私の知らないシド
通信セットから聞こえてくるお兄様の怒声が落ち着いた頃、私は白目のシドを横に除け、お兄様に話しかけた。
「心配かけてごめんなさい。昨日は野営だったの」
今朝は通信できたよね、っていうのはあえて言わない。
「ヴィー!元気にしてるか?困ったことはないか?お金は足りているか?」
あれだけ金貨も銀貨もたんまりと渡しておきながら、お金の心配までされるとは思わなかった。
私は苦笑いで返事をする。
「大丈夫。シドがとてもよくしてくれていて、初めての野営も安心して眠れたから」
安心しきって、彼の太腿の上にだらんと乗っかって眠ったことは忘れたい。
「まったく、ファンブルに行くっていうから叔母上にも水晶で通信を入れたのに、なぜあえてニースに行くんだ。戻ってきたガリウスに行き先変更を聞いて驚いたぞ」
「ファンブルは情勢が不安だってシドが」
「それはそうだが、ファンブルだって叔母上の住んでいるカラシア地方なら平和で安全だぞ?あそこは三方を山に囲まれた自然の要塞だからな」
え?そうなの?
シドをちらりと見ると、斜め上に視線を投げて気まずそうな顔をしていた。叔母の家は安全だってわかっててもなお、ニースに行こうとしたってことよね。
「シド~?」
これは問い詰める必要がありそうだ。
「どうしてファンブルに行きたくないの?」
「行きたくないわけでは……。イーサン様!ニースの方が安全ですよね!?」
さっきまで叱られていた兄に、助けを求めるみたいに尋ねるシド。が、お兄様はけろっととんでもないことを口にした。
「ニースは確かに安全で、議会制だから平等な国だ。でもシド、おまえはファンブルで家族に会わなくていいのか?」
「イーサン様ぁぁぁ!!!!」
――バタンッ!
あ、通信を切った。
そしてまた通信セットが光り、音が鳴り出す。すごい速さで再連絡が来た!
――ピッ……。
しかしシドはそれを容赦なく切った。
せめて出ようよ、私のお兄様なんだから。
まぁ、あっちには後で繋ぎなおすとして。
ファンブルに家族ってどういうこと?
シドの顔を半眼で見ると、ものすごく苦い顔をしている。
言いたくないのかな。
言いたくないんだろうな、今まで一度もそんな話をしなかったもん。お母様が健在だって話は聞いたことがあるけれど、どこにいるのか、どんな人なのか、シドの家がどんな暮らしをしているのかはまったく知らない。
「ねぇ、家族がファンブルにいるってどういうこと?」
纏う空気が変わったシドは、しばらく無言を貫いていた。
私は話してくれなくてもいいと思っているので、お茶を淹れたり荷物を整理して、彼が何でもいいから言葉を発するのを待つ。
「ヴィー様」
「ん?」
顔を上げたシドは、めずらしく真面目な顔をしていた。
私は通信セットを片付け、ベッドに座る彼の隣に腰を下ろす。
シドは膝の上で固く拳を握りしめていて、そっとそれに触れると冷たくて。温めようと両手を重ねると、くるっと上下を返されて逆に握りこまれてしまった。
「俺には、ファンブルに家族がいます」
「そう……」
「母と、再婚相手と、その人との間に生まれた弟がひとり。ですが、再婚相手や弟には会ったことはありません」
低い声が静かな部屋に響く。
感情をあえて含まないようにしているのか、シドは淡々と言葉を続けた。