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天然要塞に逃げ込みました

三方を山に囲まれた自然の要塞・カラシア地方。

一年中やや寒い気候で、アルプスの少女〇〇〇っぽい山々が美しい場所だ。


ファンブルの中でも最も平和なこの地には、私の母の妹であるリサーナ叔母様が嫁いだハルマン侯爵家が治める広大な領地がある。


一日の野営を挟んで到着した私たちは、赤レンガで作られた大きな邸で叔母様とその夫であるデイヴィッド・ハルマン侯爵に出迎えられた。


「叔母様!」


「まぁぁぁ!ヴィアラ!すっかり大きくなって……!」


玄関でぎゅうっと抱きしめられて、その温かさにほっとした。使用人たちも温かい目で見守ってくれていて、私と叔母様はまるで親子のように感動の再会をする。


私と同じ淡い水色の髪はすっきりと結い上げられていて、黒い目は切れ長で気の強そうな美人。一見すると冷たそうだけれど、実は愛情深いとても頼もしい姉御肌の女性である。


「ああ、調子はどう?そこの気の利かない男と旅なんてして、疲れたでしょう?」


私の頬や肩をペタペタ触って確認しつつ、叔母様がそんなことを言う。


「ふふっ、大丈夫です。シドはとても優しくて、大事にしてくれています」


にっこり笑ってそう言うと、背後でシドが「そうでしょう、そうでしょう」と笑うのが聞こえた。


「それならいいけれど……。まぁ、あの性根の腐ったバロックなんかよりはまだシドの方がマシね」


「え?叔母様それって」


シドがもうただの護衛ではなく、私の恋人になっていることを知っているのだろうか。


どう思われるか不安だったのではっきり口にするのを躊躇っていると、叔母様は諦めたような表情に見えなくもないけれど、少しだけ口角を上げて微笑んだ。


「この間、シドが来たときに聞いたわ。『こんな機会を逃すわけにはいかなかったので、お嬢に求婚しました』って。まったく嫌になっちゃうわよね、イーサンがかわいそうだわ。大事に育てた妹がこ~んなへらへらした男に持っていかれるなんて」


