私は自給自足です
「よし、これでしばらく起きないわね」
倒れているヘンリーを踏みつけ、私はドレスの裾を両手で持って扉へ走る。
自国の王子に続いて、隣国の王にもこの力を使ってしまうなんて予想外だ。
ヒロインならヒーローが助けてくれるのを待てばいいけれど、悪役令嬢はそのあたり自給自足なのね……。
自嘲めいた笑いを浮かべつつ扉に手をかけようとすると、向こう側から人が現れた。
――ガチャッ!
「どうした!すごい音がしたが……!?」
ディミトリ様が飛び込んできて、倒れているヘンリーを見てぎょっとする。
「遅いですよ!?ディミトリ様!」
「す、すまない。五分で踏み込もうと思っていた」
あぁ、それは賢明なご判断で。
私の我慢がそれより短かっただけなのね。すみません。
「兄は近衛に回収させよう」
何があったかだいたいわかったらしい。気絶しているヘンリーを見て、ディミトリ様は嘆くように言った。
「兄が、すまない」
「はい。あ、先王はヘンリー陛下が殺めたそうです。さっきそうご自身で言っておられました」
「っ!?」
ディミトリ様はそこからの判断が早かった。
近衛に命じて、陛下を地下牢へと入れた。もちろん、海で沈まない方の牢へ。
これから尋問し、先王殺しを問い詰めるらしい。
ただし、私とシドが逃げるまでしばらくは眠らせておきたいので、赤の魔導士に命じて睡眠魔法をガンガンにかけておいた。
私は昨夜と同じディミトリ様の部屋で、シドの帰りを待つ。
「兄は教会と懇意にしていた。だんだんと思想が教会側に傾いていき、魔導士を蔑ろにし始めたのはここ五年ほどのことだ。君たちの居場所も、教会から密告を受けたんだと報告が上がっている」
「教会ですか」
どこでバレたんだろう。
教会には立ち寄っていないけれど、街中で見られたか?
でもそれにしては、タイミングが良すぎる。
まるでGPSでも付けられているみたい。
当然、この世界にそんなものはない。
「シドには君から話してくれるか?」
「わかりました。でも、ディミトリ様、あなたはこれからどうなさるのですか?」
せわしなく書類にサインし、手紙を書くディミトリ様に私は尋ねた。
ヘンリーが王を続けることはできないだろう。
先王殺しに、勝ち目のない戦を企てるなんて。しかも魔物を使っての凶行。
黒歴史すぎて、ヘンリーごと闇に葬るしかなさそうだ。
「……」
ディミトリ様は目と目の間を指で押さえつつ、険しい顔をした。
どう、と尋ねられてもまだ思案中なのだろう。
質問に対する答えが返ってくることはなかった。