闇薔薇の庭園
アストニアの物語に出てくる古い城、ダークローズ・ガーデンこと闇薔薇の庭園。
大扉を抜けると、大広間だ。赤い絨毯が正面の 大階段に続き、中間で左右に分かれる。
正面には男性の肖像画が飾られている。翡翠色の瞳に、頭に王冠を被り、深紅の羽織を両肩に掛け、純つ白と金の装飾がされた剣を帯びて。
「悪趣味な城と悪趣味な肖像画だな・・・・」
肖像画を見上げ、ジュリエットが呟く。
ジャンとジュリエットと同じ翡翠色の瞳。一方は懐かしむ瞳で、もう一方は嫌悪の瞳で見つめる。
「城の外は結界が張られている為、外出はお控えくださいます様に。それでは、お部屋をご案内致します。椿様とホーク様、モルガーヌ様は向かって左側の階段をお上りください。アンナ様、帝国様、アイザック様、時条様は向かって、右側の階段をお上りください」
シルクの言葉に促され、荷物持ち移動する。
固い石段を上がると、右手の壁には数々の絵画が、飾られている。城の周りに円を描く様に、森に水辺があり、美しい白い城だ。二人の騎士が先頭に数百名の兵士続き、数千人の兵士が向かい撃つ絵、そして夕暮れ時の滝が流れ落ちる丘、丘の一面が血の海だ。立ち尽くす騎士に、剣を振りかぶる血染めの騎士が描かれている。
「何かの物語を追ってるみたいな絵ね」
椿の言葉に言われ、改めて見ると、まるで栄華を極め、滅亡したみたいだ。
「さて、私の部屋はここみたいだな。では諸君、夕食会の時にまた会おう」
ジュリエットが部屋に入ろうとした瞬間、顔を半分出し「そうだ、結月。私のベットの横は空いてるから、何時でも来るがいいぞ」
薄ら笑いしながら言う。
「行かんわ!」
「恥じらう事はないぞ、年頃の男なんだからな」
笑いながら、部屋に入った。
部屋の中は、大きいベットに小さなテラスに続く窓。窓から覗くと、小さな庭園がある。闇薔薇の庭園に相応しい花、黒い薔薇が咲いている。
部屋から出ると、ジャンが廊下の絵画を眺めていた。見ていた絵は、一面が血の海の丘の絵を複雑な表情で翡翠色の瞳で見つめる。
「この絵が、気になるのか?」
「いえ。この絵の騎士は、仲間に向かって、どんな想いで、剣を向けたのかなと」
「ん~絵の事は、あんまり詳しくないが。この騎士は仲間に剣を向けるのは、嫌だったと思うよ。それだけは分かる」
結月の応えに、ジャンは少し驚いた。
「何故、そう思ったんですか・・・・?」
「この絵の騎士は泣いてる様に思えるんだ。何故だか分からないが、そんな気がする」
ジャンは再び絵を見て「優しいですね。この時代に、貴方に会えれば、この愚かな騎士も別の選択が出来たでしょうね・・・・」
自嘲するように言う。
「大丈夫か?眠り森から様子がおかしいぞ」
「私は、大丈夫です」
「嘘つけ、何かあったんだろ」肩に触れようとした瞬間「何でもないって言っているでしょう!」
思わず手を弾いた。
ジャンは、自分のやった事に気付く。
「わ、悪りぃ・・・・」
結月は、その場から立ち去り、階段を降りていった。
結月の消えた方から、絵に視線を戻し「彼女の言う通り、私は愚かで救い難い存在かもな」
小さく呟く。
一階の大広間を抜け、中庭に出る。
庭園の真ん中には、噴水があり、花達に水を与える。
黒い薔薇は、艶めかしく花を咲かし、見る者の心を奪う。
噴水の淵にに腰をかけ、彼女に拒絶された手を見る。
「黒い薔薇に、負けず劣らずの暗い顔ではないか」
庭園の入口に、ジュリエットが居た。
「丁度いい、暇ならお茶に付き合ってくれ」
「悪いが、気分じゃないんだけど・・・・」
こっちの言い分は、無視し腕を引っ張る「連れないことを言うな。そういう所は、日本人の悪い癖たぞ」
庭園のテラス席に着く。
間もなくメイドらしき人が、側に来る。
「私には紅茶を頼む。彼には・・・・私と同じので、それと御菓子を」
メイドはお辞儀をし、離れる。
「セバスチャンは、連れて来なくていいのか?」
「あんなのと一緒に、紅茶を飲んだら、油臭くて風味が台無しだ」
薄ら笑いし、翡翠色の瞳がこちらを見る。
「それより、その暗い顔は何だ?最も私好みでは、あるがな」
相変わらず、常談なのか本気なのか。
「おおよそ検討はつくさ。おば様に対してだろうに。違うか?」
