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ハッピーエンドはどこ?

「ここは……?」


目を開けると、真っ暗闇の中にいた。


誰も、いない。

目をパチパチしてみるけれど、やはり暗くて何も見えない。


私は眠っていた?

今はいつ?なぜこんな真っ暗なところにいるんだろう。


…………私?


私って、何だろう。

あれ、会社は?学校は?私はこれまで、どうやって生きてきたんだろうか。


頭がぼおっとする。

でも不快感はなく、静寂が心地よくもあった。


「まぁ、いっか」


何か不自由があるわけでなし、寒くもなく暑くもなく、ここにずっといればいい。


目を閉じて、座ったまま空虚な時間を過ごす。

何だかこれまで長い夢を見ていた気がする。


悲しくて、楽しくて、心の中にたくさん波が起こったような。


忘れちゃった。


「いいよね、わかんないことだらけだし」


今はもう、ここで静かに過ごしたい。


そんなことを思っていると、どこからか壁を叩くような音と人の声がする。


『……ラ!……アラ!!』


放っておいてほしい。

もう疲れたんだから。


それでも誰かが、遠慮なく私の元へ来ようとするのがわかった。


ーーメキメキ……!


何かが割れる音がする。

硬いものを無理やりこじあけるような、剥がすような。


瞼の裏にうっすら光が届き始め、私は顔を顰めた。


もう放っておいてほしいのに。

嫌なの。

煩わしいことも、何かを失うことも、逃げることも。


……逃げる?


私は何から逃げていたんだっけ。


ふと心の奥に疑問が湧く。


あれ、私は何か大事なことを忘れているんじゃないだろうか。


『…………ラ!…………してくれるんでしょう!?』


男の人の力強い声。

私は多分、この声を知っている。


「シド」


そうだ。


何で忘れていられたんだろう。

世界で一番好きな人。


焦がれて、苦しんで、ようやく近づけた愛する人。


「シド!」


『ヴィアラ!』


瞼を開けると、目の前に小さな穴が空いていた。パリパリと音を立てて、壁みたいなものが崩れていく。


私、閉じ込められている?


え、何これ怖い!!


気づいた瞬間、強烈な光が射し込んで私は目を細めた。


ーーバキッ……


「きゃぁぁぁ!!」


人の手!?

壁に空いた穴から、突如として人の手が入ってきた。


しかも血塗れだ。


「恐怖現象ぉぉぉ!!」


悲鳴を上げたそのとき、壁が一気に崩壊した。


まるで砂のように崩れ落ち、それは跡形もなく消え去っていく。


「あ……」


目の前には、血塗れの腕をこちらに向けるシド。

見つめ合った私たちは、床に座り込んでいる。


驚愕で身動きが取れずにいると、血塗れじゃない方の手が私のことをぐいっと抱き込んだ。


「ヴィアラ……よかった」


私の髪に顔を埋めたシドは、だらりと右腕を下ろす。

その声があまりに切なげで、私は息を呑んだ。


「シド……?その腕、どうしたの?」


まだぼんやりとする記憶を手繰り寄せる。確かノア様が吐血して、黒い靄に包まれたんだった。


思考がまとまらない私に気づき、シドが耳元で囁く。


「ノアから放たれた黒い靄が、繭のようになってヴィー様を包んでしまって……俺がそれを破壊しました」


「っ!?だからこんなに……!早くっ!早く治療しなきゃ!!」


慌てて身をよじるが、シドは私を離さない。


「慣れないことは、するもんじゃないですね~。あまりに繭が強力で、ヴィー様の真似して腕に魔力を纏わせたはいいんですが」


「そんなことしたの!?」


ははっと力なく笑ったシドは、痛みに言葉を詰まらせた。


「加減できなくて自分の腕も組織を破壊しちゃいました」


いやぁぁぁ!なんていう悲惨なことに!


