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おまえに聞きたいことがある

地下にあった重厚な扉を開けると、そこはシャンデリアの輝く明るいホールだった。

教会の地下だというのに、天井高は五メートル以上ありあまりの広さに呆気に取られてしまう。


「皆様お揃いで、何かご用でしょうか?」


ホールの最奥にある舞台。

ステージのようなその上で、ノア様は豪奢な椅子に座って寛いでいた。


「ノア、おまえ……その姿」


彼のまっすぐな銀髪はいつも通りに一つに括られていて、漆黒の神官服に身を包んでいる。


けれどその頬や首、袖からのぞく白い手には、蔦のような赤黒い紋が浮き上がっていた。禍々しい入れ墨のように見える。


「契約紋か」


シドが顔を顰める。


「また会えて残念ですよ、シドさん」


かすかに微笑んだノア様は、右手には宝珠のついた杖を携えていた。ひとめでそれが呪われた神具だとわかる。


「ノア様……!」


目の前の異様な光景に、私は目が離せなかった。


だって……


聖杯に胃薬をてんこ盛りで、ポリポリかじってるからね!!


「なんで胃薬をナッツ感覚!?」


もちろん呪いの契約紋とか神具も気になるよ!?でも聖杯に胃薬盛って、ポリポリしてるのも相当気になるから!


もうどこから突っ込んでいいかわからない。

呆気に取られていると、私たちより一歩前にいたお兄様が拳を握りしめて震えながら声を発する。


「ノア……!おまえに聞きたいことがある」


親友としてなぜこんな事態を引き起こしたのか、真意を尋ねなければ。お兄様にとって、変わり果てた友人の姿は見たくないものだっただろう。


その表情はこちらから見えなくて、私は心配になりぎゅっと左手を胸の前で握る。


「イーサン」


お兄様を見て、ノア様の表情が一瞬だけ怯んだ気がする。


しかし……お兄様はいつもより凛々しい声で叫んだ。


「その胃薬はどこの商会のものだ!?」


そこ!?

真っ先に聞きたいことはそこ!?


ふらっと倒れそうになった私をシドが引き寄せる。

ノア様はお兄様の目をまっすぐに見つめ、低い声で言った。


「ガジェット商会の試作品だ」


あ、答えるんだ。


「新作は二人で共有するって約束だろう!!」


いや、すごいどうでもいいし。この状況で胃薬とか約束とか。

私は恐る恐る二人の会話に割って入った。


「あの~、ノア様。お身体は大丈夫ですか?そして、なぜ教会の地下にこんな空間が?」


顔色が青白く、もともと華奢だったけれどさらに細くなった気がする。とても大丈夫そうには見えない。


ノア様は私の問いかけにクスッと笑った。


「相変わらずお優しいですね、ヴィアラ様。私なら大丈夫です。神具のおかげで体調はいいのです」


「胃薬を乱用しているのに?」


「これはもう日常の一部です」


そうですか。

もうこれ以上追及すまい。私はぐっと押し黙る。


「ここはですね、呪われた神具や違法な奴隷の売買が行われていた場所です」


ノア様の言葉に私たちの空気が一変する。


「ストランド侯爵家は、裏でそんなことをやっていたんですよ。私を教会に入れたのも、裏取引を見逃すよう仕向けるため……。揃いも揃ってクズばかりでした」


杖を握り、うれしそうに目を細めるノア様。その笑顔がきれいすぎて、どことなく恐ろしい。


「あぁ、もう心配いりません。彼らには命を以て償ってもらいましたから。もっと早くこうするべきでした。そうすれば、そこの男にヴィアラ様を奪われずに済んだ」


「っ!」


彼は射るように冷たい視線をシドに向ける。向けられたシドは平然としているけれど、私の方がゾクリと背筋が凍った。


「ノア様が私に詫び石、じゃなかった、あの居場所がわかる宝石を渡したのはなぜですか?」


あれのせいで、ファンブルでヘンリー陛下に囚われそうになった。

目的は戦だったのか、そう疑う私に向かってノア様は静かに説明した。


「あれはあなた様の役に立ちたかったからです。他意はございません」


「それならどうしてヘンリー陛下に私たちの居場所を教えたのです?」


教会から情報を仕入れたらしい、と第二王子のディミトリ様は言っていた。


「ヴィアラ様に戻ってきてほしかったので、身柄を確保したいと思いまして。まさかヘンリー陛下があれほど愚かだとは思いませんでした。私はあなたを取り戻し、シドさんだけを亡き者にしたかったのです」


