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うちの狩猟犬

心地いい温かさにウトウトとしていると、低い声が私を呼んでいるのがわかった。


「ヴィー様」


「っ!?」


聞き慣れたその声に、私はパチッと瞼を開ける。


「お目覚めですか?」


ベッドに肘を付き、手で頭を支えて寝そべっているシドがこちらを見て笑っている。


これは俗にいう添い寝という状態なの?驚きすぎて何も言葉が出ない。


「警戒心っていうものはないんですか?俺の姫様」


「え?」


ニヤニヤするシドを見て、私は自分が彼をベッドに運んでそのまま隣で眠ってしまったことを思い出す。

寝ぼけていた頭が完全に起動した。


「え?え?あ……」


「まだ夜中です。多分、俺が眠ってから四時間くらい経ってますね」


「四時間!?たったそれだけでシドは完全回復したの!?」


なんで復活しているの!?睡眠時間が足りなくない?


「熟睡しましたので」


そういう問題なのだろうか。


まさかこれは、天然チートスキルのひとつ『ショートスリーパー』というものでは……!?

睡眠時間が少なくていい、特異体質!羨ましい!!


目を瞬かせていると、ニッと口角を上げたシドが頬に軽くキスをした。


くすぐったさに、首を竦めて目を閉じる。


薄暗い部屋でも彼が熱っぽい視線を送ってきているのはわかった。


これはマズイ。

お年頃の男女が同じベッドで仲良く……これは絶対に危険だ!!


本能で身の危険を察した私は、さりげない風を装ってベッドから逃げようとする。

が、捕食者の前で私の逃走が認められるわけもなく。


「逃げないでください、ヴィアラ」


耳元で囁かれるのは反則すぎる。


「っ……!」


するっとナイトドレスの中に手を入れてくるのも反則。


「ひっ……!」


これは本格的にマズイ。

絶対に触れられてはいけないところをゆっくりとした手つきで撫でまわされている。


彼の手を押さえ、何とかやめさせようとするも力が入らない。


「んぅっ……!!」


慣れないキスに翻弄され、呼吸が乱れる。

ようやく唇を解放されたところで涙目で見つめれば、シドは一瞬だけ怯んだ顔をした。


でもまたすぐに意地悪い笑みを浮かべる。


「殴って逃げてください。逃げられるでしょう?」


私に選択権を寄越すなんて卑怯だ。

だいたい、さっきは逃げないでって言ったのに、もう今は逃げてもいいという。


一体どっちなんだ。

少しだけ淋しげな顔も見せるから、突き放すことができない。


「このままだと、俺にいただかれますよ?」


もう半分のしかかっているシドは、私の喉や鎖骨を唇でなぞっていく。


ただ完全に押さえつけてはこないところを見ると、逃がしてくれるつもりがあるのは本当のようだ。


「逃げても嫌いにならない?」


「なりませんよ」


子どもみたいなことを言う私に向かって、シドはふっと笑った。


「本当に?」


「ええ、本当に。この世の果てまで逃げられても好きです。むしろ追いかけたくなります」


「……そういう趣味でもあるの?」


「多少は」


あるんだ。


「先祖は狩猟犬かもしれないです」


「追いかけるのは本能ってこと?」


「そうですね。でも追いたくなるのはヴィー様だけですが」


捨てられた子犬みたいな目をするくせに、追いかけたくなるとか意味がわからない。


「冗談ばっかり……」


こっちは息もしづらいほどドキドキしているのに。

恨みがましく見つめると、彼は苦笑いになる。


そして、私の左手をそっと掴んで自分の胸の中央に当てた。


「俺も緊張してます」


トクトクと速く刻むその音が、何よりの証拠だった。


「ずっと……ずっとずっとずっとずっと(こじ)らせてきたんで」


その苦しげな声が、私の胸を締め付けた。けれど同時に、喜びでいっぱいになる。


「愛してます。抱いてもいいですか?」


ここにきて、ストレートに聞いてくるなんて。


これまでで一番ドキドキした。心臓が壊れるかもしれない。


でも、逃げられないし逃げたくないし、こうなったら腹をくくるしかないっ……!


ごめんなさい、お兄様!

ヴィアラはシドを襲いますっ!


私は覚悟を決めた。


彼の頬を両手で挟み、自分からキスをする。


「っ!?」


キスというのかもわからない一瞬の触れ合いだったけれど、驚いたシドの紅い目は大きく見開かれていた。


「……初めてだから、どうしていいかわからないんだけれど」


か細い声でそう言うと、シドが弾かれたように私から離れた。


彼は両手で顔を覆い、ベッドの上でゴロゴロ転がり始める。


何!?なんで転がってるの!?


「あぁ~!!逃げていいって言ったじゃないですか~!何でもうこんな……はぁ、かわいすぎ……!」


逃げられた私はベッドの上で上半身を起こし、茫然となる。


「なにそれ、どういうこと?」


逃げてもいいと言ったり、抱いてもいいかと聞いてきたり、せっかくこっちからキスをしたらこの始末……!

なんなの、私がどれほど勇気を出したと思ってるの!?


私は怒りに任せて枕をシドに投げつけた。ボフッと音がして、直撃した枕が床に転がる。


「決めたっ!もう結婚するまで指一本触れないでちょうだい!!」


「えええ!?ヴィー様!?」


へそを曲げた私は、毛布を頭から被って丸まった。

そっと近づいてきたシドが恐る恐る声をかける。


「ヴィー様、本気ですか?」


「本気よ」


「え、嫌です。絶対に触ります」


「あなたこの状況でよくそんなことが宣言できるわね」


驚いて怒りが霧散した。

この場合、しばらく触れずにいるのが流れだろうに。


「隙あらば触りたいしキスしたいし、匂いも嗅ぎたいのでお許しを」


「ナチュラルに変態を(さら)け出してる!?」


毛布から顔を出すと、シドは平然と言い放った。


「さっきは冗談で……7割以上本気でしたがさすがに今日はマズいと理性を総動員したんです。ヴィー様が起き上がれなくなったら困るでしょう」


起き上がれなくなるのか。

急に現実的なことを突き付けられて、私は妙に納得してしまった。


シドは毛布ごと私を抱き締め、優しい手つきで撫でる。


「それに、ヴィー様のすべてをもらうのは次のご褒美にって決めてるんです」


「次のご褒美って?」


今度は何をするつもりなんだ。ちらりと視線だけ向けると、柔らかな笑みを返された。


「転移魔法を再現してみせますから。なるべく急いで、がんばります」


それは何か月、何年かかるんだろうか。

もしかするとそのときには、私の婚約破棄騒動がすべて解決しているかもしれないな。


温かさに包まれて、私はぼんやりとそんなことを思った。


「気長に待ってる」


「はい、待っててください」


目を閉じると、再び睡魔に襲われる。

きっとそう遠くない未来に、私はシドと一緒に新しい人生を始めるんだろうなとそんな予感を抱きながら眠りに落ちた。



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