「ごめ、なさい……!私ったらシドがそんなことになってるのに、あのままあそこで眠っていたいだなんて考えてた……!」


目から自然に涙が溢れる。

何て酷い女なんだ、後悔の念に押し潰されそうになった。


「でも、戻ってきてくれました」


「それはシドが助けてくれたから……」


「俺はこじ開けただけです。ヴィー様の意識が呪いに呑まれたら、外に出すことはできても目を覚まさないはずです」


泣きながらシドの方を向くと、鼻が当たるくらいの距離に互いの顔がある。


「シドの声が聞こえた。はっきりとは聞き取れなかったけれど、でもそれでシドのことを思い出したの」


そう言うと、彼はとても優しい目で見つめ返してくれた。


「よかった」


「何て言ってたの?」


「…………」


あれ、何も答えてくれない。

再び私を抱きしめたシドは、脱力して身体を預ける。


「シド?」


「…………」


黙秘するらしい。

意外に触り心地のいい黒髪を撫でていると、彼の張り詰めた空気が解けていき、雰囲気が柔らかくなっていくのがわかった。


するとそこへ、カツッという靴音が鳴る。


「何が『一生一緒にいてくれるんでしょう!?』だ。私はまだおまえたちの婚姻を許可していないからな」


「お兄様!?」


シドほどではないけれど、ボロボロになったお兄様が私たちのそばに立っていた。


その背には、意識のないノア様を担いでいる。


「まったく……『俺の命も魔力も全部あげますから戻ってきてください!』なんて恥ずかしげもなく、よく言えたものだ。まぁ、半狂乱のおまえは見ものだったが」


「イーサン様、性格が悪いですよ」


そんなことを言ってたのか。


「あぁ、それから『世界で一番愛してます』とも言っていたな」


「死ね、この陰湿当主」


どこの王子様かと、私の方が恥ずかしくなってきた。


お兄様はため息をつくと、ノア様を担ぎ直す。


「シド、おまえの母親を呼んでくる。少し待ってろ」


「はーい」


「まともな返事はできないのか」


呆れ顔のお兄様は、ゆっくりとした歩幅で出口へと向かう。


捨て台詞で「ヴィアラに手を出すなよ」と言ってから出て行った。


「「…………」」


静まり返った部屋。


よく見れば、割れて粉々になった神具の杖や、割れて落ちてきた天井のレンガが散らばっている。


私はそっとシドから離れ、右腕の状態を確認した。


「うわ……」


右腕は真っ黒になっていて、出血がひどい。普通の人間なら気絶してもおかしくない惨状だ。


触れると痛そうなので、どうすることもできない。

お母さんに回復魔法をかけてもらうしかなかった。


「自分で回復魔法を使えないの?」


シドは私の傷を治してくれたことがある。なぜ今、そうしないのか尋ねると、彼は気まずそうに笑った。


「実は、利き手でしか治せないんです」


「え!?」


知らなかった。

シドは「弱点になるからこれまで自分から言ったことはない」と言う。


「イーサン様はご存知ですが、うちの奴らも一部の者しか知りません」


「そうなのね……」


「ヴィー様には何となく言えなくて。カッコつけたい年頃からそのまま今日まで来ちゃいました」


カッコつけたい、なんて。

私にとっては誰よりカッコイイことに変わりない。


彼の肩に顔をすり寄せる。


「ありがとう、助けてくれて」


痛々しい腕を見つめ、私は呟いた。

シドは歯を食いしばりつつ、私に心配をかけまいと笑ってくれる。


「惚れ直しました?」


「そうね。骨抜きどころか骨が溶けて骨粗鬆症が心配になるくらいよ」


惚れ直すどころか、とっくの昔に惚れ込んでいる。言えないけれど。


「こっこしょーしょー?って何ですか。塩コショウ的な?弁当屋のメニューですか」


そんなメニューは絶対にいらない。


それにしても、無残な腕。

何としても治してもらわなくては。


「シド……」


