お嬢様と飼い犬
「どうせ私にできるのは、魔力を纏わせた素手でぶん殴ることくらいですよ」
「普通はそっちの方が難しいですからね?」
どうしてこんなストリートファイタースキルなんだろう。
格闘家でもあるまいし。だいたい、格闘家と戦ったら普通に負けるし。
「あぁっ、思考が晴れないわ。もっと楽しいことを考えましょう!」
「そうですよ、お嬢。学園ではきっと楽しいことがありますって」
「本当に?」
「ええ、本当に」
シドがそういうなら、そうかもしれない。
私は満面の笑みで彼を見た。
「そうそう、お嬢のことなら俺が何とかしますから」
シドはいつもそう言って笑ってくれる。
でも紫の魔導士なら私の護衛をしなくても、世界各国から引く手あまたのはず。私の亡きお父様に恩があるからって、いつまでも律儀に仕えてくれるシドに申し訳ない気持ちもある。
「ねぇ、シドは私の護衛でいいの?まぁ、私みたいに高貴な美女を守れるなんてめったにない仕事だけれど」
「ソウデスネ」
全然心がこもってないわね!?
ぷくっと頬を膨らませて拗ねると、シドはクスッと笑った。
「俺はお嬢の犬なんで、ずっと飼われますよ」
「またそんなこと言って」
とんだイケメンすぎる人面犬だ。
「お忘れですか?あなたのお父上が私を拾ったんですよ」
あれはシドが八歳、私が五歳の頃だった。
『お父様、かわいい犬が欲しい』
無邪気におねだりした私は、まさか父が「犬っぽい少年」を連れて帰ってくるとは思わなかった。
うん、お父様の感性がものすごく怖かった。
お父様ったら「ヴィアラに飼えそうな犬がいなかったんだよね、だから犬っぽい子を拾ってきたんだ」と。王城に行って、犬っぽい少年を拾ってくるってなんだろう。
今でもあれはよくわからない。
シドがお城にいたのか、それとも道中にいたのかはわからないし、連れてきた父はもう天国に行ってしまった。
それでもシドは未だに私のそばから離れない。
「これからも、ずっとそばにいてくれる……?」
「お嬢、いつになく弱気ですね」
指摘され、思わず眉間にシワが寄る。
でも仕方ない。試すようなことを言ってしまうのは、私がシドに対して並々ならぬ愛情を持っているからだ。
王子の婚約者でありながら、一介の護衛である彼のことを慕っているから。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、シドはにっこり笑って言った。
「大丈夫ですよ!ここより給金が良くていっぱい休める仕事はないんで、どこにもいきません」
「そこは嘘でも、お嬢についていきますって言いなさいよ!」
「はーい、ついていきま~す」
「軽い!軽いわ!!」
甘い言葉をかけて欲しいなんて贅沢は言わないから、せめて忠誠心のある護衛のふりをして欲しい。
なんだか悩んでいるのもばからしくなり、雨がしとしと降り注ぐ窓の外をぼんやりと眺めた。
あいにくの空模様だけれど、今日から私は決戦の地に向かうんだ。しょっぱなから悪役令嬢が余ってしまうというイレギュラーな事態だけれど、抜け道はあるはず。
大丈夫、シドがついていてくれるんだから私は負けない。
ぎゅっと拳を握りしめ、私は呟いた。
「私、絶対に生き抜いてみせる……!」