紅茶を一口飲み、こちらをカップ越しに鋭い眼孔が、こちらを見透かす。半端な誤魔化しなど打ち砕く様に。
「そうだよ。悪いか?」
「いいや。私はてっきり、こちらを見て一瞬顔付きが明るくなったから、ほの字なったのかと思ったぞ」
御菓子をつまみながら、ジュリエットが薄ら笑う。
「違うわ!ただ・・・・一瞬、似ていたと思ったんだよ。お前と、ジャンがな」
「私が?」
「容姿や、雰囲気が、何処か似ているんだ」
突如、ジュリエットの手からカップが落ち、地面に広がる。
直ぐにメイドが、拾いに駆けつける。
「いやはや、ビックリして心停止する所だったぞ。私とおば様がか・・・・案外、遠い親戚かもしれないな」
「馬鹿な事言うな。あっちは神様で、お前は人間だ。親戚な訳無いだろ」
結月の言葉に呼応するように、笑みが消え「本当に何にも、知らないんだな」
小さく呟く、彼女の言葉は風の音にかき消された。
「結月、一つだけ言っとおくぞ。神は一人しかいないし、二人以上は存在しない」
「どういう意味だよ、それ」
彼女は、いつも通りの薄ら笑いし「恐い人に殺されかねないからな。自分で考えてくれたまえ」
御菓子を口にし、結月の紅茶を手にして飲む。
「お、おま・・・・」
「ん?あぁ間接キスくらいで、驚くな。だがそういう顔も、私好みだぞ」
ニヤケながら、さらに紅茶を飲む。
「ほれ、恐い恐い死神が来たぞ」
背後にサーシャの声がする。
「結月に、ゲッ・・・・ジュリエット」
「サーシャ、ダメですよ。謝りに来たのですから」サーシャの後ろから、アンナが声をかける。
「わかってるよ。いざ目の前にすると・・・・」
「言いたいことは、ハッキリと言った方がいいぞ。連邦の死神らしくない」
「なっ!」
ジュリエットの言葉に反応し、鎌の耳飾りに触りかけ、緊張感が走る。
「サーシャ」
アンナがサーシャの肩に手を添える。
「わかってるよ。ジュリエット、さっきは・・・・その、怒ってごめんなさい」
サーシャの言葉にジュリエットは、無反応に紅茶を飲む。
近くのメイドを呼び「すまんが、そこの女性に紅茶を、お子様には、オレンジジュースを頼む」
お子様と言う言葉の時に、明らかにサーシャを見て、薄ら笑いしていた。
「今、明らかに僕を見て笑っただろ!それにお子様って!」
サーシャが憤慨する。
「お子様にお子様と言って、何か不都合が?」
「キーッ!君だって、歳が変わらないだろ!」
正に水と油だ。
そうこうしているうちに、飲み物が来る。
「結月がいなかったら、鎌の錆にしてやる」
オレンジジュースを飲みながら、話すサーシャは、失礼ながらお子様に見えてしまう。
「飲むか、話すかどっちかにしてもらえると助かるんだがな。お子様はこれだから困る」
「なッ!・・・・」
火山が噴火間際に迫る。
「僕をお子様って言うな~!」
火山が噴火した。
「サーシャ、そんな事よりも、彼にお願いがあったのでは?」
アンナのそんな事発言に、ショックを受けたのか、急に縮こまる。
「そうだった。あのね、結月にお願いがー」
「結月。今夜の夕食会で、ダンスを一緒に踊ってくれるか?」
ジュリエットの横槍に、サーシャの言葉がかき消された。
「なっ・・・・」
白化するサーシャを見兼ねて、アンナは手を眼に当てる。
「俺?ダンスは、踊った事ないんだけど」
「心配するな、リードは私がする。何だったらダンスの後のリードもしてやるぞ?」
ダンスの後のリードの意味は知らないが、ダンスの後の単語に、サーシャの顔が紅くなった。
「サーシャ、口からよだれが出ていますよ・・・・」
「はっ!」
急いで口元を拭く。
「ま~俺で良かったら、別にいいけど」
結月の返事が意外だったのか、ジュリエットの瞳孔が開く。
「意外だな。てっきり、おば様辺りと踊ると思っていたよ」
「ジャンと?誘いは無かったけど・・・・」
「ほ~」
ジュリエットの不適な笑みが出る。
「では結月、私はこれで失礼するよ。ごきげんよう、死神と従者さん」
ジュリエットは庭園の入口に消えて行った。
相変わらず何を考えているのか分からん。
「そう言えば、サーシャもお願いがって言ってたけど?」
「あっ・・・・何でもないよ!あははは」
