貢がれました
三日後、私はスキンヘッドのガリウスを連れて、マーカス公爵領にあるサーキット場にいた。
ここには魔力銃などの武器のほかに、魔導スクーターや魔導水上バイクなどが置いてある。
「久しぶりだからちゃんと乗れるか心配だわ」
――キュィィィィィン……。
乗馬服を改造したズボン付きの簡素なドレスを来た私は、魔導スクーターに乗って魔力をハンドルから注入する。あぁ、この感じがちょっと嫌。手のひらから魔力を吸い取られていく感じが、ぞわっとして気持ち悪い。
シドは「慣れです」と言っていたけれど、なるべくなら遠慮したい。
「ねぇ、これって王都までどれくらいで行ける?」
「……2時間くらいでしょうか」
ガリウスはちょっと顔を顰めてそう答えた。
私が何をしようとしているか予想がついていて、そしてそれに賛同しかねるんだろう。
「2時間ね。でもずっと魔力を取られるのは嫌だな~」
「大きめの結晶石があればタンクに入れられますけれど」
彼は私が座っている座面を指差した。
魔力が凝縮してできた結晶石は、いわば石炭やガソリンのような役割を果たしてくれる。
サドルの部分をパカッと開けると挿入口があり、そこに結晶石を入れると自動的に魔力を吸い出すようになっているのだが……。
「大きめの結晶石は、山にしかないよね」
「はい。手のひらサイズくらいは欲しいかと。だいたい、シドのアニキなら王都まで時速80キロくらいでぶっ通しで飛ばせますが、お嬢の魔力だと時速50キロくらいなんじゃないですかね」
そんなに違うのか!
改めて紫の異常さを思い知る。
シドを助けに王都へ行くには、どうしても魔導スクーターがいるのに、私ではこの性能を存分に発揮できない。これはどうしたものか。
私が腕組みをして真剣に考えていると、ガリウスが言いにくそうにぼそっと尋ねる。
「お嬢……その……」
「何?」
「もしも子ができてたら魔導スクーターは乗れねっすよ」
「は?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
しかしすぐにガリウスが心配していること、そして誤解に気づいて私は慌てて否定する。
「何言ってるのよ!子どもなんてできてるわけないでしょう!?」
「え!?そうなんすか!?え、シドのアニキ手ぇ出さなかったですか!?」
「はっきりそんなこと口にしないでくれる!?」
なんとガリウスは、逃亡中に私とシドがそういう関係になっていると思い込んでいた。
いやいや、なりかけたけれども。
なってもいいと思っていたけれども。
はっ、もしかしてお兄様も皆もそう勘違いしている……!?
「これはっ……由々しき事態!」
頭を抱えて羞恥に悶える私を見て、ガリウスが笑った。
「あー、でもそれなら安心してコレに乗れますね。よかった、よかった」
「あなたもしかして、それを心配していたの?私が魔導スクーターに乗って王都に行くのが嫌なんじゃなくて?」
「え?はい、もちろん。お嬢は止めたって行くでしょう?」
なんだ。行くこと自体は止めないけれど、妊娠してたら止めるってことだったのか。
唖然とする私に向かって、ガリウスはニッと笑う。
「大丈夫です!俺たちはお嬢のためならどこでも乗り込みやすぜ!」
「まぁ頼もしい!」
私もつられてにっこり笑うが、まだ問題は解決していない。
「結晶石を何とかして手に入れるか、今すぐここを出て時間をかけてでも行くか……」
悩む私たち。しかしここに、救世主が現れた。
「お嬢ぉぉぉ!!」
「皆!元気だった!?」
ドタバタと走ってくるのは、うちの若い衆でも力自慢の男たち。お兄様によって雪山修業へ行かされていた面々である。
彼らは私がここにいると聞き、戻ってきたその足で会いに来てくれたのだ。
「お嬢こそ!お元気そうで何よりですっ……!ふぐぉっ……!」
泣くな。私よりも命の危険に晒されていたのは、多分そっちなのに。
「あああああ、お嬢ぉぉぉ!シドのアニキのバカー!お嬢は永遠のお嬢なのにー!」
え、これってやっぱり私がシドとそういうことになったと思われてる?
もう否定するのも面倒だからそのままにしておこう。
呆れていると、小隊長のヘルマンが私の前にスッと手を差し出した。その手にあった袋には、ずっしり何かが入っている。
「俺たち、これをお嬢にプレゼントしようって」
「え、これってまさか」
そこにあったのは、巨大な結晶石だった。しかも十五個。
「山で暖を取るために穴を掘ったら、偶然出てきたんです。きれいだからお嬢に上げようって皆で」
私は感極まってヘルマンの手をぎゅうっと握る。
「ありがとうー!!素晴らしいご都合主義だわ!!」
「ぎょえええええ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
しまった、つい魔力を放出しながら握ってしまった。
私はパッと手を離し、ガリウスに視線を向ける。
「これなら王都まですぐ行けるよね!?」
彼は満面の笑みで頷いた。
「あと訂正すると、本来こいつらが山に向かったのは結晶石の採掘が目的なんすよ。イーサン様が『戦になれば魔力砲をとことん打ち込んでくれる!』って言ってたんで、そのための動力源として結晶石を採りに行ったんす」
「お兄様……、王都を焦土にするつもり?」
私のためのご都合主義じゃなかった。
お兄様の心の闇が具現化しただけだった。
「まぁ、いいわ!私が結晶石を有効活用してあげる!」
よし、これでいつでもシドを助けに行ける。
私は大喜びで邸へ戻っていった。