公開処刑される男
雲一つない晴れ渡った空。
澄みきった青が、早朝の白い空を瞬く間に染め上げていく。
人々が集う王都の中央広場。
今日ここで、とある魔導士の公開処刑が行われる。
確か原作では、小雨の降る中でワタシは処刑された。
どういうわけか、私の想い人はそんないらぬ運命を引き継いでしまった。
大げさなまでに磨かれたギロチン。
話に聞いたとき「え、ギロチンって(笑)」って思ってしまったけれど、いざ眼前にその凶器がセットされているのを見ると物々しい雰囲気にゴクリと唾を飲み込んだ。
響き渡る太鼓の音。空気を振動が伝ってきて、これから処刑が始まるんだと知らされる。
私は自分の中に巣食う弱気に喰われないよう、わざと高飛車な令嬢の仮面を被った。
「まぁ、相変わらず人生を舐め腐った顔ね。愚かですこと」
王族席にふんぞり返って座るその人は、殴り飛ばしてからひと月と経っていない。それなのに、随分と遠い人になったものだ。
足を組み、肘おきに偉そうに腕を乗せて満足そうに笑みを浮かべるバロック殿下は、やはり黙っていれば絵になる男だった。
そのそばに座っている陛下も王妃様も、前を見ているようでいて何も映していない空虚な目をしている。
実際に見てみると、操られているとしか思えない。
きっと広場のどこかに、お兄様や若い衆、そして縁戚の騎士や魔導士も潜んでいるはず。私は彼らの作戦も何も知らず、勝手に来て勝手にシドを助ける気だ。
「お嬢、シドさん、来ます」
一緒に物陰に隠れているゾルドが、私にぼそっと耳打ちする。
「シド……!」
目深にかぶったフードを少しだけ上げて処刑台を見ると、そこには随分と変わり果てた姿のシドが拘束具をふんだんにつけた状態で騎士に連行されてきた。
左の瞼は腫れあがり、こめかみや額、口元が切れてかさぶたになっている。
ここまでひどいケガを負った人を見たのは、えっと、二~三か月ぶりかな?
あいにく我が家は若い衆が訓練でよくこんな状態になっているから、ひどいケガを見ても怯んだりしない。
胸に重苦しいものが詰まった感覚になるけれど、今はそんな感傷など押し込んで救出のときを待つ。
処刑台の階段を上るシド。
その途中、ふいに立ち止まり、バロック殿下の方を見てニヤリと笑った。
「はっ、相変わらずですね。あの態度」
小バカにしたような笑みを向けるシド。
ゾルドがうれしそうに言った。背後に立つガリウスも笑いをかみ殺す。
捕まってもシドはシドだった。まったく精神的に折れていない。それどころか、一国の王子に嘲笑と侮蔑を向けて見せた。
バロック殿下は露骨に顔を顰め、苛立ちを露わにした。
豪奢な椅子から立ち上がり、処刑台に上がったシドの方へ近づいていく。
「そろそろ動くわよ」
「おいっす」
私たちは人をかき分けて移動した。もちろん、目指すは処刑台。
集まった群衆は異様な盛り上がりを見せていて、まるで見世物でも見に来たような興奮状態だ。何らかの薬でも盛られているとしか思えない。不快感が湧き上がる。
バロック殿下は処刑台に上がり、膝をついて座らされるシドの髪を掴んだ。
「なぜおまえみたいな男が紫なんだ……!天賦の才など、王族である私にこそふさわしいのに」
シドは半笑いで王子を見上げる。心底バカにした顔が、さらにバロック殿下の気を逆なでした。
「まさか本当に俺があんたを殴ってお嬢を連れ去ったと?記憶を改ざんされて、うまいこと利用されてるだけの王子が俺に勝てると思ってるんですかね」
「このっ……!おまえさえいなければ……おまえが私のヴィアラを連れ去ったんだろう!!」
バロック殿下は、私に殴られたことを忘れているらしい。
そばに控えていた処刑執行人は、兜をつけたまま何も言わずに二人の様子を黙ってみている。
弟子の処刑に立ち会っているグラート師匠も微動だにしない。
だがその顔は、娘のために弟子を見殺しにするような雰囲気ではなく、殺気を抑えているかのようだ。
まぁ、私は私のやりたいようにするだけなので誰が何をしようと関係ない。
ゾルドとガリウスに視線を送ると、二人とも少し離れて魔力銃を構えた。私はローブを脱ぎ捨て、準備運動の屈伸をする。
「「お嬢、ご武運を」」
二人の言葉に、思わず笑ってしまう。
「まさかこんな風に送り出される日が来るとは思わなかった!」
シドに倣ってニッと笑った私は、足に魔力を篭めて軽く地面を蹴り上げる。
人の頭の位置くらいにまで飛んだ私は、ガリウスの腕に乗った途端に勢いよく投げられた。
これは領地でよくやっていた、「人間魔力砲ごっこ」である。
目標地点は、バロック殿下。
シドの背後から飛んできた私は、処刑台の上にいる元婚約者に向かって突撃した。
――ドンドンドンッ!!