急に笑い出し、席を離れる。
「結月さん、サーシャを悪く思わないで下さいね。生まれつきこの手の運が悪いんで」
アンナは、クスクスと笑ってサーシャの後を追った。
庭園には結月一人が残った。
庭園から大広間に戻り、階段を上がって行くと、椿の声が聞こえた。
「それじゃ、まだ言ってないの?」
「えぇ」
椿と、もう一人はジャンの声だ。
それにしても、何で俺は隠れて聞いているんだか。
肩が絵画に当り、絵画が落ちそうになる。
体を乗り出して絵画を救えたが、体が廊下に出てしまう。
椿はニヤリと笑い「あら結月君、ダンスの練習?丁度良かった、ジャンが話があるみたいだから」
椿がジャンを目の前に押し出す。
「ツバキ!?」
互いに何か言おうとし、何も言えない時間が過ぎる。
「そ、そうだ。リース先生に剣の鍛練をしろって言われてるから、じゃあな」
咄嗟の嘘で、その場を離れる。
二人の光景を見て、椿は溜息をつく。
「彼と何かあったの?」
「別に・・・・」
ジャンの暗い顔を見て「何かあったのなら、早く関係修復をした方がいいわよ?チームプレイに影響が出て、怪我人が出るから」
「・・・・分かっています」
ジャンも部屋に戻り、椿は二人の部屋を見つめ「そういう顔は、分かってないのよ」
時条さなえの子供の件があるし、胸騒ぎがするのよね。
大陽が陰り初めの時。洋館の薄気味悪さが、際立つ。廊下は蝋燭の灯りに照され、ゆらゆらと陰が踊る。
結月も生まれて初めて、タキシードを着て、夕食会場の大広間に向かう。
「動き難いな、この服」
階段を下り、大広間から音楽が聞こえる。
小さな楽団が演奏しており、さながら上流階級のパーティーみたいだ。
「あら結月君。タキシードも中々じゃない」
振り替えると、ドレス姿の椿だ。
水色を基調とし、彼女が生来持っている、凛とした雰囲気が、より一層際立たせる。
「椿こそ、似合ってるぞ。ドレス姿」
「あ、ありがとう」
急に椿の顔が少し赤くなる。
「顔が赤いけど、お酒でも飲んでるのか?」
「あらやだ結月君。口を閉じないと、顔面に喰らわすわよ?」
椿が握りこぶしを見せてきた。
「は、はい」
不意にもう一人を探してしまう。俺の視線を見て椿が「あれ~誰を探しているのかな~?目の前に美少女がいるのに、悲しいわ~」
あからさまに棒読みをする。
「べっ別に」
椿め、こういう感は鋭いな。
「心配しなくても、その内来るわよ。ほらー」
椿が耳打ちした直後に彼女は来た。
金木犀の花色の髪の美しさに負けない白いドレス。大胆に見せる白い素肌の背中に胸元。そして赤い首飾り。
「ほら。お目当てが来たんだから、何か言いなさいよ」
椿が肘で俺の脇をつつく。
「その・・・・何て言うか。す、凄く似合ってると思う」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の頬が赤くなり「あ、ありがとうございます。その・・・・ユヅキも似合っていますよ」
「お、おう。ありがとう」
椿は、二人の会話を聞いて(なんだろ・・・・爆死しちゃえばいいのに)と思ってしまった。
「それより、ジャン。早く例の件を言わないと」
「わ、分かっていますよ」
ジャンが一歩進み「あ、あのですねユヅキ。も、もし貴方がよろしければ、この後ダー」
ジャンが、何か言いかけた瞬間に彼女が現れた。
「待たせたな、結月」
彼女の心を表すような紫色のドレス、ジュリエットだ。
「おば様、彼をお借りしますね。では結月、一曲踊って頂けますか?」
そっと右手を差し出す。
「約束は約束だからな」
右手を手に取り、大広間の中央に歩く。
「ちょっと、結月君!?ジャンも引き留めなくていいの!?」
「いいんですよ。彼が決めた事ですし、私が口を挟む事ではないですから」
(何処がいいのよ、そんな顔してない癖に)
音楽がゆっくりな曲調に変わり、彼女の右手に右手を添え、左手を腰当りに回す。
「結月。気持ちは分かるが、左手がお尻当たりになってるぞ」
「わ、悪い!」
「気にするな。なんだったら、この後に好きなだけ触らせてやるぞ」
クスクスと笑い、したり顔になる。
「遠慮しときます」
