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私はクレーム係じゃない

ヒロイン不在の学園生活。

私は悪役令嬢をやる必要もなく、かといって殿下が真面目になることもなく。


『おまえは本当におもしろみのない女だ』


会うたびに嫌味を言われる生活は、もう慣れ過ぎて挨拶にしか思えない。



バロック殿下の悪行は増すばかりで、女の子を侍らすだけでなく、取り巻きの男子に問答無用で暴力を振るうこともある。


そしてその苦情は、もれなく婚約者である私の元に寄せられた。

迷惑にもほどがある。


完全に無視はできないので、たまーに注意はするのだけれど「そんなに私の気を引きたいのかヴィアラ」と妄言が激しいので、もうお手上げ状態だ。


学園に入学してからますます傲慢になっていく王子様を、誰も止めることはできなかった。

周囲にはなんでも肯定する取り巻きばかりだし、先生もこの国唯一の王子様に強くは出られない。


私にできるのは、バロック殿下が理不尽な暴力をふるうときに、こっそりシドに命じてそれを助けさせることくらいだった。

こんな状態なので、学園生活が充実するとか青春が~とか、そんなものは都市伝説みたいだった。「え、そんなことあるの?」みたいな……。



また、殿下はいろんなご令嬢に手を出していて、イケメンだから許される域をとっくに超えている。


彼が侍らせているご令嬢は、私のことを「婚約者に愛されない哀れな女」と思っているだろう。バカにされているのが伝わってくる。


とはいえ、彼女たちはだいたい一か月単位で顔ぶれが変わっていくから、いちいち相手にしないことにした。殿下は飽き性なのだ。


それに、私に対してひどい態度をとってくるご令嬢はもれなく我が家の報復に遭った……。

私に嫌がらせをした方々は、学園で姿を見かけなくなる。


シド以外にも私のことを見張っている護衛がいて、彼らがお兄様に逐一報告を上げているのだ。私は気にしていないのに、引き下がってはマーカス公爵家のメンツにかかわるのだろうか?


「ねぇ、シドはお兄様が何やったか知ってる?」


恐る恐る尋ねると、彼はふっと遠い目をして笑った。


「いえ、何も。すべては若い衆がイーサン様の指示で行っていますんで」


やっぱりか、としか言いようがない。

お兄様にはほどほどにしてくださいなと言っておこう。





まぁ、それはいったん置いておいて。

殿下があまりに残念な人だから彼との接触は極力避けたい私だが、公式行事があるときだけはエスコートを受けなければいけない。


恐ろしいほどダサいドレスを贈られても(これは完全に嫌がらせだろう)、「届いてません」と兄が突っぱねるので問題ない。


じゃあ何が問題って、殿下が一応馬車で迎えに来るんだけれど、二人きりになると手を出そうとしてくることだ。

嫌ってる婚約者に触れようとするって、頭がおかしいとしか言いようがない。


じろじろ見られるのも嫌なので、長袖ドレスと厚手の生地が定着してしまった。

そしてそれが仕立て屋さんに喜ばれて(生地代がかさむしデザインの幅が広がるから)、二年ほど前からその形のドレスが流行っている。


「お嬢、今日もちゃんと指輪をつけましたか?」


「ええ、もちろんよ」


私の左手の小指には、シドが作ってくれた防御用の指輪がある。紫の石がついたこの指輪は、殿下を眠らせるために作られた。


これさえあれば、馬車に乗って三十秒もすれば殿下は眠ってしまう。私に手を出す暇もなく、「到着しました」という言葉が耳に入るまでおやすみなさいなのだ。


シドが一緒に乗ってくれればいいんだけれど、平民の彼と同乗するのは護衛であっても何であっても嫌だとバロック殿下が言うのだ。シドもわきまえているので、そこは騎乗してついてきてくれる。殿下の護衛もたくさん周囲を取り囲んでいて、シドと彼らの間には特に諍いはない。


思えば最初に殿下に触れられそうになったとき、私が必死で抵抗して馬車から転がり落ちたので皆が同情的である。「殿下が悪い」という意見で満場一致し、国王陛下にもそう進言してくれたから私はお咎めなしだった。


周りの人間が味方してくれるのが本当にありがたい!(多分、全員うちに買収されている)


今日も形ばかりのエスコートをされ、私は馬車に乗りこむ。

そして、腕組みして座る殿下の正面に腰を下ろした。


赤いドレスの裾が薔薇の花みたいに何枚も重なっていて、とても美しい。


窓の外には夕暮れに染まる景色が流れる。窓からちらりと騎馬隊を見ると、斜め後ろにシドの姿が見えた。


おそろしくカッコイイ。

昔はそんなこと思いもしなかったのに、密かな恋心を自覚してからすっかり彼の姿を目で追ってしまう。


ただし私の婚約者は、残念ながらだらしなく(よだれ)をたらしながら眠りこけているバロック殿下だ。


私は小指につけた指輪をそっと撫でる。


「シドが私の婚約者だったらよかったのに」


世の中、うまくはいかないもんだな。

窓の外をぼんやりと眺めながらパーティーの会場へと向かった。

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