「はい」


「私、今日ほど回復魔法が使えないのを悔やんだことはないわ」


私が殴るしか能のないストロングスタイルなせいで、シドを長く苦しませている気がした。


聖女だったらすぐに治してあげられたのに。


せっかく涙が引いたのに、また泣きそうな私の顔を見てシドはいつものように屈託のない笑顔を見せる。


「そうですか?俺は今日ほど、腕が二本あってよかったと思ったことはありません」


シドは左腕で私をぎゅうっと抱き締めた。頭を撫でられ、私は自然に目を閉じる。


「左腕は動きますから、ヴィー様を抱き締めることはできますよ?だから泣かないでください」


「ううっ……」


涙でぐずぐずの顔でシドを見上げると、頬にそっと唇を寄せられた。

彼は長い髪に顔を埋め、首筋に瞼を押し当てる。


これまでの想いを噛みしめるように、そしてそれを伝えてくるように。


シドを抱き締め返すと、唸るように絞り出した声が耳元をかすめた。


「あー、これでようやく終わりましたね」


「終わった、のね?」


私も何となしに呟く。

後始末が色々ありそうだけれど、そこはお兄様がうまくやってくれると思う。


シドの捕縛命令は撤回され、私は……どうなるんだろう???


あれ、国外追放になるのかな?

でもバロック殿下が廃嫡となれば、ドサクサに紛れてお咎めなしになる?


え、それじゃ私は公爵令嬢のままだ。

シドと結婚できるの?


一抹の不安が胸に湧く。


しかし、シドはうれしそうに私に尋ねた。


「婚姻はいつにしますか?」


そもそも、婚姻できるのか。


「お兄様が許してくれるかしら」


「どうでしょうね。ヴィー様が泣き落としすれば何とかなるのでは」


「そうね。そこは任せて」


うん、大丈夫だ。

バロック殿下との婚約解消よりは難易度が低いはず。


何より、私たちはこれほど愛し合っているんだから今さら引き裂かれたら暴動を起こしてしまいそう。


誰がって、もちろんシドが。


「イテテテ……」


とうとう堪え切れないほどの痛みに襲われ、シドが顔を顰める。


「大丈夫?大丈夫じゃないよね!?」


代わってあげたい。

でもそんな魔術は知らない。


きっと今、意識を保っているのが難しいくらい痛いはず。


何かできることはないか、オロオロする私を見てシドが真剣な顔で言った。


「ヴィー様、腕が痛すぎるんで意識を逸らします」


「え?ええ」


返事をする途中で唇が合わさった。

シドは左腕一本で、私が逃げられないようにぐっと押さえつけてくる。


「んっ……!待っ……!」


「無理です」


ケガに響くかも、そう思ったらおちおち抵抗すらできない。

仰向けに押し倒され、床に背中がつく。


これって、痛みを誤魔化すのに役立ってるの!?

息も絶え絶えになるくらい、何度もキスを交わした。


そして、お兄様が戻ってきてシドを蹴り上げるまでそれは続いた。







本作は「第2回異世界転生・転移マンガ原作コンテスト」大賞受賞作品で、

2021年7月15日に書籍版が刊行予定です!


※書籍化にともない大幅改稿・両片想いのドキドキ大増量につき、書籍版とWeb版は内容が異なります。


挿絵(By みてみん)

(ISBN:978-4047364998)

イラスト:iyutani先生

キャラクター原案:じろあるば先生


アニメイトをはじめ、全国の書店、ネット書店などで予約受付中です。


※アニメイトでは特典SSあり。通販可能です。

※それとは別に、電子書籍特典SSあり。



書籍版には

シドとヴィアラの両片想いのじれじれイチャラブ大増量、

しかもククリカちゃんやアネット様とのエピソードも満載☆

マーカス公爵家のお兄様や若い衆の代暴走エピソードもあります!


ぜひご覧くださいませ!!

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