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わんこがうちに来た理由

窓の外には、オレンジ色と紫の混じった美しい夕焼けが広がっている。

宿の一階からはひっきりなしに宿泊客がやってくる声が聞こえていて、だんだんと賑やかになってきた。


私たちは部屋に二人きり。ベッドに並んで座り、重ねた手は互いがいなくならないように繋ぎとめているようにも思えた。


「俺が母と別れたのは、四歳のときです。ここから南に行ったところにある、ウェルヒネスタという街に住んでいました。ほとんど記憶はありませんが……」


シドがファンブル出身だったなんて、全く知らなかった。

お父様がある日突然連れて帰ってきた少年で、私にとってはそれで十分だったから。


彼の話によると、お母様と二人で暮らしていた平穏な日々は突然現れた父親の使いによって消え去ったという。


「母は聖属性魔法が使える聖女で、父とは内縁とも愛人とも言えないような……父が一方的に母を囲ったんだと聞きました。でも父には妻子がいて、新しい愛人も増え、母は隙を見て逃げたと」


「えーっと、その父っていうのはまさか」


ファンブルで聖女を囲えるような身分。そして、その父親の血を受け継ぐシドは全属性の魔法を使える。考えたくないけれど、思い当たる可能性は……。


「先代国王のリシュケルです」


「っ!?」


国王の落胤(おとしだね)ってこと!?


「この国の法では、平民の母を側妃にすることはできません。愛人として秘かに囲うので限界かと。それに二人の間に愛情なんてものはなかったようです……。このあたりは詳しく知りませんが、後宮での暮らしに耐えかねた母が人知れず逃げ出したのは事実で、俺を身ごもっていることに気づいたのは逃げた後だったそうです」


「それじゃ、お母様は一人でシドを産んだの?」


シドは黙って頷いた。

望まぬ愛人生活で子どもを身ごもったのに、きちんと愛して育ててくれた母。シドは四歳までそんな母の元で育ったのだが、ある日突然迎えが来たのだ。


「その頃、この国はローゼリアへ王族を一人、人質として送らなければいけなかった」


シドの存在を知り利用できると思った国王は、強引に彼を連れ去った。


「それからは一度も母と会っていません。一年間は礼儀作法や言葉遣い、剣や魔法を学び、その後ローゼリア王国に人質として送られて……」


ローゼリア王国には、近隣諸国の王侯貴族の子どもたちが暮らしている。人質として自国の王族や有力貴族の息子を差し出すのは、よくあることと言えばよくあることだけれど、まさかシドがそうだったなんて……


「父は俺の存在を知り、大事な跡取りの代わりに使えると思ったのです。現国王であるヘンリーは正妃の一人息子で、側妃の産んだ男児はいますが、彼らを差し出すのは後ろ盾である高位貴族が許さない。俺の存在はちょうどよかったんです。五歳のときにローゼリア王国に送られた俺は、三年間は王城で暮らしていました」


私とシドが出会ったのは、私が五歳で彼が八歳のとき。


「私のお父様がシドを連れ帰ってきたときまで、お城にいたのね」


「はい。ファンブルは政治的に重要な国ではありませんから、俺の扱いはひどいものでした。他の人質の子どもたちともなじめず、あの頃は身体が小さかったから嫌がらせも多くて。魔法の才はあると言われども、使いこなせなくて自暴自棄になっているときに、ヴィー様の父上であるサイモン・マーカス様に拾われました」


お父様。

王城で拾ってきたって、本当に拾ってきたんですね……。


私が「犬が欲しい」って言ったら「犬っぽい少年を拾ってきた」と、堂々と言ったお父様。ちょっと変わった人だなって五歳児ながらに思っていたけれど、やっぱり父はおかしな人だった。


「お父様はいじめられているシドを見て、連れて帰ってきたっていうこと?」


「えーっと、その辺りは非常にお伝えしにくいのですが、サイモン様は犬っぽい俺をお嬢に差し出せば機嫌が取れると本気で思っていたようです」


「お父様ぁぁぁ!!」


申し訳なくて泣きそう。

ごめんシド、お父様が変人で!


苦笑いのシドは「大丈夫です」と言ってくれたけれど、失礼にもほどがある。


「馬車の中で懇願されました。『娘に犬が欲しいって言われて困ってるから助けて!』と、拝み倒されて」


「拝み倒したの!?」


「はい。願いを叶えられなくて、嫌われたくなかったそうです。まぁそんな感じでファンブルからローゼリアに来たんですが、故郷を離れてもう十六年にもなるので愛執(あいしゅう)があるのかというとありません」


「それは、わかるけれど」


お母様には会った方がいいのでは。きっと心配してるだろう。

私に子どもはいないけれど、親子が引き裂かれるのは身を千切られるくらいつらいことだって使用人の一人が言っていた。


世の中には色々な事情で一緒に住めない親子がいるけれど、突然息子を奪われるなんてとてつもなく悲しいと思う。


「もう十六年ですから。きっと母は会っても俺だとわからないでしょうし、三年前くらいだったか母は再婚して子どもがいるとイーサン様から聞きました。弟のことは興味本位で見てみたいような気もしますが、今さらウェルヒネスタを訪れて母や弟に会う必要性は感じません」


「シド……」


わざと何でもないことのように明るく話すところが、余計に私の心を波立たせる。


会いに行きたい。お母さんにシドを、シドにお母さんを会わせてあげたい。

あぁ、でも「大事な息子さんは私のせいで逃亡中です」って言える!?詫び状くらいは持って行った方がよさそう。


しかしここで私は重要なことに気が付いた。

人質って、その国の管理下にあるから意味があるのでは。うちにいてよかったんだろうか。


「ねぇ、そもそも人質だったシドを勝手に連れ帰ってきてよかったの?」


いくらマーカス公爵家といえど、他国から預かっている人質を連れ帰るなんて。


「平気です。国王陛下にチェスで勝って、『殺さないならいいよ』って言われたそうですので」


「ほんっっっとうに人の命を何だと思ってるの!?」


「俺は庶子なので。正統な後継者じゃない分、人質としての価値も低いですからね~。ファンブルでの身分も平民です。ただ、俺はマーカス公爵家に引き取ってもらえて助かりました。身を守る術を知りましたし、学園にも通わせてもらったし。何よりヴィー様に会えて、将来を誓い合えるなんて」


うん、まだ誓い合っていない。

私がぐずぐずしているせいでね!


