ』
わたし、頭上に裸電球点灯です。
いつもはじめさんにはしっぽをつかまれているので、イジワルしちゃうの。
こう、シャンプーとリンスの違いは、どうも上の部分が違うからっぽいです。
えへへ、これ、交換できるみたいだから、付け替えちゃうんですよ。
どうだ、シャンプーのポンプにリンスがついてるの。
それ、そっと戻しちゃえ。
『ポンちゃん、意地悪?』
『えへへ、いつもしっぽつかまれるから、仕返しなんです~』
頭を洗い終わったはじめさん、手探りでリンスを探し始めるんです。
「リンス、リンス」
はっ!
そんなはじめさんを、レッドがじっと見てるんです。
わたし、レッドをつかまえて口をふさぐの。
「むぐむぐ」
『レッド、黙ってるんですよ、イジワルの最中なんですから』
「むー! むー!」
って、はじめさん、シャンプー手にしましたよ。
ポンプが変わってるから、これを使うはず。
って、引き寄せてポンプに手をかけたところで、動きが止まっちゃいました。
何故かはじめさんから、暗黒オーラが、怒りのオーラがゆらいでいます。
くるりと……
まるで……
わたしが……
見えているかのように……
ふり向くの!
「タヌキ娘ーっ!」
ダッシュです、わたしに取り付くの。
でもでも、レッドを間に挟んでです。
はじめさん、カンカンになって、
「タヌキ娘、やりおったな、このイタズラタヌキがっ!」
「ななななんの事ですかっ!」
「容器を換えよって、タヌキ娘殺す!」
「わわわわたしじゃないし!」
むむ、どうしてわかっちゃったんでしょ?
『村長さん、村長さん、やっぱりはじめさん、見えてないですか?』
『どうしてそう思うのよ?』
『だって、換えたのにわかってるし!』
『ポンプも違うけど、容器の形も違うのよ』
『えー! それを先に教えてくださいっ!』
『いや、さっきから容器が違うって言ってるじゃない』
『ポンプの形が違うんだと思いました』
『まぁ、それもあるんだとは思うけどね』
って、レッド、いつの間にかわたしの手を離れて、
「ポン姉がいじわるしたゆえ」
「おお、レッド、よう言うた、やはりタヌキ娘のしわざか、このイタズラタヌキめっ!」
って、レッド、わたしのしっぽをつかんで、
「はい、ポン姉のしっぽゆえ」
「おお、レッド、いい子じゃの」
な、なにが「いい子」ですか、なにが!
はじめさん、わたしのしっぽを手にして、
「イタズラタヌキは成敗っ!」
「は?」
「成敗」
はじめさん、わたしのしっぽを「雑巾絞り」
「ぎゃー! 痛いっ!」
「痛くしておるのじゃ」
「やめてー!」
「止めんっ!」
わたし、はじめさんのほっぺをつまんで左右に「びよーん」。
「それ、仕返しです!」
「いたい、何をするか!」
「しっぽをギュッとするから仕返しなんです!」
「何を! このイタズラ……」
そこまで言って、はじめさんちょっと固まりました。
そしてポロポロ涙をこぼしながら、
「村長、これ、村長、タヌキ娘がいじめる、いじめっこ、今ニュースになってる虐待!」
はじめさん言いますが、村長さんもレッドもニコニコしてるだけ。
って、はじめさん、わたしに向き直って、
「このタヌキ娘、いじめっこ、訴えてや……」
それ、ほっぺを「びよーん」です。
「何をするー!」
「いじめてるんですよ、いたいけな老人をいじめてるんです、わたしのしっぽをギュッとしたバツなんですよ」
「な、なにをー!」
「今のわたし、タヌキだから、ニンゲンのルール、通用しませーん」
「なんだとー!」
「それ、『びよーん』」
「痛い、何をするー!」
「痛くしてるんですよ、今はタヌキだから、なんだってあるんですよ!」
「このー!」
って、はじめさんのターン、しっぽを絞るの。
「いたいー!」
「タヌキに容赦はないのじゃ」
「動物虐待ー!」
「今夜はタヌキ汁かな、虐待、食べればいいじゃろう」
「なんですってー!」
わたし、村長さんに向かって、
「はじめさんがいじめる! セクハラ! パワハラ!」
はじめさん、ニコニコで、
「今はタヌキなんじゃろう~」
村長さんニコニコ。
「二人とも、仲がいいのね」
レッドもニコニコ
「たのしそうゆえ!」
わたし、はじめさん、動きが止まっちゃうの。
そして一緒に、
「「仲良くなーいっ!」」
「そうよ、タマゴ、ひよそを作るのよ」
「ひよそ? ヒヨソ?」
「そう、ヒヨソ」
「にわとりのたまごから生まれるのは『ひよこ』ですよね」
「だから、これは『ひよこ』じゃなくて『ひよそ』『ヒヨソ』なんだから」