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そういうのは、やってません。

食事を終えたシドに部屋まで送ってもらい(といっても隣だけれど)、私は日付が変わる頃になってようやくベッドに入った。


ただ、眠れるかどうかは別物で……いなくなったというエルザのことばかり考えていた。


茶色い髪をお団子にしたクールな印象のエルザは、いつも私の相談に乗ってくれた。王子の婚約者なのに、シドへの想いがどんどん膨らんでいくことを相談できるのは彼女だけだった。


『いざとなれば、シドを締め技で気絶させて攫ってしまえばいいんですよ!』


『イーサン様から胃薬頼まれたんですが、ついでにシドに媚薬を盛りましょうか?女は度胸です』


『王子ってしょせんは(ルベライト)ですよね。うちの若い衆なら四人くらいでどこかに埋められますよ』


……思い返すと、ろくなアドバイスをされていない。

でもお姉さんみたいな存在で大好きな人だ。実際に若い衆からは姐さんと呼ばれていたし。


最後に別れたときも、魔力銃を片手にこう言っていた。


『ふふっ……、どれくらい連射可能かやってみたかったんですよね』


あぁ、考えれば考えるほど、エルザは無事なような気がしてきた。

だいたい、マーカス公爵家の使用人がそんじょそこらのならず者に襲われるわけがない。


「大丈夫、よね」


考えても仕方がないので、エルザが無事な理由を頭の中で並べられるだけ並べた。

そして、喉が渇いた私はベッドを抜け出して食堂へ行こうとする。


――カチャッ……


しかし私が扉を開けるその前に、隣のシドの部屋から人が出て行く音がした。

薄暗い廊下に、静かに床を踏みしめる音がする。足音は一人分。


扉を開けると、やはりシドの後ろ姿が見えた。

ただし、ダークグレーのローブをきっちり羽織っていて外出するような恰好で、廊下から階下へと下りていく。


こんな夜中にどこへ?

気になった私は、ショールを羽織ってすぐに後をつけた。




■■■




真っ暗な裏庭。

邸の壁際についてる小さな発光石が、かろうじて歩くだけの灯りをくれる。


シドはまるで散歩でもするかのように、一人でスッと闇を抜けていった。

私は気づかれないように、魔力を極限まで抑えてこっそりついていく。昔、シドと鬼ごっこをやって遊んだから、気配遮断は得意な方だ。


しばらく歩いていくと、侯爵邸のレンガで出来た壁の前にひとりの男が立っていた。目を凝らして見つめるも、誰かはわからない。


けれどシドは、その人に向かって躊躇なく歩いて行って二メートルほど手前で足を止めた。


「お久しぶりです」


胸の前に右手を添え、恭しく礼を取るシド。彼がこんな態度を取る相手は、私が知る限りでは一人しかいない。


「あぁ、突然だが気づいてくれてよかったよ」


低く太い声。

シドの師匠で、魔導士を束ねるグラート・ロベルタだ。


厚手のズボンや革ブーツなどの旅装束の上に真っ黒のローブを纏っていて。その胸元にはシドと同じく(スピネル)のブローチが光っている。


短く刈り込んだ髪は、娘のエルザと同じ茶色。屈強な騎士に見える風貌だが、れっきとした魔導士である。


なぜグラート師匠がこんなところに……。

壁際に隠れつつ、私は二人の姿を覗き見ていた。


シドは姿勢を元に戻すと、平然と笑って言った。


「師匠の魔力はすぐにわかりますよ。直感で、シバかれるってドキッとします」


「よく言うよ。おまえこそ相変わらず好戦的な魔力を出しているな」


「おかげさまで。それにしても、よくここがわかりましたね」


「おまえならここだと思ってな。いくらおまえでも、ヴィアラ様と叔母を会わせるくらいの情は持ち合わせているだろうって。予想が当たっちまって残念だよ」


慣れ親しんだ間柄の、何気ない会話。しかしそこには、かすかな緊張感を孕んでいた。


「師匠がなぜこんなところまで?エルザのことですか」


シドの言葉に、私の胸がドキッと跳ねる。

グラート師匠は、顔色一つ変えずに返事を寄越した。


「外遊から戻ったタイミングで、色々と後れを取ってな。陛下も王妃様もまるで操り人形だ。心を支配されたみたいになっちまってる。おまえへの捕縛命令は出たまんまだよ」


「うわぁ、そう来ました?でもあの王子にそんな力はないですよね」


「あぁ。あれは傀儡だ。……まぁそれは道中に話すとして、おまえとヴィアラ様をローゼリア城に連れ戻さないとエルザの命がない。ここで()り合うのは互いに得策じゃないだろう?二人で一緒に来てくれないか」


