悪役令嬢、ぶち切れました
ロッソにより拘束具をつけられた私は、魔力を封じられてしまった。
ただのかわいい女の子に成り下がっている。
「お嬢様、おかわいそうに……」
「ショックで寝室から一歩も出て来られないわ。お食事もまだだし、泣いておられるのかも」
扉の前で侍女たちがヒソヒソ話している声が聞こえている。
お兄様はすでに邸を発ってしまい、今頃は王都に向かっているだろう。
私はショックのあまり、寝室で寝込んで……
いなかった。
――カリカリカリカリ…………
「んっ、おいしい。カロリーヘイトを置いていてよかった~」
ベッドの上でスティック状の携帯食・カロリーヘイト(だし巻きたまご味)をかじる私は、隙を見てここを出るつもり満載だ。
きっとガリウスあたりが協力してくれるはず。
今は王都までの道のりを、地図で確認しているのだ。
日の出は朝五時半。二時間で乗り込めるとしても、余裕をもって夜中の二時にはここを出たい。
出発リミットまではあと四時間半。
どうにかして見張りを出し抜かねば。
いざとなれば、本当にやばい薬を薄めて飲んで、ビビアン女医に来てもらって抜け出そう。
頭の中に王都までの道のりをしっかり入れた私は、もう諦めて家にいますよという雰囲気を出すためにわざとドレープの多いドレスに着替えた。
「これがいい」
シドがきれいだと言ってくれた紅いドレス。黒のレースと鮮やかな大輪のダリアをモチーフにしたコサージュがついていて気高い雰囲気た。
着替えた私は、動きやすいよう髪をひとつにまとめる。
――コンコン。
こっそり荷物を準備していると、扉を叩く音がした。
「お嬢様、お加減はいかがでしょう?」
「大丈夫よ」
返事をすると、予期せぬ来訪者が現れた。
侍女に連れられて入ってきたのは、シドのお母さんと今の夫、そしてかわいい少年だった。
「あ……、こんばんは」
「失礼いたします。シドの母・シェリアです。こっちは夫のアレン、息子のセルディです」
シドのお母さん一家は、マーカス公爵領に避難していた。
でもお兄様の計らいで、うちではないどこかの邸で匿われているはずで……。
どうしてここに?
私の疑問は、シドのお母さんが説明してくれた。
「イーサン・マーカス様に、ヴィアラお嬢様を説得して欲しいと言われて。『一緒にここでシドの帰りを待ちましょう』と言ってくれと頼まれました」
お兄様。やり口が卑怯。
私が逃げ出せないよう、シドのお母さんを巻き込んだんだな。
しかしシドのお母さんは、私を見てにっこりと笑った。
「あ、誤解しないでくださいね。私、ヴィアラ様を止めに来たんじゃないんです」
「「「は?」」」
夫やセルディくん、私の声がハモる。
シドのお母さんはこちらにずいっと近づき、私の両手をしっかりと掴んだ。
「私も連れて行って欲しいの!お願い、シドを助けさせて」
「お、お母様!?え、連れて行ってって」
「シェリア!?君は何をっ……!?」
うん、夫もびっくりしているよ。話し合いはしなかったんだな。
勝手にさくさく決めるところは、さすが親子というべきか。
私は手を握られながら、お母さんに尋ねる。
「危ないですよ!?私が行ってきますから、お母様はどうかここで待っていてください」
「待ってなんていられない!」
お母さんは必死で追いすがる。その目は本気だった。
「十六年前、私はシドを手放してしまったんです……!どれほどあの子に苦労をかけたか、今からでも償いたいの!お願いします!」
子どもが一人前の大人になるくらい、長い長い時を離れてしまった。
それでも、この人はシドの母親だった。
揺るぎない愛情が伝わってくる。
けれどシドはどう思うだろう。
自分の母親を危険な目に晒したいとは思わないはず。
そんな私の迷いを見透かして、お母さんはさらに必死で訴えかけてきた。