ダンスというのは、初めてで上手く躍れない。何度もつまづき、ジュリエットの足先を踏んでしまう。
「しかし結月、本当にダンスは初めてなんだな。さっきから足先を踏んでいるぞ、帰りは車椅子で帰らせる気か?」
「すみません・・・・」
謝る他に無い、ダンスというのは難しい。
「その時は、お姫様抱っこで部屋まで、運んでもらおう。それより、私の身長だと結月の胸元で周りが見えないんだが、出来れば皆の状況を教えて欲しい」
「なんだよそれ。サーシャとアンナさんは、料理を食べてるぞ。時条さんは、執事と話しているし、モルガーヌは酒を飲んでいる。アイザックと帝国軍人は、酒を片手に楽団の近くで音楽を聴いているぞ」
状況を話すと、急にジュリエットが薄ら笑う。
「くくく。ありがとう結月、助かったよ」
曲が終幕になり、演奏が止まった。
ヘロヘロになり、ジャン達の所に戻る。
「結月、ダンスを踊ってくれてありがとう。おば様、彼をお返ししますね」
「誰と踊ろうと、彼の自由です。それに、物ではありません」
「それは失礼したな」
二人の睨み合いが、場の気温を下げる。
姿や雰囲気は似通っているが、生来の性格が合わないみたいだ。
「そ、そうだ!ジャン、結月君に頼み事があったんじゃない?」
「何もありませんよ、ツバキ」
「え・・・・」
救難艦が、あっけなく撃沈する。
「なら結月、もう一曲踊ろうではないか?」
ジュリエットが、手を引く。
「ちょ、また踊るのかよ」
「いいじゃないか、私の頼み事を聞いとくと、後で良いことがあるぞ。別に構わないだろ、おば様?」
ジュリエットの言葉にジャンは、視線を逸らす。
「さっきも言いましたが、彼の自由です」
その言葉にジュリエットの口角が上がる。
「決まりだな。ほら踊るぞ」
「ちょっと」
ジャンの目の前で、腕を引いて行く。
二人を見るジャンの横顔を尻目に「いいの?」
椿が声を掛ける。
「ツバキ!」
「はい!?」
ジャンの言葉の強さに驚く。普段の冷静な彼女の声ではなく、微かに怒りを含んでいる。
「あちらの料理が、美味しそうです。食べに行きましょう」
「え・・・・」
暫く間を置いて、理解した。
「ジャン。今日は食べて食べて、食べ尽くすわよ!」
「えぇ」
女二人で料理のテーブルに向かう。
月の真上に差し掛かる時間。
執事が、壇上に上がり挨拶する。
「皆さま、奥様からの伝言でオークションは明日に開催致します。つきましては、出品される商品のご紹介します」
合図と同時に、ショーケースに入った商品が運び込まれる。
一際、皆の注目を静かに集めた商品がある。
分厚いショーケースに入った、一冊の本。
失なわれた理想郷だ。
「ハイエナ共め、目付きが変わるのが早すぎだろ」
ジュリエットの言葉で、周りを見渡すと、確かに目付きが違う。
雰囲気が一変し、緊張感に包まれた。
一つの首飾りの宝石に目が止まる。
結月が持っている首飾りと同じ形で、深い深海の様な蒼色の結晶石。ショーケースには、こう書いてある。
「絆の証し・・・・?」
結月が呟いた瞬間、結晶石を見るジュリエットの瞳孔が開く。
「やっと見つけた・・・・」
彼女の小さな呟きがでる。
ショーケースが奥の間に運ばれて行く。
「では皆さま方、明日のオークションをお楽しみに。それと、ジャン様は奥様が、お話しがあるとの事ですので、こちらへ」
執事の言葉に、困惑するジャンだが、椿に促され付いて行った。
他の参加者達も、自室に戻り始める。
「では結月、いい夜を。私も色々とやることがあるのでな」
ジュリエットも自室に戻った。
「ちょっと結月君、こっち来て」
椿が、腕を引っ張る
「ちょっ、椿!?」
月の光に照され、黒く輝く庭園。
噴水の前に立ち止まる。一呼吸置き、こちらに振り向く。
「ねぇ、ジャンと何かあったの?彼女、何かおかしいわよ」
「なんもないぞ、俺だって怒られたし・・・・」
「結月君が!?」
どうやら結月が、怒られたのが以外だったらしい。
「私てっきり、結月君が何かしでかしたと思ってた」
何かを問いただしたかったたが、やめといた方が良さそうだ。
「眠りの森で、ジュリエットと何か話していたらしいけど、そっから様子が変なんだよ」
「ジュリエットねぇ・・・・」