右手を頬に当て、困ってますポーズをする叔母様を見て私は苦笑する。こんなことを言っていても、本当に嫌っていたら邸に上げないとわかっているから安心だった。


「でもね……邸の暖房設備に魔力を三年分も補充してくれたから許すわ」


買収が完了していた。

シドの方をちらっと見ると、ぐっと親指を立てて自慢げにする。


そんなに魔力を使ったのに、砦まで往復してさらには研究所を爆破したのか。


恐れ入る、を通り越してシドの身体が心配だ。見た感じは元気そうだけれど……


戸惑う私の腕を、叔母様は上機嫌でとった。


「かわいいヴィアラ、あなたの部屋を用意してあるのよ!衣装は急いで作ったからまだ数が足りないけれど、不自由ない分は用意したわ」


「えええ!?作ったって、私はその」


あまりここに長居するわけでは。そう言おうとするも、強引な叔母様に遮られる。


「遠慮しないで!かわいい姪のためですから、何でも言ってちょうだい。わがままだって言っていいし、癇癪(かんしゃく)だって起こしていいのよ」


「いや、起こさないから」


叔母様が、姪がかわいい病を発症している。

教育に悪いことこの上ない。夫であるデイヴィット様も苦笑いで私たちを見守っている。


黒髪でメガネをかけたデイヴィット様は、とてもおとなしそうで優しそうな人だ。


私は遅ればせながら「お世話になります」と挨拶をすると、にっこり笑って歓迎の意を示してくれた。


なんだろうな、雰囲気からしてザ・いい人が漂っている。

リサーナ叔母様の尻に敷かれていそう。


「さ、部屋へ行きましょう?湯あみをして、食事もね」


ぐいぐいと腕を引っ張られ、私は階段の方へと連れ去られた。

シドに視線を送ると、にっこり笑って「いってらっしゃいませ」と手を振っている。


「大丈夫よ。彼の部屋はヴィアラの隣。客人としてもてなすから心配しないで」


「ありがとうございます」


なんだかんだでシドのことは気に入っているんだな、と叔母様の声でわかる。


シドが避難させたカリナーレ様は近くの離れに住んでいるそうで、ディミトリ様がヘンリーから完全に権力を奪うまではここで隠れ住むらしい。


後で挨拶に行こう、そう思いながら私は部屋へと向かった。





■■■





その日の夜、私はぐったりとして客室のソファーに背中を預けていた。


叔母様が用意した衣装は予想以上に数が多く、「とりあえず着てみて!」と着せ替え人形のように着替えさせられた。


今は、叔母様が最も気に入ったという白にピンクの飾りがついたドレスを纏っている。


「よほどうれしかったんでしょうね、お嬢が会いに来てくれて」


「そうね……」


だらけている私のそばで、「あとは俺が」と言ってメイドを下がらせたシドは紅茶を淹れてくれた。

カップからはほわんと湯気がのぼる。


「ありがとう」


ひと口飲むと、蜂蜜の甘さとりんごの香りがした。たまにシドが淹れてくれるアップルティーは、甘くて癒される味がする。


シドは私が紅茶を飲む様子をうれしそうな目で見つめていた。何だか居たたまれなくなり、カップをソーサーの上に戻す。


「ねぇ、いつまで立っているの?」


私の問いかけに、彼は意表を突かれたようにきょとんとする。


「あ、えっと……ここに来ると護衛気分が抜けなくて」


「叔母様が言ってたでしょ?シドのことは客人として迎えるって。それに私たち、こっ…こっ……」


「こ?」


恋人同士なんだから。その一言がどうしてもむずかゆくて言えない。

「こ」と口を開けたまま固まる私を見て、紅い瞳がうれしそうに揺れる。


「ヴィアラ?続きを聞かせて?」


「っ!」


またそうやって甘い声を……!

立っているシドから視線を逸らし、私はぷるぷる震えながら声を振り絞った。


「こっ……国外逃亡した魂の友人(ソウルメイト)みたいなものでしょう!?」


言葉のセンスがひどい。

ますます疲労がたまった私は、両手で顔を覆ってうなだれた。


反省していると、ソファーの座面がギシッと鳴って隣にシドが腰を掛ける。


「お嬢のお気持ちはよくわかりました。恋人だと思っていたのは俺だけだったんですね~残念です」


わざとらしく胸に手を添え、傷ついたみたいなアピールが腹立たしい。

むくむくと反抗心が湧き上がる。


「誰かさんが私のことをお嬢って呼ぶから、恋人じゃないと思っていたわ」


「あ」


叔母様たちの前では、つい以前のように呼んでしまうんだろう。


クセが抜けないのはわかっているしそれを今さらどうこう言わないけれど、ちらりと上目遣いに責めればシドはバツが悪い顔をした。


その顔を見ると溜飲が下がった私は、目を閉じて彼にしなだれかかる。


「やっと二人きりになれてうれしい」


顔を見なければ、これくらいは言える。

くてっと身体を預けると、彼は腕を回してそっと私の髪を撫でてくれた。


「ヴィアラ」


ローゼリアを旅立ってから、こんなに落ち着いて心が休まるのは初めてかもしれない。

しばらく無言で寄り添い、幸福なひとときに浸る。


このまま眠ってしまいたい。

そう思ってしまったけれど、ドレスを着替えて髪も(ほど)かなくては。


そっと身体を起こすと、私が離れるのを察知したシドに捕まってしまう。


座った状態で抱き締められ、くすりと笑みが零れる。


「逃がしてはくれないのね?」


額やこめかみに唇を寄せた彼は、私につられて笑った。


「はい、もうしばらくお時間を頂戴したいですね」


「仕方ないわね」


「どうも」


見上げると、幸せそうに頬を緩ませた彼の顔が近づいてくる。

ドキドキする胸に意識がいかないよう、必死で自分の気持ちを制してキスを受け入れた。


「んっ……!?」


もう何度目かのキスだから、私にだって心の余裕が……なんて思っていたら甘かった。


シドは私の後頭部の髪に大きな手を入れ、逃げられないようにして唇を合わせる。深いキスをすると逃げるとわかっていたからだ。


「ん~!!」


話には聞いたことがあるけれど、実際にしてみると動揺して逃げ出したくなった。

助けを求めてジタバタしていると、それを楽しむかのようにさらに舌を絡ませてくるから困る。


眩暈を起こしそうになって脱力すると、ようやくシドは唇を離した。


「ヴィー様、大丈夫ですか?」


後ろ向きに倒れそうな私を支え、シドはちょっと慌てている。

誰のせいでこうなったと……!?


恨みがましい目を向けて無言の批難を送るけれど、とろけるような笑みで返されれば文句は言えない。


「このまま一緒に寝ます?」


「っ!?寝るわけないでしょう!?」


握りこまれていた手をさっと引き、私は急いで立ち上がる。

髪を手櫛で整えると、背後でクツクツと笑いを噛みしめる声が漏れ聞こえた。


「……何よ」


振り向いてそう突っかかると、口元を拳で押さえたシドが目を細めて立ち上がるのが見えた。


「いいえ、あまりに可愛らしくてつい」


その可愛いは、私の求めている可愛いではないと直感で悟る。


「もう着替えて寝るから、シドは自分の部屋に戻って!だいたい、私よりも疲れてるでしょう?早く寝た方がいいわ!」


取ってつけた理由でシドを追い出そうとするが、彼は私のために従おうとする。


穏やかな笑みを向け「おやすみなさい」とだけ言って扉から出て行った。


パタンッと扉が閉まる音がして、私は部屋に一人きりになる。


「…………」


静まり返った空間。

これまでずっとシドと一緒だったから、急に一人ぼっちになって淋しさがこみ上げてきた。


ダメだ。こんな自立できていない精神じゃ、絶対にダメ!


淋しさを振り切るようにきびきびと動いた私は、ドレスから寝間着に着替えてさっさと寝室でベッドに横になった。




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