「ようやく会えたのに、ゆっくり話をすることも抱き締めることもできなかったの……!今またここでシドを見捨てるようなことはできない!私は回復魔法が使えるから、きっとお役に立てます!だから連れて行って!」
「お母様……」
断ることなんて、できなかった。
私はぐっと手を握り返し、黙って頷いた。
しかし後ろに立っていた夫・アレンさんが震えながらそれを止める。
「何を言っているんだ!イーサン様だって向かわれたし、君が行く必要はないんじゃないか?」
「あなた……」
「お願いだ、行かないでくれ!俺とこの子を置いて……、捨てていくっていうのか!?俺たち家族のことを一番に想ってくれないのか?!君は俺の妻だ、行かないでくれ!」
しんと静まり返る部屋。
セルディくんがオロオロして両親の顔を交互に見つめる。
夫であるアレンさんが、妻の身を案じて引き留める気持ちはわかる。
アレンさんは普通の人だから、荒事には慣れていないんだろう。
私だって、彼の立場なら行かないで欲しいっていうかもしれない。
気持ちはわかる。
けれど、今はシドのことが心配だから私はアレンさんのことなんて構っていられなかった。
「あなた、お母様の夫でしょう?義理とはいえ私のお父様になるかもしれないのに、そんなちっさいこと言わないでくださる!?大事なものが二つあったっていいじゃない!私はシドもお兄様も家のみんなも全部大事よ!どれか一つを選ぶなんて嫌」
「あ、あの」
アレンさんの顔が引き攣っている。
でも私は口をつぐまなかった。
「親なら子どもが大事だって気持ち、わかるでしょう!?『この子は俺が守るから、安心して行って帰ってこい』くらい言いなさいよ!!」
「はいぃぃぃ!!」
びしっと背筋を伸ばすアレンさん。
威圧してしまって申し訳ないが、ここは公爵令嬢として培ってきた尊大な態度でごり押しする。
「サッと行ってサッと戻ってくるから、ここで待ってなさい!お母様、魔導スクーターで二人乗りすれば行けますから一緒にシドを助けましょう!!」
「ええ!ありがとう!!」
話がまとまったところで、窓の外からコンコンと軽い音がした。
暗闇の中、ガリウスがこっちを見て笑っている。
「あら、迎えが来たわ」
予想よりも早かった。
もう準備ができたってことだろう。
私はお母さんと一緒に窓からロープを伝って庭に下り、ガリウスが私の魔力を封じている枷を切ってくれた。
待っていた護衛の五人と共に暗闇を走る。
邸の敷地内を抜け、門番の手引きで結界をうまくすり抜けると、裏道に魔導スクーターが用意してあった。
シドのお母さんはガリウスの後ろに乗せてもらう。
「よし、準備オッケーね」
結晶石はすでに放り込んである。
あとは、少々魔力を吸われながら気合で爆走するだけだ。
「お嬢、練習場以外で運転するのいつぶりですか?」
まだ16歳の若者・ゾルドがヘルメットを着けながら尋ねてくる。背中に携えた剣は、ドワーフ製の一級品。腰には魔力銃もひっさげていて、若いが腕の立つ護衛である。
「いつぶりって……」
私は魔導スクーターに座り、動力を確かめた。
「バリバリのペーパードライバーよ!領内から出たことはないわ!」
「え!?」
一応、お兄様が基準を定めた試験をクリアしたので、免許はある。
が、これで遠出をしたことはなく、私はシドの後ろに乗るのが定位置だった。
「今なら時速50キロでも間に合うから、大丈夫よ!夜闇でイノシシにぶつからないことを祈る!」
「お嬢ぉぉぉ!お嬢になんかあったら俺らがシドさんに殺されます!先頭は走らないでください!」
――キュィィィィィン……。
「さぁ!しゅっぱーつ!!」
いつぞやのシドのマネをして、高らかに出立を宣言する。
五台の魔導スクーターのライトが暗闇を照らし、私たちは土ぼこりを巻き上げて出発した。