フラグと殿下も折りました
苦しむ殿下を放置して、私はさっさと儀式の間を出る。
やってしまった。
フラグを折るつもりが、殿下を二つ折りにしてしまった。
とてもきれいな二つ折りで、銅像でも作ってあげたいくらい。
それにしても、もっとスマートな婚約解消はできなかったのか?
まぁ、やってしまったことはどうにもならないから今後のことを考えよう。
平穏な日々にはもう戻れないけれど、驚くほどスッキリしていた。
「ヴィアラ嬢?おや、殿下は?」
扉の外にいたノア様が、驚いて私を凝視している。
「殴っちゃった!婦女暴行を働こうとするから、正当防衛よ!殿下は中で倒れてるわ」
「殴った!?」
ノア様は一つに結んだ銀髪が飛び跳ねるほど、すごい勢いで駆け寄ってきた。
「手を浄化しましょう!」
殿下を汚物扱い!
私は両手をノア様に取られ、なぜか聖属性の浄化魔法をかけられる。
「ノア様、殿下のことを死なないけれど動けないギリギリ程度に回復して欲しいのです。私はすぐに街を出ますから、その時間稼ぎをお願いしてもよろしいですか?」
私の言葉に、ノア様のきれいな顔が悲壮に歪む。
昔からそう。ノア様は私に甘いというか心配性というか、優しい人なのだ。
そしてメンタルが不安定である。
「はわわわわ……なんという悲劇!!教会内で婦女暴行未遂が発生するなんて、私の落ち度でございます!お詫びとしてこの魂を」
怖い!なぜ第三者の方が取り乱しているの!?
「いえ、不要です。悪いのは王子なので」
「だとしても!責任は神官長である私にございます。このノア、この先は何があってもヴィアラ嬢の味方であるとお約束します!」
「わぁ、うれしい!それじゃ、時間稼ぎお願いね!もうこの国にはいられないから、隣国にでも逃げるわ」
「えええ!?」
狼狽えまくるノア様は震える手つきで自分の長い袖の中を探り、白い宝石を取り出して私に握らせた。
「これはきっとあなたのお役に立ちます。持っていてください」
え、何これ、異世界版の詫び石?
よくわからないけれど、役に立つというならもらっておこう。
私はもう一度お礼を言って、ノア様から離れた。
「ありがとう、ノア様!」
「どうかご無事で……!」
ノア様は涙ぐみつつも、バロック殿下の治療をするべく儀式の間に入っていった。
私は淑女らしからぬ猛ダッシュで教会の中を駆け抜け、外で待っていたシドに向かって突進する。
ーーバタンッ!
「シド!」
「お嬢!?」
走ってくる私を見て、シドは目を丸くする。
「終わったわ!あまりに腹が立ったから思いきり殴ってやった!!」
彼の胸に飛び込むとちょっと驚いて足を引いたのがわかったけれど、すぐに抱き留めてくれた。
腕に包み込まれて最高に幸せな気分だ。
「お嬢!?殴ったってどういうことですか!?何されたんです!?」
「どういうことも何も、『一度くらい抱いてやろう』とか言われたから殴ったのよ!」
「はぁ!?あいつ……!!」
私はどさくさに紛れてシドの胸に頬ずりをしてから、パッと顔を上げる。
そして、今にも教会に乗りこんでバロック殿下をぶちのめそうと前のめりなシドをぎゅっと捕まえた。
「ダメ!早く逃げなきゃ!」
「大丈夫です、すぐに終わりますから!」
終わるってそれ、殿下の命が終わるよね。
ダメだから。さすがに殺したらダメだから。
せっかくノア様が時間を稼いでくれているのに、シドがトドメを刺すのはダメだ。
「それより早く!ノア様が時間を稼いでいるうちに、いったん家に戻るの!すぐに隣国へ逃げるから!」
「隣国へ逃げる!?」
私はシドと侍女を馬車に押し込んで、マーカス公爵邸へと急いで戻った。