答えは、本人か彼女に聞かないと分からない。
「それと結月君、帰るまでにジャンにー」
そっと耳元で、本題を囁く。
「それ、本気で言うの?」
「当たり前でしょ、少しは機嫌が良くなるから」
椿はクスクスと笑い、庭園を後にする。
執事に後に付いて長い廊下を歩く。
大きな扉が開けられ、中に入る。
部屋の中は暗く、暖炉の薪が燃える炎に照され、ゆらゆらと動く。
部屋の扉が閉められ、一層暗さが増す。
部屋の奥の影から声が発せられる。遠い昔に聞いて、忘れかけた声。
「お久しぶりね。アストリア王女」
月の光が射し込み、影を照らす。
紫色のローブを着た、若い女性。
「貴女は・・・・」
どうか、間違いであって欲しいと思った。
「お忘れですか?かつて、貴女の父上・・・・いえ、最愛のアレクとアストリア王国を作った者の一人ですよ」
月明りに照され、長く黒い髪が一層際立たせる。黒い薔薇の様に。
「忘れはしない。貴公は、私がアストリアから追放したんだからな・・・・黒薔薇の魔女」
黒薔薇の魔女と言われ、女の顔つきが変わる。
「その名前で呼ぶな!穢らわしい女の娘が!」
魔女は部屋の絵を見つめる。
「あの時は、良かったわ・・・・夜な夜な王国を良くしようと、アレク達と語り合ったわ。なのに・・・・アレクは何故、あんな女を選んだのかしら・・・・」
懐かしむ様に、絵を見る。そして怒りの目で彼女を睨む。
「それもこれも、あの女と、お前達姉妹が、悪いのよ。愚かな姉妹のせいで、アストリア王国は滅んだのよ。アレクが愛した国や民が・・・・死んだのよ」
月に雲が隠れる。
「確かに、私のせいでアストリアは滅んだ。貴公はどうやって生きている?アストリアが滅んだのは、何百年も前だ・・・・」
彼女の問いに魔女が笑いだす。
「魂を彼女に売ったのは、貴女だけではないのよ。アストリアを復活させる為にね・・・・」
月明りが再び魔女を照らす。
「まさか!?」
魔女の片目は紅く光り、瞳の真ん中に十字の形が浮かぶ。そう聖痕だ。
「愚かな・・・・彼女は決して望みは、叶えない。あの人はー」
「黙りなさい!」
叫ぶと、同時にジャンの足元が光る。
術の陣が浮かび、鎖が彼女の手足を縛る。
「天上天鎖の鎖よ。あなたは、神聖が高いから効果覿面でしょうに。深淵に堕ちなさい、ジャンル・アストリア!」
彼女が叫ぶと同時に、鎖が彼女を深淵に引きずり込む。
「くっ!」
なすすべも無く落とされる。
彼女が消え、床の陣が消えていく。
「深淵の住人と仲良くね。虐殺王女」
暗く湿った空気。肌には、冷たい感触が伝わり目を覚ます。
城の地下らしいが、かなり深い。
立ち上がろうとするが、左足に激痛が走る。
「っつ・・・・」
不味いと思った。感触からして足が折れているかもしれない。
おまけに武器もないし、ドレス姿だ。こんな所を襲われたら、分が悪い。
暗闇の中から、音が近づいてくる。
金属を引きずる音に紛れ、粗い息遣い。
「本当に不味くなってきた」
夜目に慣れてきた。姿ぼんやりだが、見覚えのある姿だ。
柄の長い斧は、刃に付いた血が変色したのか、赤紫色だ。ボロボロの服に腐りかけた皮膚。
「マンフレディ・・・・」
かつて、アストリア物語に出てくる旅人の成れの果ての姿。
フレディが斧を振り上げ向かって来る。
武器も無い状態では、勝ち目は無いと思い、避けようするが、左足に痛みが走る。
「くっ!」
振り上げた斧が、大地を割る。
間一髪避けられたが、踏ん張りが効かず、膝を着いてしまう。
咄嗟に落ちていた剣を拾い、構える。フレディが大地にめり込んだ斧を引き抜き、再びこちらに歩いてくる。
斧を両手に持ち、横凪ぎの斬撃が襲いかかる。受け止めようとしたが、足の怪我で受け止めきれずに吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
地面に倒れ、霞んだら目でフレディを見た。
頭からも出血し、血が眼に入る。
斧が振り上げられ、かろうじて両手で剣を掴み受け止めるが、力負けし刃が折れて、肩の皮膚を裂く。
思わず痛みに声が出た。その瞬間に、横から蹴り飛ばされ、地面を転がる。
「ハァハァ・・・・」
息遣いが粗くなってきた。