「俺のことはお気にせず。ニースにこだわったのは確かにファンブルを避けたかったからですが、叔母様であるリサーナ夫人の元で暮らした方がいいと思います。また貴族令嬢の暮らしができるんじゃないでしょうか?」


「私は貴族令嬢の暮らしがしたいわけじゃない」


ただ、シドと一緒にいたいだけ。

宝石もドレスも、大きな邸もいらない。二人で協力し合う暮らしの方がずっといい。


それに、叔母様のところでお世話になったら政略結婚させられる可能性がある。

無理強いはしないだろうけれど、タダでお世話になるのは私の気持ちが無理だ。


「シドはこれからもずっと一緒にいてくれるんでしょ?だったら約束通り、ニースまで責任持って連れて行ってよね」


「ヴィー様……よろしいのですか?」


「よろしいも何も、行き先を決めるのはこの私よ!逃げてるのは私なんだから」


「ニース行きは俺が決めましたけれど」


「は、発案者ってだけで、決定権は私だから!」


そう、決して流されたわけではない。「シドが一緒ならどこでもいいや」とかそういう理由で決めたわけではない。


「とにかく!私はニースで土地勘も何もないから、シドがちゃんと支えてくれないと困るんだから!」


偉そうに支えてくれ宣言した私を、シドが唖然とした顔で見つめる。


「何よ……、何とか言ったら?」


甘いムードにはほど遠いけれど、私の本気はこれで伝わったんじゃないかな!?

好きって言ってないけれど、ずっと一緒にいたいという気持ちは伝わったんじゃないかな!?


上目づかいで睨んでいると、弾かれたようにパッと手を離したシドに一瞬で腕の中に巻き込まれる。


「うわぁぁぁ!!」


色気のない叫び声をあげる私。

女死力がすごい。長年築き上げてきた公爵令嬢の皮を被ることができない。


もがいても逃げられないほど彼の腕の力は強く、しっかりばっちり抱き締められて苦しい。


「ヴィー様、愛してます。好きです。俺だけを見てください」


見てる!見てるから!

目が腐り落ちそうなくらいには見てるし、まぶたの裏で残像を楽しめるくらいには覚えてる!!


「やめてっ、お願いちょっと放して!いきなりのハグは無理!」


放して欲しくてボコボコ拳を叩きつけるが、シドは痛がりもしない。そして抱き締められたままである。


「ニースに着いたら二人で暮らせる家を探しましょう。俺が働くので、ヴィー様はだし巻きたまごだけを作ってください。ほかの料理は俺がします。絶対に何もしないでください」


ん?遠回しに料理するなって言われてる?まずいの?ねぇ、私の料理はまずいの?

まだ何も作っていないのに。


頭に頬ずりされて、犬に懐かれているみたいだ。耳としっぽが見える気がする。この人、本当に犬なのかも知れない……と思った。


「やり方はともかく、お父様に感謝しなくちゃね」


お父様の目に狂いはなかった。

私は可愛くてかっこいい、最強の魔導士わんこをテイムしたのだ。


おそるおそる彼の背中に手を回すと、想像以上に堅くてがっしりしていて、男の人みたいだ。男の人なんだけれど……


よしよし、と言いながら背中を撫でれば、甘えるようにすり寄ってくる。


どうしてくれよう、このかわいい人を。


「この髪はお母様似?」


そっと髪に触れると、シドがくすぐったそうに目を細めた。


「はい。俺の髪も目も母似です。体格は多分違いますが、容姿は母によく似ていると思います」


多分ですが、と付け加えたシドは何となく淋しげに見える。


「シドがいてくれて、生まれてきてくれてよかった。お母様にお礼を言わないと」


「そうかも……しれませんね」


私たちは、カバンの中から通信セットの着信音が鳴り続けるのも気にせず、長い時間を抱き合って戯れて過ごした。



本作は「第2回異世界転生・転移マンガ原作コンテスト」大賞受賞作品で、

2021年7月15日に書籍版が刊行です!


挿絵(By みてみん)

(ISBN:978-4047364998)

著:柊一葉

イラスト:iyutani先生

キャラクター原案:じろあるば先生


アニメイトさんをはじめ、全国の書店、ネット書店などで発売中です。

応援よろしくお願いいたします♪


※書籍化にともない大幅改稿・両片想いのドキドキ大増量につき、書籍版とWeb版は内容が異なります。



12月2日刊行!

『嫌われ妻は、英雄将軍と離婚したい!』

(ISBN:978-4758094191)


挿絵(By みてみん)


一迅社・アイリスNEOさんより発売です。


イラストは三浦ひらく先生。

アニメイトさんなどで予約受付中です♪


大型書店さんでしかお取り扱いがないと予想されますので、ご予約がおススメです。アニメイトさんなら特典SSが通販でもゲットできるので、在庫限りではありますがご利用くださいませ♪


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