後始末はお任せします
どういうこと!?拷問とかされたんじゃないの!?
目を見開いて口をハクハクする私の頭を、シドは優しく撫でて頬や額に口づけを落としていく。
「幻術って何!?グラート師匠はシドを……!?」
「はい、全部計算のうちです。そこにいる処刑人も、マーカス家の者ですから~」
公衆の面前で次々と口づけられ、私は全力で逃げる。これでは私の方が公開処刑だ。
しかしうれしそうにニヤついているシドは、私のことをぎゅうぎゅうと抱き締めて離さない。
「あぁ~、ヴィー様だ。はぁ……俺のヴィアラ」
「今こんなことしてる場合じゃない!エルザは!?ノア様は!?」
「エルザはもうそろそろ助け出されてる頃じゃないですかね~?」
「もう離してっ!」
両手を振り回して暴れていると、ドドドドドドと爆音が聞こえてきた。
「シド!!うちのかわいいヴィアラに何やってるんだ!消すぞこの駄犬!!」
「お兄様!」
魔導スクーターを操ったお兄様が処刑台の上に飛んでくる。
――ドンッ!
「ほぐぁっ!!」
あ、殿下の上にスクーターが落ちた。
お兄様が飛び降りたことで操縦が利かなくなったから……。
魔導スクーターって100キロくらいあるんだよね、殿下ご愁傷様です。
ツカツカと歩いてきたお兄様は、シドの腕から私のことを奪い返した。
「嫁入り前の妹になんてことを!お前みたいなふしだらな男に、ヴィアラは絶対にやらん!」
お兄様に抱きこまれた私は、その上着をしっかりとつかむ。
それを見たシドは眉間にシワを寄せて嘆いた。
「ヴィー様!同意の元の行為ですよね!?愛し合っているからこその触れ合いですよね!?」
ツンとそっぽを向いて無視してみせると、お兄様がこれ見よがしに私の頭を撫でる。
「ヴィー様はもう俺のものですよ~」
「知らん!おまえなんて解雇だ解雇!」
「えー、それは嫌だ」
子どもみたいにダダをこねるシドを見て、私はクスっと笑ってしまう。
そこへグラート師匠がゆっくりと歩み寄り、仲裁に入った。
「そのへんにしとけ。さっき広場全体に結界は張ったから、教会のやつらは逃げられん。それに、そろそろ大将のご到着だ。予定は狂ったが、そこのアホを拘束しろ」
はい、予定を狂わせたのは私ですね!ごめんなさい!!
グラート師匠の言葉に、うちのガリウスがバロック殿下を拘束した。気絶しているからもう身動きとれないんだけれど。
「ねぇ、シド。大将って?」
「王弟殿下のところのご子息様です」
シドはにっこり笑い、私を引き寄せる。隙を突かれたお兄様は悔しがるも、ロッソに連れられて後処理へと向かった。
「あとはここに乗り込んできた騎士団に任せます。教会のやつらは一網打尽、彼らにいいように操られたバロック殿下は廃嫡。王弟殿下のご嫡男が、近いうちに王位を継ぎます」
全部シドたちの画策の上だった。
私たちがファンブルにいる間、お兄様が秘密裏に王弟殿下らを説得したらしい。
お兄様が仕事してた!
気弱なのに、「王位簒奪の旗印として手を貸せ」だなんてよく交渉できたものだ。
感心していると、シドが私の手を取って処刑台から飛び降りた。
「ヴィー様、とにかく広場から出ましょう。俺はノアを捕らえなければいけません」
ところがそこへ、魔導スクーターに乗った女性が颯爽と現れる。
フルフェイスのヘルメットを取ると、茶色い髪が風にさらりとなびいた。
「お嬢様!」
「エルザ!」
私はすぐさま走り寄り、彼女に抱きつく。
「無事でよかった!」
「ありがとうございます!さきほどイーサン様に助け出していただきまして」
教会に監禁されていたエルザは、精神魔法で操られていたという。それをお兄様が助け出し、シドのお母さんが聖属性魔法で精神を解き放ったのだ。
「えーっと、なんで俺の母が?」
ちなみに、お母さんは今元気いっぱいに暴れている。敵兵を巨大しゃもじで殴り飛ばしていて、その姿を見たシドが呆然としている。
「息子を助けるのに理由がいるかしら?ねぇ、エルザ」
「そうでございますね、お嬢様」
二人でクスクス笑っていると、前方からたくさんの騎馬が到着した。
先陣を切っているのは、甲冑を纏った凛々しい騎士。
王弟殿下の長男・グランバルム様だ。
彼は私のそばまで馬を寄せると、目を細めて言った。
「これはこれは、相変わらずお美しい。ヴィアラ・マーカス公爵令嬢」
私は丁寧に礼を取る。
「ご活躍だったと耳にしました。そちらの面も相変わらずですね」
口角を上げたその顔は、からかっているように見える。
「まさか、わたくしはただうちの護衛を迎えにきただけですわ」
どうせ追及などされないので、私は笑って適当にかわす。
「あなたさえよろしければ、私の妃となって国を支えて欲しかったのですが……そばにそれほど殺気を秘めた番犬がいたらそれは叶わないでしょうね」
これほど凛々しい新国王の妃に、だなんて素晴らしいお誘いだ。
けれど私には縁がなさすぎる。
「ふふっ……私は自由になるのです。伴侶は自分で決めますわ」
「そうか、それは残念だ」
彼はシドを一瞥し、親しげに声をかけた。
「後はこちらで片付ける。シド、気持ちはわかるがノアを深追いするな」
「わかりました」
「よいな?取引完了まで死ぬことは許さん」
それだけ言うと、グランバルム様は侍従や騎士を引き連れて颯爽と馬を走らせた。
私は隣に立つシドを見て、ため息混じりに尋ねる。
「取引って何?」
「……まぁ、色々と」
まだ教えてもらっていないことがたくさんありそうだ。