ファンブルのお国事情
私がファンブルの砦に軟禁されて、早三日。
海に面した塔から出ることはできないけれど、その中は比較的自由にウロウロしていた。
見張りは部屋の前に、赤の魔導士が二人。そして騎士が二人。
私付きの侍女は、六人が二人ずつの交代でやってくる。
予想通り、私は「何もできない非力なご令嬢」と思われているらしい。
だからこそこの程度の見張りの数で済んでいて、拘束具すらつけられてはいない。ただここに住んでいるだけだ。
ごはんもおいしいものが三食提供されるし、基本的に欲しいものは用意してあげると言われている。至れり尽くせりの優雅な軟禁生活である。おかげさまで、本気で逃げようと思えば逃げられる。
弱いと思われていた方が得なので、素手で岩盤を破壊できることは絶対に言わない。まさか、バロック殿下の内臓損傷は私の仕業だとは言えない。いらぬ風評被害は避けたいしね……。
本日の晩餐は、二日ぶりのヘンリー陛下と第二王子・ディミトリ様と一緒だ。
ディミトリ様は騎士団に所属しているそうで、本来この砦は彼の管轄らしい。
ヘンリー陛下と違い、下々の者にまでお優しいと侍女たちからの評判は上々。
王族だから評判を鵜呑みにはできないけれど、彼は兄であるヘンリー陛下がローゼリアに攻め込もうとしていることをどう考えているのか、それは知りたい。
もしかすると味方になってくれるかも、なんて淡い期待を抱いてしまう。
「ディミトリ様は、第一側妃様のご子息でしょう?」
「はい、そうでございます」
シドの父である先代王リシュケルは、三年前に病死している。
ヘンリー陛下の母である皇太后様が正妃。第二王子のディミトリ様の母は、第一側妃様だ。
あと五~六人の側妃、それから数えきれないくらい愛妾がいたというけれど、先代王が死去した今、権力を持っているのは皇太后様と第一側妃様のみ。
夫が生きている間は栄華を極めるが、亡くなると衰退の一途をたどるのが切ないよね。
「年はおいくつ?どんな方か、晩餐の前に知っておきたいの」
私がそういうと、侍女たちはうれしそうに話してくれた。よほど人望と人気があるらしい。
「凛々しく逞しい方ですわ。二十三歳で、未だにお妃様はおられません。側妃様を七人お持ちのヘンリー陛下と違って、誰も女性をおそばに置いていないところがまた素敵で……!」
「陛下って七人も側妃がいるの!?」
「はい。あ、ヴィアラ様がファンブルの正妃になられるのであれば、失礼ながらある程度の御心積もりが必要かと」
「あぁ~、そうね。ローゼリアは一夫一妻ですものね」
でも大丈夫。正妃になんて絶対にならないから。
侍女たちには言えないけれど、例え側妃様たちがいなくても私はヘンリー陛下みたいな愚王に嫁ぐのは嫌。
せっかくバロック殿下から逃げられたのに、なんで隣国の愚王の正妃にならなきゃいけないの。この世の果てまで逃げてやる!
お喋りをしつつ、私は晩餐のためにどんどん飾り立てられて行った。
あ、頭が重い……!
このティアラ、一体どれだけ宝石がついてるんだろう。
煌びやかすぎて目が痛いわ。
「よくお似合いです」
「ありがとう」
淡いクリーム色のドレスにシルバーの装飾品。
まさか国外逃亡してまで、これほど豪華なドレスを纏うことになるとは。
しかも見てもらいたいシドが隣にいない。
ひどいことされていないかな。食事や水はきちんと摂れているかな。
紫だから利用価値があるってヘンリーは言っていたから、殺されることはないだろうし、シドのことだからきっと飄々としているはず。
どうにかしてシドの居場所を見つけて、一緒に逃げないと。
「さぁ、ヴィアラ様。まいりましょう」
「ええ」
自国の王が恐ろしいことを企んでいるとも知らず、私がただのか弱い令嬢ではないとも知らず、献身的にお世話をしてくれる侍女たちを見ると胸がちょっぴり痛む。
でもごめんなさい。
私はファンブルにいるつもりはないの。
ぐっと扇を握りしめ、私は晩餐という戦場へと向かった。