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異世界で食べるだし巻きたまごはうまい

ひとまずファンブルを目指して馬を駆けた翌朝、私はとんでもない体勢で目が覚めた。


シドにもたれながら座って眠ったはずが、起きたらぐったりと脱力してシドの太腿に上半身を乗せていたのだ。


そして私の肩には、彼の手が添えられている。

初めての野営とはいえ、こんなに安心しきって眠ってしまうとは我ながら図太いと思う。


きっと悪役だからだ。

図太いのは悪役だから。そうに違いない。


そぉっと身を起こすと、シドがすぐにパチリと目を開けた。

気づきたくなかったけれど、彼は眠るというより瞑想に近い状態であって、私みたいに油断しきってぐっすり寝たわけではない。


職業が護衛なんだから当然といえば当然だが、私の国外逃亡に付き合わせたことによって、彼から安眠というものを永遠に奪ってしまったのではないか……

まずい。過労死してしまう!


「おはようございます、ヴィー様」


「おはよう……、シド、おやすみなさい!」


「は!?」


毛布をかぶせ、無理やり寝かしつけようとしてみた。

が、力で敵うはずもなく。


「寝て!今すぐ寝て!私が見張りをしているから!!」


「寝ました!寝ましたから!!」


ぐぐっと毛布を押し合う私たちは、互いに引かなかった。

寝てないくせに力あるなぁ!


「うわっ」


必死で押していると、シドがふいに力を抜いたので私は毛布ごと彼の身体めがけて飛び込んでしまった。


「もう起きてます!元気ですから!」


私を抱え込んだシドがぎゅうっと毛布で丸めてきた。簀巻きにされる寸前である。


「マーカス公爵家の護衛は、ちょっとやそっとで弱りませんから大丈夫です」


「そうなの?」


「はい。お嬢がそんなに強いんだから、護衛はもっと強いと認識してもらえれば」


何だか腑に落ちない。

しかもまたお嬢呼びに戻ってるし。私はさっと立ち上がり、スカートを手で(はら)った。

毛布を折りたたむシド。寝起きでも凛々しい顔つきに、ときめきつつも嫉妬心が湧き上がる。


「ねぇ、シド。私だけ寝ちゃって悪いからせめて朝ごはんは作らせて」


「ヴィー様が料理?」


不安そうな声だな……。

まぁ、そうでしょうね!私が料理するなんて思わないよね、公爵家のご令嬢だもの。料理は料理人がするものだから、仕事を奪っちゃいけない。でももう、料理人はいないから自分のことは自分でやらねば。


私はボストンバッグから、四角いフライパンと厚手の麻袋を取り出した。


「じゃじゃーん!」


「それは?」


目をパチパチと瞬かせるシド。

私は自慢げに宣言する。


「だし巻きたまごセットです!」


少ない荷物の多くを占めていたのは、このフライパンと卵、昆布の入った袋である。

真っ白な卵は肥満鳥と呼ばれる鶏卵で、手のひらいっぱいくらいの大きさがある。この大きなサイズが異世界スタンダードなのだ!


「だし巻きたまごって、あれですか?まかないでたまに出てくる」


「ええ、あれです」


ヒロインのククリカが売っていたお弁当を食べてから、私はずっとだし巻きたまごの研究に勤しんできたのだ。

料理人にもレシピを教えて、邸での食事にも頻繁に出てくるメニューになっている。


邸を出たらもう食べられないのか、と思ったら淋しすぎるので一式を持ってきてしまった。


シドに火の用意をお願いして、昆布で出汁(だし)をとり、卵を木の椀に割ってかき混ぜる。


「さぁ!作るわよ!!」


フライパンを火にかけて熱すると、いよいよだし巻きたまご作りのメインだ。


油をひかずとも卵がくっつかない特製のフライパンは、道具作りに詳しいお兄様の知り合いであるドワーフ職人に作ってもらった。


ふっ……、武器職人にフライパンを作らせるなんて、とんでもない悪役である。多くの戦士が求める技術を、私利私欲のために使ってやった。


でも「矜持を捨てることになったらごめん」と思ったので、お金は多めに払った。

そして酒とつまみも大量に送っておいた。


お礼にと、フライ返しと散弾銃、ミスリルナイフなどが届けられたときは困惑したなぁ。


思い出に浸っていると、シドが横からおそるおそる口を開く。


「たった三十分しかない邸での準備に、フライパンと昆布と卵……?そこまでしてこれを持ってくる価値が……?」


シドが不審者を見る目を向けてくる。


「もっと他に持ってくるものあっただろう」と目が言っている。

でも私にとっては、これが絶対的な必需品だったのだから仕方ない。


ジュウジュウと卵がこんがり焼ける音がして、ふわりと出汁(だし)の香りがする!昨日はロクに食べずに眠ってしまったから、匂いだけで唾が出てきてしまう。


ドワーフ製のフライ返しで丁寧に巻いていき、あっという間にだし巻きたまごが完成した。


「できたっ!!」


「ヴィー様が、本当にたまご焼きを作った」


「失礼な。これくらいできます」


ちょっと形は悪いけれど、おいしいだし巻きたまごができたと思う!

シドが大きめの葉を魔法で洗浄し、それを皿の代わりにしてだし巻きたまごを載せる。


「すごくいい匂いがします!うまそう!!」


シドが喜んでいるのが一番うれしい。そういえば初めての手料理だ。初めても何もこれしか作れないけれど、これからは二人で一緒に料理をして庶民的なおいしいものを知っていきたい。


カップにスープを入れて、私たちは朝食を仲良くいただいた。


「うわっ!うまい!!これ、弁当屋で食べたのよりおいしいと思います!」


「焼きたてだからよ!焼きたてのだし巻きたまごは、感動するほどおいしいんだから!!」


野営して身体はちょっと痛いし、朝露でちょっとブーツは湿気てるし、これから国外逃亡だなんてなかなかの境遇なのに、私は今とても幸せを感じている。


「ヴィー様が料理を……!記念日ですね~」


しかも、すぐ隣には大好きな人がいる。

ちょっと前までは考えられなかった距離感で、私だけがその笑顔を見ている。


なんて幸せなんだろう。


「そういえば邸の食事に出てきた、チーズ入りのだし巻きたまごもおいしかったですね。どこかでチーズを手に入れたら、あれが食べたいです」


「そうね!チーズ入りもがんばって作るわ!」


シドが荷物から出したパンを食べ、だし巻きも完食したら歯磨きをする。今さらながら、顔も洗った。髪を梳かして一つにまとめ、草をはむはむしていた馬をブラッシングして野営の痕跡を消す。


「行きますか」


いつも通りの明るい笑みを向けてくれるシドは、一緒に来たことをこれっぽっちも後悔していないみたいだ。

私もつられて笑顔になる。


魔法でふわりと身体を浮かされ、馬上にそっと乗せられた。


「よっと」


シドは私の後ろに飛び乗り、手綱を握る。


「夕方には国境沿いの街に着くと思います。追手がかかるなら今朝からだと思うので、ちょっと急ぎましょう」


「ええ、お願い」


陽が昇ってまもない早朝。

森の木々の間から、キラキラとした木漏れ日が降ってくる。私たちの逃避行は再び始まった。


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