破壊と証拠隠滅
途中で出会った二人の兵を殴り飛ばし、私は地下牢がある建物へとやってきた。
真っ黒い石造りの塔、この地下にシドはいる。多分。
違ったらまた探せばいい。とにかく、この塔を破壊して、牢を全部確かめようと思った。
「一、二、三、ハイッ!」
――ドォォォォォン!!
右手の拳に魔力を纏わせ、全力で壁に穴を空ける。
そしてそこにあった階段を下りていくと、どう見ても人相の悪い人たちが捕まっていた。
鉄格子には血や汚れがこびりついていて、湿気が多くてにおいがきつい。
「お邪魔しますわ」
丁寧にカーテシーをすると、囚人たちは唖然としてこちらを見ていた。
皆さんの平穏を脅かしてごめんなさいね?
私の右手が、ゆらゆらと炎に包まれているから囚人たちが怯えている。でもこれは魔力であって炎じゃないから、まったく熱くない。
「命が惜しくば、私のことは内密に……」
シーッと口元に指をあてると、彼らはガクガクと何度も上下に首を振った。
まぁこれだけ派手に壊してしまえば、内密にと言っても無理だろうけれど。
さぁ、シドはどこかな?
キョロキョロしてすべての牢の中をのぞくけれど、その姿はない。
牢番が走ってくる足音がしたので、私は隠れてやり過ごす。
「なんだ!?賊の脱走か!?」
「囚人の数を数えろ!牢を確かめるんだ!!」
あら、脱獄と思われてるみたい。
そりゃそうか。普通は自分から牢に入ってくる者はいない。
「シドー?どこー?」
地下一階の最奥までやってきた私は、意外に広い牢獄に苦戦する。
追っ手の足音は増える一方で、さすがにまずいと思い始めた。
そしてその矢先、カツカツとヒールを鳴らして走っていると、屈強な牢番と出くわしてしまう。
――ドンッ!
「きゃっ……!」
ぶつかった衝撃で壁にぶつかった私は、薄目を開けるとものすごく凶悪な牢番に睨まれていた。
あれ、この人の方が犯罪者っぽいけれど!?
「なんだおまえ」
やばい。見つかってしまった。
倒す?
でもふい打ちでなければ、一撃が当たらないだろう。力は魔力で高められるけれど、身体能力はいたって普通の女の子なのだ。
この二メートルくらいある屈強な人に勝てるか……?
動揺で目が泳ぐ。
逃げなきゃ。
でも、とても逃がしてはくれなさそうだった。
「きゃあっ!」
腕を掴まれて、壁に身体を押しつけられる。
「おとなしくしろ!どこから入ってきた!」
えーっと、壁からです。破壊して入ってきました、とは言えない。
背中にひねられた腕が痛い。
ぎゅっと目を瞑って顔を顰めていると、聞き慣れた声が地下牢に響く。
「お嬢に触んな」
「んあ?」
――ゴスッ!!
鈍い音がして、掴まれていた腕がふっと自由になった。
私を捕らえた男は、シドに蹴りを食らって壁まで吹っ飛んでいる。すでに意識はない。
「シド!」
「何やってんですかお嬢!あぁっ、無事!?どこも痛くない!?」
「元気よ!ごめんなさい!」
鶯色の軍服を着ているシドに、全力で飛びつく。首元に腕をまわして抱きつくと、しっかりと支えてくれた。背中に回された手が優しく添えられる。
「ダメじゃないですか、こんな破壊活動したら!何かあったら……!だいたいディミトリ様は何をやってるんです!?」
「え?あの人?投げちゃった」
「投げた!?」
「だって……」
腕を離して上目遣いで説明すると、シドは半眼で私を睨む。
心配して駆けつけたのに、そんな反応ってある!?
「絶対に許せないって思って、それで」
「はぁ~~~」
特大のため息をついたシドは、右手で頭を掻く。
「ディミトリ様は味方です。俺が交渉しました」
「はぃ!?」
「とにかくここを出ましょう。もろもろ隠蔽します」
そこからのシドの行動は早かった。
私をさっと横抱きにし、天井に穴を空ける。そこから地上に出ると、穴を塞いで塔の裏側に走った。
抱き上げられているだけの私は、どうすることもできずにただ固まっている。
水色の髪がさらさらと潮風に揺れ、久しぶりのシドの匂いに涙がじわりと滲んだ。
あぁ、生きていてくれてよかった。
また会えた。
私が感動に浸っている間に、シドは破壊された壁を瞬時に魔法で塞ぎ、集まってくる兵に幻術を使って森の方へと誘導する。
「囚人が逃げたぞ!!」
「追え!追えー!」
どうやら、脱獄があったということに偽装するらしい。
あれ、何人かは本当に逃げたみたい。
シドは別の壁にも複数の穴を空け、そこから逃げたようにも見せかけた。
手口が鮮やかで、「前にもやったことある?」と聞きそうになるが今は聞かないでおく。
「さ、ディミトリ様の部屋に行きましょう」
「ディミトリ様の!?」
「はい。あそこは安全地帯です」
シドは私を横抱きにしたまま、スピードを上げて走る。
屋根や手すりを伝い、ぴょんぴょんと軽快に四階まで上がった。
あまりにも身軽で惚れ直してしまった。
バルコニーでようやく下ろされた私は、シドにドレスの裾を手で掃われて浄化魔法をかけられる。
もしかして、牢のにおいがついていたんだろうか……?
ちらりとシドを見ると、にっこり微笑まれた。
「そのドレス、お似合いですよ」
「え?あ……」
私が返事をする前に、右手を取られて甲にキスをされる。
「っ!」
彼はそのまま私の手を握りスマートに誘導し、無言で窓を開けて部屋の中に入った。
ここがディミトリ様の私室らしい。
さっき私に投げられたディミトリ様は、待ち合わせたかのように部屋の中にいた。
ソファーに座り、私を見ると苦い顔で出迎える。
「さきほどはどうも」
「あはははは……、失礼いたしました」
投げちゃったもんね。ちょっと不機嫌そうなのは仕方ない。
「申し訳ございませんでした。つい頭に血が上って」
「謝罪は受け取っておくよ。時間がないから本題へ……座ってくれ」
私たちはディミトリ様に促され、彼の正面の長椅子に座った。