魔力砲の爆音が広場に響く。
驚いた殿下がシドから目を離し、顔を上げた瞬間。
私は右足でその顔をおもいっきり蹴った。
ガリウスの放った私という砲弾は、さぞ勢いがついていたことだろう。
「殿下ごきげんよーう!でございますね!!」
――ゴスッ……!
ブーツの踵が殿下の顔面にめり込んだ。
「ぐあっ!!」
処刑台にどさりと仰向けに倒れた殿下は、歯がかけてせっかくの美男子が台無しになっている。
「ヴィー様!?」
さっとその場に下り立った私の背中に、シドの驚愕に満ちた声が刺さる。
「あら、シド。元気そうで何よりね。公開処刑ってどなたのかしら?」
こんなにかっこよく降りられたのは、もちろんゾルドが魔法で着地させてくれたからで、一人だったら勢いあまって処刑台の向こう側に墜落しただろう。
ドレープの多いスカートをはためかせ、くるっと振り向くと紅い目とばっちり視線がかち合った。
「えーっと、今しがた誰かさんがバロック殿下を公開処刑なさいました」
「まぁぁぁ!大変、気づかなかったわ!」
わざとらしく驚いてみせると、シドが呆れた顔になる。
誰もかれもが呆気に取られて静まり返っていたが、すぐに衛兵や魔導士が動き出し、広場は阿鼻叫喚の大混乱に陥った。
処刑台の周囲では、マーカス公爵家の配下の者たちと国軍の兵との斬り合いが始まった。
ただしうちの者は魔法道具を使うので、兵はどんどん芋虫みたいな状態に縄で縛られて転がされていく。
「じゃ、帰りましょうか」
私はシドに一歩近づき、首にある拘束具を手で掴む。魔法道具のこの首輪のせいで、シドは魔法が使えないのだ。
――パキッ……。
指に纏わせた魔力で、首輪を破壊した。
「っ!」
痛みはないはずなのに、シドが一瞬ビクッとしたのを私は見逃さなかった。
「ちょっと、なんで怖がるの?」
「首を握りつぶされるかと思いました!」
「はぁぁぁ!?」
顔には青黒くなったアザもあって痛々しい顔なのに、シドがそんなことを言うからつい私もいつものように言い返してしまう。
「ほんっとうに、口の減らない人ね!!シドとは分かり合えそうにないわ」
首輪さえ外してしまえば、手や足の枷は自分で外せる。シドはその手でどんどん拘束具を破壊し、身軽な状態になった。
「あははは。俺もそう思います。こんな風に乗り込むなんて」
立ち上がったシドは、私を見下ろし満面の笑みを浮かべた。
「でも、俺はヴィー様が好きですよ」
嘘偽りのない言葉。私は背の高い彼を見下ろすつもりで挑戦的な視線を送る。
「奇遇ね。私もシドが好きよ。こうして迎えに来るくらいにはね」
心配した、とか、どうして置いていったのか、とか言いたいことはいっぱいある。それでも、今はシドが生きていてくれたことに感謝する。
「すみません、勝手をしました」
気が緩むと涙が出そうだったから、彼に抱きついて誤魔化した。
「本当にバカね。もっとやりようがあったでしょう……!?そんなケガまでして」
「すみません」
周りが戦っているのに何をやってるんだ、と思わなくもないけれど、私は半泣きでシドの胸に収まる。
背中を撫でる手はとても優しくて、見た目が傷だらけで血塗れなのに元気そうだ……
ん?
パッと顔を上げると、申し訳なさそうに笑うシド。
「いやー、ちょっとやりすぎましたかね」
そして顔や全身から白い煙がゆっくりと立ち上り、あれほど痛々しかった傷や血がみるみるうちに消えていく。
「これ、グラート師匠の幻術です。ヴィー様のことまで騙す気はなかったんですが……心配しました?」
「なっ!?」
超絶、無傷!
きれいな顔!!