堂々とした口調だが、どこか窺うようにシドを見るグラート師匠。ここで嫌だと言われて戦いになれば、どちらも無傷じゃすまないとわかっているから緊張感が漂う。


「「…………」」


ただじっと互いの目を見つめる師弟は、互いの心情を量っていた。

私は息を殺して二人の様子を見つめる。


暗闇の中、私の心音だけが大きく響くように思えてならない。

胸の前でぎゅうっと手を握りこむが、そろそろ我慢が限界だった。


エルザが殺されるかもしれないのに、私だけここで隠れて暮らすわけにはいかない。


今にも飛び出しそうになったとき、シドがいつも通りの軽い口調でさらっと言い放つ。


「う~ん、エルザ一人と俺たち二人って交換条件が数的におかしくないですか?」


「は?」


「いや、普通は人質交換って1対1ですよね?同じ数じゃないとおかしいと思うんですよ」


「シド、おまえこの期に及んでそういうこと言うか?」


「言いますよ!交渉はしっかり考えてからって、師匠が俺に教えたんですよ?」


「あぁ、教えた。教えなきゃよかったって今ほど思ったことはない」


「ですよね~。あ、わかりました。俺が城へ行きます。でもヴィー様はダメです。人身売買的な?俺、そういうのやっていないんで」


「人身売買!?」


グラート師匠が呆れて絶句している。


え、シドは一人で城へ行くって言った?……私を置いて?

衝撃的な発言に頭を殴られたようなショックに襲われる。


信じられない。私のことを置いて一人でローゼリアに戻るなんて。敵陣に乗り込むようなもので、しかもエルザを人質に取られているんだから何をされるかわかったもんじゃない。


「シド!何を言ってるの!?」


私は二人の前に飛び出す。

グラート師匠は驚いて目を瞠るが、シドは顔色を変えずに私を振り返った。


その態度から、私が隠れていたことに気づいていたのだと悟る。


「どういうこと?一人で行くなんて許さない!」


鼻息荒く叱る私を見て、シドは腕組みをして「う~ん」と悩んでいるそぶりを見せる。するとグラート師匠は、改めてシドを説得しようとした。


「エルザを確実に助けるためにも、ヴィアラ様にも同行してもらいたいんだが」


「嫌ですよ」


「ヴィアラ様に手出しはさせない。必ず守るから」


「えー」


父親としてはもっともな提案だ。

でもシドは子どもみたいに露骨に嫌そうな声を上げ、腕組みを解き――私を自分の胸に抱き寄せた。


「っ!?」


師匠の前で何を!?

まだ話がついていないときに、こんなことをしている場合じゃない。


びっくりした私は、彼の腕の中で固まってしまう。


「シド?あの、話をしなきゃ……んん!?」


今後のことを話し合おうとするも、途中で唇を塞がれて最後まで言えなかった。背中に回された腕が、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。


「俺のヴィアラ……」


私に体重を乗せて抱き込んだシドは、淡い水色の髪に顔を埋め耳元でぼそっと呟いた。


「どうか許してください」


「え?」


彼はさっと身を引き、私の額に人差し指を当てる。


ほわっと温かい魔力が額から入ってきて、彼が何かを呟くと私は強い眠気に襲われた。


「なっ……!?」


顔を顰め、必死で頭を振って眠気を振り払おうとする。

でも目を開けることもできなくなり、身体が熱くなってきた。


「ヴィー様」


じわりと汗が滲む。

自分が睡眠魔法をかけられたことはすぐにわかった。それでも必死で抗って再び目を開けると、そこにはいつものように優しく笑うシドの顔があった。


「待っててください。必ず戻りますから」


「シ……」


私の周りに複数の魔法陣が浮き上がる。


「おいっ!シド、何をっ……!」


グラート師匠が叫ぶ。


強烈な眠気と強い光。私は眩しさに目を閉じると、立っていることができずにその場に膝をついた。


突然やってきた浮遊感。足元から風が巻き起こり、ふわりと身体が浮くのがわかった。


周囲を取り巻く空気の温度が変わり、匂いも変わる。


ーードサッ……。


地面に倒れ込んだ私は、冷たい土に身体を沈めるはずだった。

にもかかわらず、肩や指、頬に感じるのは柔らかな絨毯(じゅうたん)の長い毛足。


「ヴィアラ!?」


お兄様の声がする。かなり焦っているようだ。


うっすら目を開けると、赤茶色の絨毯と黒い革靴が見えた。

どう見ても室内で、ほどよく温かい。


「ヴィアラ!?突然どこから……シドか!」


私の身体を抱き起したのは、間違いなくお兄様だった。

ここはマーカス公爵領にある本邸。お兄様の部屋だ。


薄れていく意識の中、自分が転移魔法によって飛ばされたんだと気づく。


「しっかりしろ!ロッソ、医者を呼べ!」


バタバタと数人の足音がする。


私を抱き締める腕の力はとても強く、それほど離れていたわけではないのにお兄様の香りが懐かしく感じた。


瞼の裏には、いつも通りに笑っていたシドの顔。耳に残るのは、最後にかけられた言葉。


『待っててください。必ず戻りますから』


こんなことのために転移魔法を再現したの?いざとなったら、私を逃がすために?


私がついてきていることに気づいていながら止めなかったのは、自分がそばにいないうちに囚われるのを避けるためだったのか。


そばにさえいれば、私をお兄様のもとへ飛ばせるから。


「シド……」


私は睡魔に抗えずに、スウッと深い眠りに落ちていった。





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