神器が無いと自分は、こうも無力な存在だと思い知らされた。
立ち上がろうするが、足に力が入らない。肩もやられて腕も動かないし、頭の出血で意識が朦朧とする。
フレディの斧が迫る。
そして自分はここで倒され、またあの世界に堕とされるのかと思った。
刹那、突風が吹き荒れ、粉塵が舞う。
粉塵の中から、聞き慣れた声に蒼い刃の剣。
「何とか間に合ったな!」
「ユヅキ!?」
剣が、フレディの斧を受け止めていた。
空からもう一人舞い降り「離れて結月君!」
空中で拳銃を構え「シュトルムファウスト!」
拳銃に電気を流し、電磁砲を放つ。
帯電した一発の弾丸が、フレディの肩を貫く。拳銃は魔力に耐えられず、バラバラに砕けちった。
「やっぱり砕けちゃったか。ジャン、今手当てするから。結月君、その間持ちこたえてよね!」
「了解!」
肩を撃ち抜かれたが、傷口が再生し始めた。
剣を構え、間髪入れずに、斬りかかる。
横凪ぎを放つが、フレディが斧を捨てて、素手で受け止めた。
「マジかよ!?」
刃を握り絞めながら、結月を投げ飛ばす。
体が隕石の様に流れる。フレディが足に力を入れて、突進し拳の連弾を叩きつけ壁に打ち付けられる。
椿は、ジャンの傷口に治癒をかける。
「あんまり治癒術は得意じゃないんだけどね」
背中の傷に治癒をかけようと、ドレスを少し破いた瞬間。
「ジャン、あなたは・・・・」
椿が何か言いかけたが、彼女の手を握り、無言で首を振った。
椿はそれ以上何も言わずに、そっとドレスを戻す。
フレディは、捨てた斧を拾い、二人に向かう。
「こっちだ!デカイの!」
なんとも子供染みた台詞だが、フレディは結月の方を振り向く。
剣を正眼に構えた結月。
結月が深呼吸すると、刀の周りが蒼く輝き渦を巻く。
「ムヅキ?・・・・」
「え?」
椿は、彼女の言葉が聞き取れなかった。だが彼女の瞳に写る彼を、別人を見るように見ていたのは、分かった。
大気の魔力が、剣に集まり圧縮されていく。
剣を振り上げて「天上天牙!!」
振り下ろされた刀から、魔力の牙がフレディを襲う。
水面を水飛沫を上げ、衝撃波がフレディを飲み込み爆散した。
血の雨が降る。純白のドレスを紅く染めて。
赤い雨を浴びても、蒼い剣は淀むことなく輝き続ける。
剣を鞘に納めて、少年は少女に歩み寄る。
「大丈夫か?ジャン」
「はい。お陰で助かりました。どうして私が、ここにいるって、分かったんです?」
少女の問いに少年は、言いづらそうに「それはー」
「それは結月君が、ジャンが危ないって言って聞かないからよ。私には分からないけど、契約者同士だから、お互い危険な時は、共鳴して呼び会うのかもね」
椿は、上着をジャンの肩に羽織らせて言う。
「そうですか・・・・痛っ」
立ち上がろうとするが、足の傷が思わしくない。
「無理しちゃ駄目よ。自慢じゃないけど、私の治癒術なんて応急手当なんだからね!ちょっと結月君、男の子ならおぶってあげなさいよ!」
「はっはい!」
椿に怒鳴られ、しゃがみ込む。
「へ、平気です。これ以上、迷惑掛ける訳にはいきませんから・・・・」
折れた剣を杖代りにするが、上手く立ち上がれない。
「いいから、早くしろ!おんぶしてやるから」
結月に怒られ、彼の背中に身体を預ける。
「どさくさ紛れて、色んな感触を味わないでよね。結月君」
「う、うるさい!」
顔を赤らめる結月の意味が、ジャンには分からなかった。
「出口が・・・・」
辺り一面暗い闇が広がり、道が分からない。
「出口なら、この先にあります。階段を上がれば外に出られるはずです」
ジャンの言葉を頼りに、歩み続ける。
「ユヅキ・・・・服を汚してしまって、申し訳ありません」
彼の背中は、自分の血で染まってしまっている。
「気にするな」
何処と無く、冷たい返事。
「あ、あの・・・・怒っていますか?」
「別に怒ってない。ただ・・・・」
「ただ?」
「お前は、迷惑掛ける訳にはいきませんからって言ってたけど、俺は迷惑だと思ってないからな。椿も口には、言わないけど同じだと思うぞ」
私は、仲間っていうことを忘れていた。
「それに、何に悩んでいるか知らないけど、俺で良ければ、いつだって聞くし。言いにくい事なら無理に言わなくてもいいからな」
