ようやく朗報がやってきた!
ある日のマーカス邸。
私と一緒にお茶をしているのは、金髪に銀色の瞳のイケメンだ。
「婚約を破棄してもいいんだよ?お兄様はヴィアラのためなら喜んで魔力砲を城に打ち込もう」
「お兄様、物騒なことは言わないでくださいませ」
あまりに不誠実なバロック殿下の態度に、私の兄・イーサンはこめかみに青筋を立てて怒り狂っている。
父と母が亡き今、私たちは二人きりの兄妹だ。その分、信頼も絆も深い。
「いつでも撃てるよう、魔力砲を整備しておくよ」
昼下がりのサロンに恐ろしいほどの冷気が立ち込めているのは気のせいじゃない。
妹を蔑ろにされた恨みで、お兄様が悪魔の形相になっている。
「魔力砲は被害が大きすぎます。魔力銃にしてください」
「そうか、シド。お前の全魔力を貸してくれ」
「かしこまりました」
マーカス公爵家は、国内最大の武力を誇る家。お兄様が開発してしまった魔力砲や魔力銃は、まだ王家には報告していない新型の武器である。
やばい。
お兄様が謀反を起こそうとしている。
シドと同じで、お兄様の胸元にも紫のブローチが光っているからタチが悪い。
「もういい加減にしてください。できもしないことを……」
まぁ、家ではこんな感じだけれど、お兄様は極度の人見知りだから外に行くとめっぽう弱い。無言で睨んでいるようにしか見えないけれど、実は生まれたての小鹿のように震えているのが私のお兄様なのだ。
「本気だぞ!ヴィアラを蔑ろにするなんて許せるか!」
「じゃあ、国王陛下に面と向かって陳情してきてください」
「うっ……!それは」
ご令嬢たちからは「陰があって素敵」と言われているけれど、その実はとんでもないヘタレなのだ。
執事にも強気に出られないのに、国王陛下に直談判なんてできるわけがない。
「大丈夫です。バロック殿下は、アネット伯爵令嬢が今一番のお気に入りなんです。彼女に乗り換えてくれると思いますよ」
この一年、私はヒロイン以外にも殿下を何とかしてくれる人を見つけようと、陰ながら奮闘してきた。
そして、ヒロインにはほど遠いけれど、複数人を侍らせていた殿下を夢中にさせる逸材を発見したのだ。
彼女は、とても16歳には見えないアネット伯爵令嬢。
美しい黒髪に白い肌、妖艶な切れ長の目、ぽってりした唇。お胸は制服がかわいそうなくらいバーンと突き出していて、言わずと知れた学園のお色気担当である。
アネット様は向上心のある人で、王太子妃になりたいという野心を隠そうともしない。
私に敵対心をもって近づいてきたところをさっと絡めとり、殿下に彼女を紹介したら、数日経たずに殿下はメロメロになった。
光の速さで親交を深めた二人は人目もはばからずイチャイチャして、先日はついにお城にある王子宮で深い仲になったと噂されている。
王妃様はそんなバロック殿下に苦言を呈すどころか、将来的に愛妾に迎えるなら関係を許そうと言い出すくらい寛容だ。
私のことは、王子を支える便利な道具くらいにしか思っていないんだろう。
ただし周りは同情的で、私に対する批判は驚くほど上がっていない。
はたから見れば「婚約者の友達に手を出した愚かな王子」なんだろう。
私としては計画通り過ぎて、笑いが漏れるのを注意しないといけないくらいだ。
「アネット様には、上手におねだりして婚約者の座を奪ってくださいと言ってありますので、そろそろ動きがあると思います。ちょうど、陛下と王妃様が外遊で不在ですから……」
絶対に、これを機に勝手に婚約を解消しようとするはず。
そうでなければ困る。
私はこれでようやく殿下から解放されるのだ、と思っていた。
「でも婚約を解消するなら、教会に行かないといけませんよね?」
貴族の場合、たいていが魔法で婚約の儀式を行っている。婚約解消といっても紙切れ一枚で済むのではなく、教会に行って神父様に術式を解消してもらわなければいけない。
相手が死んだときは自動で解消されるのだが、さすがに殿下を殺すわけにはいかないので、教会で正規の手続きを踏んで解消するべきだろう。
「もういっそ殺っちゃいません?面倒な予感がします」
シドが遠い目でそんなことを言う。
お兄様も賛同しているけれど、バロック殿下の他に王子がいないから殺したら混乱は避けられない。
「バロック殿下がいなくなったら、誰が王位を継ぐのよ」
今のところ、殿下に兄弟はいない。
でもお兄様は紅茶を飲んで、さらりと言った。
「王弟殿下のところに二人息子がいるじゃないか。どっちも騎士団にいるから脳筋だけれど、政は有能な部下を揃えれば済む話だ。
バロック殿下よりひどいことにはならないよ」
「なるほど」
「それにあのバカ殿下のために忠義を尽くしたいと思う者がいるかな?いないよね?いないよー。絶対にいないから」
お兄様が熱弁する。
どのみち、あの男が王位を継いだらこの国はやばそうなので「もういっそ殺っちゃえば」というシドの気持ちはわからなくもない。
「お嬢様、バロック殿下からお手紙が来ました」
ところがなんとこのタイミングで、王子から直々に私を呼びだす書状がもたらされた。
執事にそれを手渡され、すぐに目を通した私は歓喜に打ち震える。
「殿下から呼び出しだわ!待ち合わせ場所は教会ですって!絶対にこれは婚約解消を言い出すつもりよ!」
椅子から立ち上がって喜ぶ私を見て、お兄様がふっと笑う。
「そうか。では婚約解消の書類をすぐに作ろう。十分ほど待ってくれ。後は日付とサインをして、封をするだけなんだ」
準備がいいねお兄様!
さては慰謝料をふんだくる気だ。このあたりは抜け目ないんだよね、お兄様って。
「お嬢、教会には俺もついていきますからね」
「あら、心配?魔導士は儀式の部屋まで入れないけれど」
「それでも、です」
教会と魔導士は仲が悪い。
そのため、護衛であってもシドは建物の中に入れてもらえないのだ。
下っ端の神父や魔導士にはそんなことはあまり関係ないが、国家の中枢で教会と魔導士の権力争いがあるらしく、基本的に互いを無視している。
教会の言い分としては、闇魔法を使える魔導士は人間として認めないというスタンスなんだけれど、シドなんて闇も聖もどちらも使えるのになんで無視されないといけないのか不明である。
普段、教会に行くときは侍女のエルザを伴って出かけるんだけれど、シドがどうしても行くというので私はついてきてもらうことにした。
「エルザがいれば大丈夫よ?」
二十歳の侍女、エルザは普通の娘じゃない。線は細いが、魔法もそこそこ使えるし体術も習得している。
それに、この子はシドの師匠の娘である。そんじょそこらの男には負けない。
「まぁ、師匠の愛娘ですからね。信用はしてますが」
「あら、じゃあ何が心配?」
赤い目を見つめると、ふいっと顔を逸らされた。
「お嬢のことを俺以外の人間に任せたくないだけです」
なんて殺し文句だ。
これで平然としろというのは無理だ。
頬が朱に染まり、熱を持つのがわかった。
「何言ってるの……」
私も視線を下げて沈黙する。
お兄様がとてつもない殺気をシドに向けているけれど、執事に拉致され執務室に連れていかれた。
「お嬢」
「なに?」
「外出すると手当がつくんで、俺のことも連れて行ってください」
「いっそのこと国外にまで出してやろうか」
悪役令嬢にロマンスはないらしい。