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不安の種

私たちが叔母様の邸にやってきて、早くも六日が経った。

ニースに行くかどうかは、ローゼリア王家がマーカス公爵家に対してどう出るかによって決めることになっている。


陛下が外遊から戻ったとなれば、私への処遇が定まるはず。そして、シドの捕縛命令についても撤回がなされるはずだった。


とどのつまりが、今は様子見である。


シドは魔道書の解読に没頭していて、寝食を(おろそ)かにしっぱなし。衣食住より魔導書が好きみたいだ。


今日も日が暮れたというのに、部屋から出てこない。私はシチューとパン、カトラリーを乗せたトレイを持ってシドの部屋へと向かう。


私としては、ここに長居すればするほど叔母様の近くで暮らすのもいいかなと思ってしまうけれど、シドの素性や(スピネル)の能力を考えるとやはり躊躇(ためら)う気持ちの方が大きい。


もしもこの先、ファンブルとローゼリアで戦が起これば、侯爵の地位にいるデイビッド叔父様や従弟(いとこ)はこの国のために戦うことになる。

でもそのとき、侯爵家でお世話になっている私たちが何もしないというわけにはいかない。


それは、ローゼリアで公爵家を背負うお兄様とも戦うということで……。


ヘンリーが国王から降ろされるだろう現状では、ディミトリ様がファンブルの国を率いることになるから、二カ国間で戦になる可能性は低い。あくまで現状は、という補足がつくが。


ニースは商業で栄えている議会制の国だから、戦はもっとも避けたい出来事だろう。

奪うよりも経済を回した方が儲けが出るとわかっているのだ、あの国の上層部は。


シドがなぜニースに行こうと言い出したのか、今ならよくわかる。

ヘンリーが国王である以上、ファンブルとローゼリアが衝突する可能性が高かった。叔母様の邸でお世話になると、私が板挟みになって悩む未来をシドは予想していたのだ。


祖国を捨てて逃げたつもりでいたけれど、私にはお兄様やマーカス公爵家の人たち、領民という守りたい人たちがいる。当主でなければ自由だというわけではないことを、改めて認識させられた。


これから自分がどうしたいのか、どうするのか、じっくり考えなくては……

そう思いつつ彼の部屋の扉を開ける。


ノックはしない。

ここ数日、何度ノックしても中から返事はないのでもう勝手に開けることにした。

シドはたいてい書机に向かって魔導書を読みふけっているか、突っ伏して眠っているか。


「シド……」


私はトレイを片手で押さえ、ドアを押した。

声をかけるが、書机にいつもの背中がない。


どこにいったんだろう。

見回すと寝室の扉が開いていて、奥から声が聞こえてくる。


『…………から、……んだ』


お兄様の声だ。

どうやら寝室で通信をしているらしい。


私は食事の載ったトレイをテーブルに置き、寝室へと向かう。


中を覗くと、シドはベッドにあぐらをかいて座っている。

声をかけようと一歩中に入ると、偶然聞こえてきた会話に愕然となった。


『エルザのことだから心配いらないと思うが、ヴィアラには言わないでくれ』


このタイミングの良さ。

私には言わないでくれって、おもいっきりお兄様の言葉が耳に入ってしまった。


ベッドの上に胡坐をかいて座っていたシドは、私が入って来たことに気づき、バッと振り返る。


「ヴィー様!?…………ビーフシチューですか」


匂いで判断したらしい。

いやいや、今はそこじゃないから。私が持ってきた食事のことはいったん無視だ。


「エルザがどうかしたんですか?お兄様」


シドのそばに駆け寄り、私はベッドに飛び乗って四角い通信機に話しかける。


『ヴィアラ!?おのれシド!寝室には誰もいないって言ってなかったか!?うちのかわいい妹に指一本触れていないだろうなゴラァ!?』


「お兄様、そんなことはどうでもいいので、事情を説明してください!」


しばらく憤っていたお兄様だけれど、私が強気で迫ると渋々口を割った。


『二日前からエルザの姿が消えた』


エルザは私の侍女だ。

今はお兄様たちと一緒に、マーカス公爵領に戻っているはず。


お兄様によると、二日前にエルザが忽然と姿を消したらしい。


『二日前、邸での仕事を終えた後からエルザは部屋に戻っていない。室内や職場に争った形跡はなく、ふっといなくなってしまったみたいなんだ』


そんな神隠しみたいな。


「それは、誘拐ですか?それとも、自主的に出て行った可能性も」


何も言わずに出て行くような子ではない。だとしても、二十歳の女性が一人で夜中にどこかに行けるほど平和でもないから心配だ。


『誘拐であれば痕跡は必ず残る。自主的に出て行った可能性が高いが、それが本当に自らの意志なのか、脅されておびき出されたのかそこまではわからない』


エルザは、シドの師匠の娘だ。

(スピネル)ほどではないけれど、魔法も使えて戦えるだけの力はある。


彼女を脅すといっても、家族は父親であるグラート師匠だけだから人質に取るっていうのは無理だ。父親が強すぎる。彼は国王陛下の側近で、外遊について行っていたからこの国に戻ったのはつい数日前のはず。


「お嬢やイーサン様に何も言わずに出て行く子じゃないしな~」


シドも、エルザがいなくなった理由が皆目見当もつかないらしい。眉間にシワを寄せるその顔からは、何かトラブルに巻き込まれたと考えているのだと何となくわかる。


『ヴィアラに心配をかけたくないから伝えずにいようと思っていたが、聞かれてしまったなら仕方がない。万が一、エルザがそっちに行っていたら連絡をくれ』


「わかりました。まぁ、それはないと思いますけれど」


『あぁ。ヴィアラが今ファンブルにいることは私とロッソ、ガリウスしか知らない』


部屋に沈黙が落ちる。

お兄様は「大丈夫だ、必ず見つけるから」と言って通信を切った。


「…………」


シドは隣に座る私の手を両手で包み込み、労わるように指で撫でる。


「エルザのことは、イーサン様が探してくれます。ヴィー様が気を揉むことはないかと」


私の心情を慮り、優しい声音で諭した。私も彼の手を握り返し、少しだけ笑ってみせる。


「ええ……大丈夫よね?エルザ、強いから」


「はい。体術なら俺は普通に負けます」


そんなに!?

武器なしでそれほど戦えるなら、無理やり拉致されてっていう可能性は低そうだ。


「それにグラート師匠は、エルザのことをかわいがっていますからねぇ。あの人の娘に手を出すなんて、どんな愚か者だって話ですよ」


「うん……」


エルザという娘をよく知っているからこそ、大丈夫だという要素は次から次へと上げられる。でも、なぜか私の心に芽吹いた不安は消えなくて。


「もう遅い時間です。今からできることはないですから、ヴィー様はよく休んで明日に備えてください。何か動きがあるとすれば明日からがんばりましょう!」


シドは嫌な空気を振り払うかのようにそう言うと、私の手を取り寝室を出た。

テーブルの上にある食事を見つけ、うれしそうに食べ始める。


私は彼の隣に座り、もぐもぐとパンを頬張る姿をぼんやりと眺めていた。





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