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もう誰でもいいから殿下と恋に落ちて欲しい

一年間の学園生活は、つつがなく(?)過ぎていった。


バロック殿下は相変わらずご令嬢をとっかえひっかえしていて、勉学もさぼりがち。そろそろ国王陛下から本気で叱られるだろうなと思う。


ヒロインがいない今、もう誰でもいいから殿下と恋に落ちて欲しい。

我がマーカス公爵家が全力でバックアップするから。


「はぁ……」


「ため息、出てますよ」


荒んだ心を癒してくれるのは、毎日一緒にいてくれるシドとのひととき。

何気ない会話だって、彼がいるだけで楽しい時間になる。


「ねぇ、(スピネル)なら魔法で殿下を改心させることができるんじゃないの?」


無茶振りだと自覚はあるけれど、尋ねずにはいられない。


「えー」


「精神を操作するような魔法とか、心を浄化する魔法とか」


そんな都合のいいものがあれば。

けれど、シドの答えはシンプルなものだった。


「あったらもう使ってます」


そうですね。

浮かない顔の私を横目に、シドは腕組みをして首をかしげる。


「んー、人の精神に関与する魔法は、すべて闇魔法ですからね。かけられた方もかけた方もけっこうな代償が必要になります。呪術系の神具とか使えば可能でしょうが、かけたらかけたで術者は死にますよ?」


「それは困る」


やはり皆が幸せになる方法はないらしい。


苦い顔をすると、シドは優しい笑みで私を見つめた。


「大丈夫です、きっと何とかなりますって」


「だといいんだけれど」


二回目、三回目のため息をどうにか引っ込め、学食で包んでもらったサンドウィッチを、バスケットから取り出す。


「はい、今日はローストビーフのサンドよ」


「お嬢、なんで俺は毎日餌付けされてるんですか?」


「あら、いらない?」


「いります。すっごく腹減ってます」


中庭で、私はシドと仲良くランチを楽しむのが日課になっている。

ここにいれば王子が視界に入らないし、その逆もしかり。


「ヴィー様」


ぼんやりしていると、めずらしくシドが私の名前を呼んだ。

どきりとして、すぐに隣を見ると彼の顔がとても近い位置にあった。


「なっ……」


ドキドキして思わず顔を逸らす。

ぎゅっと目をつぶっていると、私の手の中にあったサンドウィッチがスッと引き抜かれた。


「食べないんならもらいまーす」


「はぁぁぁ!?」


主人のお昼を奪うってどういうこと!?

まだバスケットにあるのに!!


顔を顰めていると、サンドウィッチを口にしたシドが片目をつぶって苦しげな顔になった。


「え?」


「やっぱり。マスタードがこっちに偏ってます。お嬢はそっちの大丈夫そうなのを食べてください」


「ううっ!!」


胸が苦しい!私のために、わざとマスタードの多い方を取ってくれたんだ!!

息が詰まって倒れそうになる。


胸を手で押さえて悶え苦しむ私を横目に、まったくこのドキドキがわかっていない男はさっさとパンを紅茶で流し込んだ。


何?

あなたの職業は護衛じゃなくて狩人ね?私のことを射殺す気ね?


しかもさらなる技を繰り出してくる。


「お嬢?食が進みませんか?ほら、美味しいですよ?」


サンドウィッチを手にして、私の口元に近づけてくるなんて……!

餌付けして心をつかむつもりが、私の方がつかまれてしまった。


こんなシチュエーションを逃すわけにはいかない!

勢いよくパクッとかぶりつくと、シドはうれしそうに笑った。


「お、おいひい」


「そうでしょう?ちゃんと食べないと身体がもちませんよ~」


今危険なのは、身体じゃなく私の恋心だ。


でもこんなところを誰かに見られでもしたら……

残念だけれど、私は彼の手からサンドウィッチを受け取って、続きは自分で食べた。


王子の婚約者である以上、こちらに不貞疑惑が浮上することは避けたい。

あくまで穏便に、平穏な婚約解消がしたいから。


隣に座るシドとの距離は、今日も人一人分空いている。寄り添うことも叶わない関係がもどかしい。

普通の護衛とお嬢様よりは近いけれど、こういうときに身分の差を感じてしまう。


「ねぇ、もしも私が」


「はぃ?」


彼の紅い目を見つめ、おもむろに尋ねる。


「私が、普通の街娘だったらどう思う?」


「お嬢……」


しばらく悩んだ後、シドは真剣な顔で答えた。


「お嬢が普通だったことはありませんから、普通の街娘は無理かと」


「はぁぁぁぁん!?表出なさいよ、コノヤロー!」


「もう表に出ています」


「あぁ言えばこう言うー!」


…………あまった悪役令嬢は、今日も元気に生きています。



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