拡大解釈が過ぎる男
なんでも何も、マーカス公爵家に雇われているんだから、今後は当主である兄を守るのが当然だろう。
互いにじっと見つめ合い、揃って「こいつ何言ってるんだ」という顔をする。
「だってこれからは、お兄様に仕えるんでしょう?私はもうシドを雇える身分じゃないし。ただの落ちぶれ娘のヴィアラになるのよ」
「ただの落ちぶれ娘がそんなに金持ってませんって」
「あ、本当だわ」
確かにそうだ。私のバッグには、お兄様が持たせようとした半分の金額ではあるけれど、それでも家が一軒買えるくらいの硬貨がある。
「このお金でシドを雇えってこと?」
それならありか……
え、ついてきてくれるのかな?
しかし彼は苦笑した。
「お嬢から金を取ろうなんて思ってませんって」
「じゃあどういうこと?」
顎に手を当てて真剣に考えていると、私の両肩に彼の手が添えられてぐっと掴まれた。
「ヴィー様、俺はすごいことに気が付きました」
「え?何?」
段々と薄暗くなる空。もう出発の時間が迫っている。
シドの顔を見上げると、喜びと困惑が入り混じった表情で私を凝視していた。
「もうただの落ちぶれ娘ってことは、俺にもワンチャンありますよね!?」
「はぁぁぁ!?」
なんだそれ!?
チャンスがあるかってことよね!?どういうこと!?
「俺、決めました!お嬢を嫁にします!」
「ちょっと待てぇぇぇ!」
狼狽える私に構わず、シドはぐいぐい詰め寄り、スッと膝裏に手を差し入れて横抱きにした。
「ぎゃああああ!」
令嬢らしからぬ悲鳴を上げるが、シドはトンッと地面を蹴ると幌馬車の中に乗り込む。
そしてすぐに御者に向かって出発を告げた。
「はい!行って!今すぐ出して!」
「あいさー!シドのアニキ、どこまでもお連れいたしやす!」
なぜだ。明らかにシドの方が年下なのに、なんでおっさんにアニキと呼ばれているんだ。
幌馬車のクッションの上に座らされ、私は茫然と御者台を見つめる。
え。
シド、何て言った???
「ワンチャンありますよね」からの「嫁にします」って宣言した?
え、どういうこと?
私、シドに告白されたの???
あれ?でも好きだって言われていないよね。
頭の上に疑問符が次々と浮かぶ。
心臓がドキドキと鳴っていて、息がしにくい。
シドはうれしそうに御者台に身を乗り出していて「いけいけ~」と楽しげな声を上げている。
「ちょっと」
「はい、何ですか?お嬢」
何ですかって、人を混乱に陥れといて何を言っているんだ。
だいたいプロポーズなら、もうちょっとロマンティックでキュンと来る感じのはなかったのかと言いたい。
「シド!」
「はい?」
シドはようやくこちらを振り向き、私の前で片膝をつく。ペタンと荷台に座った私は、恥ずかしさで真っ赤になりつつ尋ねた。
「あなた本気で私と一緒に来るつもり?これからどんな暮らしになるかもわからないのに」
正気だろうか。
国を追われる女に求婚だなんて。
しかし彼はあっけらかんと言い放つ。
「はい。もちろん」
「わかってるのよね?ファンブルに亡命するのよ?」
「あ、それは中止で。行き先はニースにします」
「はぃぃぃ!?」
いつのまに!乗る船を変えるってことよね!?
「お兄様にはファンブルに行くって言っちゃったのに!」
「大丈夫です、後でこいつに言づけますから」
シドは御者を指差して笑う。
これってお兄様的には誘拐なんじゃ。
あ、でも一応、家出って扱いになるのよね?
はっ!もしかして!
「これって駆け落ちになる……?」
なんか恋愛小説みたい!
ちょっとだけ照れる。
「え?違いますよ。今のところ誰にも引き止められていませんから、駆け落ちではありません」
え?そうなの?
困惑していると、シドはローブの内側をごそごそと漁り、一通のメモを取り出した。そこには見慣れたお兄様の字で、こう書いてあった。
『妹をよろしくね!』
これって、護衛をやってという依頼よね?どう見てもそうとしか思えない。
メモを手にしてシドを見つめると、彼は二ッと笑って言った。
「このよろしくっていうのは、『未来永劫よろしく』だと解釈しました!つまりは結婚の許可が下りています!」
「拡大解釈が過ぎる!!」
お兄様は結婚しろなんて一言も言ってないし、微塵も思っていないよね!?
あわあわオロオロする私を見て、シドは満面の笑みを浮かべている。
「さっきの嫁にするっていうのは、本心ってこと……?」
「ええ、もちろん」
あっさり!大事なことなのに、ものすごくあっさり言ってくれたね!?
まさか両想いだなんて、思いもしなかった。
唇が震え、顔に熱が集まってくるのがわかる。
「お嬢」
ただ、シドが急に私の前に右手を出して何かを制した。
揺れる馬車の中、私たちは見つめ合う。
「シド……?」
「わかっていますから!お嬢が俺のこと、護衛としてしか見ていないのはわかっていますから!!」
は?何を言っているんだろうか。
まさか……まさか……
私の気持ちはこれっぽっちも伝わっていない!?
こんなに好きなのに?
毎日餌付けしてたのに!?
「俺、お嬢が惚れてくれるまで待ちますから!大事にします!」
「はぁぁぁぁ!?」
「婚約者に不貞を疑われないように、これまでどの男とも接触してこなかったですもんね!だから、恋とか愛とかわからないっていうお嬢の気持ちはわかってますから!」
いや、どうしてそうなったのかまったくわからない。
私はあなたとしか接触していませんでした!
そしてあなたのことが好き!
恋か愛とかわかってます!
「ひぃっ!」
ぐいぐい迫ってくるシドは、私の両手を自分の手で包み込み、キスでもしそうな距離で訴えかけてきた。
「これからも、ずっと一緒です!時間はたっぷりあるから、がんばって俺に惚れてください」
「は、はい……!」
がんばって惚れてくださいって何!?
「けっこう苦労させると思うんですけれど、まぁそのへんは二人でなんとかしましょう!」
「そこは嘘でも『苦労させません』って言いなさいよ!」
「苦労させません」
「遅っ!今さらおっそ!!いいわよ、苦労くらいするわよ!私のせいなんだから苦労上等でいきましょう!……あ」
頭がくらくらする。叫びすぎた……!
こんなことで卒倒するほど気弱なご令嬢じゃないけれど、実は王子を殴ったときに魔力を使いすぎていた。
眩暈もする。もうダメだ。
「お嬢?」
「ごめん、ちょっと寝る」
言い終わるよりも先にふらっと身体を倒した私は、シドの腕に支えられた。港に着くころには回復しているだろうから、シドに「好き」って言えるかな。
「お嬢、ゆっくり休んでください」
優しい声。
あったかい腕に包まれて、私は目を閉じた。