不意の言葉に、何故だか胸が熱くなる。
出来ることなら、話してしまいたい。
私と貴方の過去を知ったら、私を軽蔑するでしょう。憎むでしょう。神は許しても、決して貴方は、私を許さないでしょう。
だから今は、この言葉しか言えません。
「ユヅキ・・・・あなた達が主で、本当に良かった」
そっと彼の耳元で、呟く。
「あぁ」
それ以上の言葉を喋らなかった。いや、喋る必用が無かった。
「あれれ~結月君。顔が赤いけど、色んな感触を堪能してるのかしら?」
先頭を歩く椿が、ニヤケ顔で振り返り言う。
「うるさい!前を向いてろ!」
「はいはい。って出口が見えてきたわ」
微かな明りが、扉から射し込む。
扉を開け、外の景色は、森の中に小さな湖が広がる。
二人の人影が、湖の上に居た。
一人は、月明りに照らされて輝く金色の髪のジュリエットだ。もう一人は、漆黒の長い髪に、両目が赤い月の様に輝く瞳の女性。
「お姉ちゃん・・・・?」
椿が両手で口を覆う。
すこしばかり時間が戻る。
森の中の湖畔に人影が現れた。男の手には、一冊の本が握られている。
「おやおや、夜の散歩かな?出来れば、その本は、置いていって欲しいな」
森の影から、もう一人が現れる。
「何を言ってるんだ?私は、この本を安全な所に移そうと」
「安全?いやはや、盗っ人風情がほざくなよ。そうだろう?モルガーヌ・・・・いや、モルガーヌに化けている、トライデントの誰かさん」
月明りにモルガーヌが、照らされる。
「なるほど、そこまで知っているなら無駄ですね。さすがは、合衆国の魔術師 ジュリエット・ホークと言った所ですか」
モルガーヌが片手で、ゆっくりと右から左に顔を隠していく。すると、モルガーヌの顔が女性の顔に変わっていく。
「モルガーヌには、完璧に化けたはずなんですがね?何処で分かったんです?」
女性の問いに、ジュリエットがうすら笑う。
「くくく、完璧?本当のモルガーヌは、去年に肝臓を悪くして、大好きだった酒を断っている。なのにお前は、馬鹿みたく酒を飲んでいるからな嫌でも疑う。列車やパーティーの時にな」
すると、女もニコッて笑う。
「なるほど、調査不足でしたね。しかし我々、トライデントの事まで知っているとはー」
不意に背中に痛みが走る。
「ー意外でした」
目の前に女がいるのに、ジュリエットの背中にナイフを刺している女がいる。
「ッ!?」
背中を刺されたジュリエットが霧の様に霞む。
「やりますね。幻術に幻術返しとは、そこらの雑魚魔術師とは違いますか」
「お褒めの言葉をどうも。トライデントの事なら知っているさ。構成メンバーは、どいつもこいつも、指名手配魔術師リストの上位だ」
森の影から、銃弾が放たれる。
銃弾は、女の頭と身体に目掛けて進むが、まるで弾道を読んでいるかの様に避ける。
「あんまり避けないでくれると助かるよ!」
続けて銃弾を放ち続けるが、すべて避けられてしまう。
女は閃光に向かって、懐からワイヤーナイフを投げる。
「遊びは終わりです」
女の手から、ワイヤーを伝い電流が流れる。
炸裂音と閃光が散り、ジュリエットが森から飛び出して来た。
「銃にワイヤーナイフを巻き付け暴発させるとはな。危うく私の顔に傷がついて、お嫁にいけなくなったらどうする気だ、まったく」
「ご冗談でしょ。貴女は、そういった人間ではないでしょうに」
「確かにな・・・・」
腰のホルスターからジ・エンドを抜き女の顔に放つ
やはり、銃弾は避けられてしまう。
「クソっ」
レディーが言っていい言葉では、ないが許して欲しい。
「何度やっても、貴女の弾は私に届きませんよ」
女の瞳が赤く輝く。
「やはり魔眼か。しかも、その赤い瞳。極東の一族に伝わる、先見の明だったかな?」
極東の一族に伝わる魔眼か。確かあの一族は、出来損ないが次期当主と聞いた事があるな。
「先見の明を知っているなら、話が早い。未来予知の魔眼の前に、貴女の弾は届かない」
「やってみないと分からないだろ!」
左のホルスターからもジ・エンドを抜き、両手で銃弾を放つ。
「無駄な事を」
放たれる銃弾は、次々に避けられる。
回転式のジ・エンドは、総弾数が十二発。全て撃ち尽くし、給弾する。
「いやはや、先見の明がこれ程とは」
