確かに犬ってあったかい
叔母様の邸にお世話になって早五日。
シドはデイビット侯爵と意気投合し、魔導書の解読に勤しんでいる。
もともと文官だった侯爵は魔法オタクであり、自身も赤の称号を持つ魔導士だ。古の転移魔法を蘇らせるとなれば、オタクの血が騒ぐらしい。
二人して夜遅くまで部屋に篭っているから、私と叔母様は呆れている。
私はというと、今後の生活について真剣に考えないといけないから、お弁当屋を開くために厨房で料理を学んでいた。
今は三日目だけれど、わかったことはただ一つ。
料理、むずかしい。
おいしく作ることはもちろん難しいんだけれど、お店を開くとなると当然同じ味で大量に同じものをつくる必要が出てくる。味の安定化がとても難しいことを思い知った。
「ヴィアラ、お弁当屋には出資だけして、料理のアイデアを出すことに専念するのはどうかしら」
見かねた叔母様はそう言って笑った。
「そうですね。確かに自分で調理もして仕入れもして、昆布の養殖業にも手を出すとなれば身体がいくつあっても足りません」
「……昆布の養殖業は、店がうまくいき始めてからにしたら?」
一気に全部やろうとしている私に、叔母様は呆れていた。
「シドがいるんだし、二人で話し合って……って、今は魔導書に夢中だから無理ね」
「はい」
私たちは今、食堂でケーキを食べている。が、食堂に休憩しに来たデイビット侯爵がそのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
「夢中になるとこれだから困るのよ」
「よくあることなんですか?」
「たまにね」
根っからの研究者タイプなんだろう。寝食忘れて打ち込むデイビット侯爵はわりとこんな感じになるそうで、使用人もあえて起こしたりしないらしい。
「きっとシドが来てうれしいのよ。うちの子たちはここまで魔導書に打ち込むタイプじゃないの」
眠っている夫に自分のショールをかける叔母様は、呆れているけれど優しい顔をしていた。夫婦っていいな、と思った私はつい頬が緩む。
「ねぇ、ヴィアラ」
「はい」
ふと叔母様が私を見て、にっこり笑って言った。
「あなたとシドさえよければ、ここにずっといて欲しいの。シドはうちで雇えばいいし、あなたは店でも養殖でも何でもすればいいわ」
まさかの申し出に、私は目を丸くする。
「どうしてもニースに行かなきゃいけない理由はないんでしょう?二人で考えてみてくれないかしら」
「叔母様……」
「シドがいれば暖房が、いえ、護衛としてとても心強いわ」
暖房って言った!
戦力として欲しがるんじゃなく、熱源として欲しがっている!
「それじゃ、考えておいてね」
叔母様はオホホホホと笑ってごまかして、夫を引きずって部屋に戻っていってしまった。
気のせいだろうか、使用人たちの目にも「暖房を……、暖房を……」という期待が篭っているような気がしてならない。
わんこはあったかいから暖房代わりね、なんて話をよく聞くけれど、まさかシドが暖房器具扱いされるとは。
私は複雑な心境で部屋へと戻っていった。