悪役令嬢は競歩もする
会場に着くと、王子様らしい笑顔を貼り付けた殿下にエスコートされて豪華な庭園を歩く。なぜか蛍が飛んでいてムーディーなのは、小説のご都合主義な風景だからだろうか。
普通ならここで婚約者同士、愛を語らってキスでもするのかもしれないが、あいにく私たちは普通のカップルではない。
キッと前を見据えると、私は左手でぐっとドレスの裾を握る。
これから戦闘モードなのだ。
殿下はさっさと歩いていくので、私もそれについていく。
一応、右手は殿下の腕にかけているけれどそれは本当に一応でしかない。
普通に考えると、ドレスを着た令嬢をエスコートしているときの速度ではないけれど、向こうも私もだんだんと意地になっていてもはや競歩。
――サササササササ……。
優雅な笑みをいかに崩さずに、持てる限りの脚力で進むかが勝負みたいになっている。
「あはははは、おまえはいつもせっかちだな!」
「おほほほほ、殿下には及びませんわ!」
異様な速さで駆け抜けていく私たちを、恒例の二人として周囲の貴族はとらえている。誰も突っ込まないし、「そういう人たち」という認識らしい。
ようやく建物の中に入った頃には、私も殿下もやや息が上がっていた。
殿下もアホだけれど、私もアホだと毎回思う。
一度だけでもサッと体勢を崩してか弱いご令嬢みたいに涙目で見上げれば、きっとこんな無駄なことをしなくて済むだろう。
でもダメなのだ。なんだかわからないけれど、対抗してしまう。
「はぁ……はぁ……、エスコートはしたからな!」
ですよね、陛下に言われて仕方なくですよね!
「おまえはいつものように、壁に張りついているといい」
「わかりました」
殿下はそう言い放つと、中で待っていたご令嬢たちの元へ行ってしまった。行ってくれた、と言うべきか。
どうせしばらくしたら、彼女たちのうち誰かと手に手を取り合って、貴賓室か控室に篭ってイチャラブするんだろう。
たとえ愛妾でもその座を掴むチャンスがあるなら、殿下の在学中にそれを射止めたいという考え方の彼女たちは幸せなのだろうか。
私には無理だ。
「これでようやく自由の身!」
私は今から知り合いに挨拶をして、人脈づくりに励むのだ。
壁の華になんかなってやらないし、亡きお父様やお母様の友達が私をかわいがってくれるので、ダンスも踊れる。
おいしい食事をして、領地の皆に役立つ情報を交換できればそれでいいのだ。
さぁ、今日もお兄様の役に立つ情報をたくさん仕入れるぞ!!
「まぁ!ヴィアラ様、ようこそお越しくださいました!」
さっそく主催者のご夫人が笑顔でやってくる。
彼女はうちの領地で採れる水晶のファンで、いつも取引を行っている相手だ。
「ラウッスー伯爵夫人!お招きいただきありがとうございます!」
あぁ、好き。
昆布をたくさん融通してくれたラウッスー伯爵夫人、大好き。
今日はうちの領地で採れた水晶を使った新しいイヤリングをつけているから、夫人は絶対に欲しがるはず。
彼女の美しい黒髪が昆布に見えてしまう煩悩を抑え、私は意気揚々と語らいを始めた。