狂っている。

荒んだ目は相変わらずシドを睨んでいた。


「ヴィアラ様は私のもの……誰にも渡さない……」


ノア様の身体から、禍々しい黒い靄が湧き上がる。


「待て!ノアッ!」


「イーサン。私の最後の望みは、愛する者と一緒に消えることです。この世はあまりに残酷で、国なんて滅んでしまえばいいと……君ならわかってくれるだろう?」


狂気に満ちた瞳。

私が身構えるより先に、シドが周囲に結界を張り巡らせる。


「この国を終わらせ、ヴィアラ様と共に冥界の門をくぐること。それが私の最期の望みなのです。邪魔しないでください」


「ノア、私だってこの国や家を捨てて自由になりたいと思うことはある。人付き合いは煩わしいし、陛下は偉そうだし、宰相も副宰相も怖いし、騎士団長もまた然り……夜会なんて出た日には、目が合っただけで全員殺してやろうかと思うことだってある」


お兄様、闇が深い。

シドまでがうんうんと頷いて同調しているのも怖い。まさか三人ともとっくに闇堕ちしてるの?


この空間で私だけが狼狽(うろた)えている。


「だが、大切なものもある。ヴィアラや邸の者たち、それにおまえのことも大事なんだ」


「お兄様……」


「頼む、私から唯一の友を奪わないでくれ。ノア自身で、その神具を放棄してくれ……!」


お兄様の説得で、ノア様の顔に迷いが生まれた。

だが、彼の内側から湧き出る呪いの靄は収まることはない。


「イーサン……、ぐぅっ……あああ!」


ノア様は杖を握りしめ、前かがみになり苦しみ始めた。契約紋から魔力が放出され、限界が近づいているとわかる。


遅すぎた。説得するには、もうノア様の生命力がなさすぎる。


「ノア様!」


駆け寄ろうとすると、シドに手で制された。


「神具を破壊します。イーサン様、よろしいですね?」


「……頼む」


お兄様が許可すると同時に、シドが動いた。

高く飛んでわずか二歩で舞台に迫り、ノア様が持っていた神具に向けて手のひらから生み出した炎の塊を投げつける。


しかしそれはあっけなく結界に弾かれた。


「うわ~、マジか」


くるんっと宙返りをしたシドは、ノア様のすぐそばに着地した。


「がはっ」


ノア様が口から血を吐き、膝をつく。

しかし次の瞬間、カッと目を見開くとシドに向かって杖を向けた。


「おまえさえいなければ!おまえさえいなければヴィアラ様は……!」


杖から放たれる黒い靄がシドを襲う。


「どこ撃ってんだ、もっとしっかり狙え」


軽々と避けるシドに、ノア様の苛立ちが募っていった。

しかしこのままでは彼の命が尽きるのは明白で。


ときおりシドが悲しげに目を細めるのは、命を削るノア様に対して哀れに思っているからだろうか。


「ノア様!もうやめて!」


無意識で近づこうとしたそのとき、無防備な私に向かってノア様が杖を向けた。


「ヴィアラ!」

「ヴィー様!!」


黒い靄が矢のように形を変え、私に迫る。


「っ!?」


両腕を前にして身を守ろうとしたとき、目の前で二枚の四角い結界がパシッと音を立てて弾けた。


「あ……」


シドが私を守るために作っていた結界だった。驚きと安堵が同時に押し寄せる。


私、防御力ゼロだったことを忘れていた。シドがこうして守ってくれなければ、間違いなく即死だったと思う。


しかし、私よりも驚いているのはノア様だった。


「ヴィアラ様……?私は何を……!?」


私を殺そうとしたことに愕然としている。

攻撃したのは、ノア様の意志ではないのかも。


「あああああっ!!」


狂ったように叫び声を上げたノア様から、大量の黒い靄が放出された。

そしてその靄はすべて、神具の杖についた水晶へと吸い込まれていく。


――ドサッ……。


その場に倒れたノア様は、真っ白い顔で意識はない。


「ノア!!」


お兄様が駆け寄ってその身体を抱き起こすと、再びひどく吐血した。その手から離れた神具は宙に浮き、周囲に漂っていた靄を集め始める。


「離れて!」


シドが私たちの前に立ち、即座に防御魔法を展開した。

神具はまるで靄を回収するようにひとりでに動き、それはとても不気味な光景だった。




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