「言ったでしょう、無駄だと」
ジュリエットがうすら笑う。
「何が、可笑しいのです?」
「いやな、君の頬から血が出ているぞ?」
女が頬に触る、確かに血が出ている。
「未来予知の魔眼なんて言ってるが、詰まる所、そのお目目で予知できる時間は、三十秒がいい所だろ。違うかな?」
女の表情が、少し強張る。
「成る程。この目の弱点を見抜くとは、流石ですね。貴女の言う通り、この目で予知できるはそのくらいで・・・・」
女の口が止まる。正確には身体が動かない。
「いやはや、すまない。私も魔眼使いなもので、普段は、セバスチャンが押さえる役目なんだが、生憎 別件でいないもので、魔眼を使わざる得ない」
ジュリエットの翡翠色の瞳が輝く。
「因みに、私の魔眼は対象の動きを止める魔眼でな。私の神器、ジ・エンドは、破壊力がある割りに命中率がすこぶる悪いのが珠にギズなんだ」
ジ・エンドを両手で構え、魔力を溜める。
二つの銃口の先に巨大な球体が、渦を巻きながら成形していく。
「ジ・エンド」
魔弾が放たれた。魔弾は湖を掻き分け、女に迫る。
その刹那。目の前の景色が硝子が割れる様に崩れ落ちた。まるで夢を見ているかの様に。
「!?」
確かに魔弾を放ったのに、まるで何事も無かったかの如く、二人は湖の上に立っている。
「いい夢は、見れましたか?」
「夢だと!?」
「確かに、先見の明は、未来予知の魔眼です。この魔眼は、相手に未来を見せる事も出来るのですよ、相手に都合の良い未来をね」
やられた。あの女の言うことが本当なら、ジ・エンドの能力や魔眼の手の内が知られた。
「どうしました?さっきまでの饒舌がないですよ。今度は、こっちからー」
女が目の前から消え、湖の波紋が近づく。
「ー行きますね」
「ッ!?」
不意に目の前に現れ、女の右手の拳が顔に迫る。顔を反らして右腕を掴み、背負い投げるが、解かれてしまう。解かれた瞬間に、女は身体を回転させた反動で蹴りを入れ、ジュリエットは湖を回転しながら飛ばされる。
「いやはや、中々のお手前で」
「貴女こそ、中々ですね。蹴りで、肋骨を砕いて、心臓に刺してあげようと思ったのに、左腕を犠牲にするとは」
左腕は、だらりと下がっている。骨が砕かれたなこりゃ。
「なにハンディキャップだよ。本気を出して死んでしまっては、聞きたい事が聞けないからな」
「成る程。流石は合衆国のホーク家っと言った所ですか。建国の一翼を担っただけは、ありますね」
女がコートから日本刀を抜き出し、刃を水平に構える。
「私もハンディキャップをやめて、少し本気を出してあげますよ」
刃に帯電し始める。
ジュリエットもジ・エンドを構える。
「シュトュルムファウスト」
女が呟いた瞬間に姿が消えた。正確には此方に向かって突進してきた。
「なめないで欲しいな!」
ジ・エンドの魔弾を放つが、未来予知の魔眼で避けられる。女が目の前に迫る。
「クソがっ!」
刃が迫る前に結界で、受け止めた。
刀の切先に魔力が集中し始める
「パンツァーファウスト」
女の呟きと同時に結界が破られた。
「なッ!?」
刃がジュリエットの身体を貫く。
水面に赤い花がいくつも咲く。刃はジュリエットの左脇腹を刺している。
「一点突破のシュトュルムに、対結界突破のパンツァーの二段構えに先見の明。我が一族が編み出した、対魔術師用の技に死角なしですよ」
急所を外したが、横凪ぎをやられると、色々とヤバイ物が出てきそうだな。
だが、あれが使えるか。
「くくく」
ジュリエットは薄ら笑いが出てきた。
「気でもふれましたか?」
「いやな、この瞬間を待っていたのだよ」
ジュリエットがジ・エンドを捨てて、女の心臓に手を押し当てる。
ジュリエットの手には、小型のデリンジャーが握られていた。
「わざと、喰らったのですか!?」
「ああ。先見の明、相手じゃ分が悪いからな。避けられるなら、避けられない様にすればいいだけの話しだ」
「イカれてますね・・・・」
刀を抜こうとするが、抜けない。
「くくく、どうした?抜けないのか?動かないの間違いだろ?私の魔眼の前に」
薄ら笑いしながら、ジュリエットの翡翠の瞳が光る。
「危険領域」
デリンジャーから魔弾が放たれる。