もう一人の自分
誓いを実行するために、エリオットの店に向かう。
夜も遅くなり、店の明かりが消える中で、幸いにも店の灯りは、灯っていた。
二人は扉の前で足を止める。
「後戻りはできませんよ、ユヅキ」
「わかってる、この選択は間違いなんかじゃないって、信じてる」
二人は深呼吸し、同時に扉を開ける。
「お二人さんいらっしゃい。待ってましたよ♪」
二人の前には、エリオットが椅子に腰を掛けて紅茶を飲んでいる。
「エリオット。俺達、執行官になるよ」
その答えに意外性を感じなかったのか、不敵な笑みを浮かべ。
「いや~よかったですよ。実は制服を発注してて、入会してくれなかったら、破産してましたよ」笑いながら言う。青白い肌のせいで、気味悪く写る。
「それとちょっと待っててくださいね。三秒くらいで、もう一人来ますから」
するとエリオットは三本指を立てる。一本、また一本と指を折り曲げ、最後の一本を曲げる。
勢いよく扉が開き「ちょっとエリオット!こんな時間に呼び出さないでよ!」
なんと椿が現れた。制服から私服に着替え、お風呂に入っていたのか、髪が濡れたままだ。
「え~何かあったらすぐに呼んでね♪って言ったのは、椿さんじゃないですか」ぶりッ子みたく言うエリオットが何と言うか、気味悪いを越えて気持ち悪い。
「少しは常識を考えなさい!このゾンビ野郎!」椿の拳がエリオットの顔面にめり込む。
「痛ッ。暴力反対です」鼻から血が出ている顔を見て、結月とジャンは、エリオットがゾンビではなく、本当に生きていると確信した。
「ゴリラ椿さんのクレームは無視して、椿さんにパートナーを紹介しますね」鼻から血をだらだら垂らしながらエリオットが二人の方に手を向ける。
「は?パートナー?」椿が二人に目を向ける。
「よぅ・・・・」結月が申し訳なさそうに言う。
みるみる内に椿の顔が赤くなり、店の奥に走り出す。
「おほほ、今晩は。結月君」店の奥から出てきたと思えば、別人の様な椿が現れた。
みんなの前では、猫を被ってたな椿の奴。
「皆さん揃ったことだし、早速結月さんとジャンさんの属性検査をやりますね。結月さんには、選定の儀式も受けてもらいますね」
エリオットは三人をテーブルに座らせ、等身大の鏡と紙を用意する。
「まずは、属性検査です。説明しますと、魔術属性は、火・水・風・雷・土の五大属性の他に光・闇と言う、レア属性があります。ちなみに椿さんは、雷属性ですから」
二人に紙を握らせ「それぞれの属性には、弱みと強みがあります。例えば、火属性の魔術は水属性の魔術に弱いですし、光と闇属性は互いの属性が弱みであり強みです」
「互いに弱みであり強み?」結月が疑問をエリオットに聞く。
「簡単に言うと、互いに食いあっちゃうんですよ。光は闇を照らし、闇は光を飲み込む感じですかね」
エリオットが、パンッと手を叩き「さてと、意識を紙に集中してくださいね。紙の変化で属性がわかりますから」
「意識を集中・・・・」二人は、目を閉じて集中する。
何と言うか、流れみたいな物を感じる。そしてそれを手先に集中させる。
すると二人の紙がピカッと光り、紙が消える。
「ほぉ~珍しいですね、二人供光属性なんて。ジャンさんは守護神ですから光属性は納得できますが・・・・」
ずん!エリオットが結月の顔を近づけ「あなたの様な、死人臭い魂が光属性なんて珍らしい」
途端、エリオットを見るジャンの視線が鋭くなる。
「無駄話はいいから、先に進めてくれない?」
椿は眠そうな顔で、エリオットを促す。
「そうですね。では、結月さん選定の鏡の前に立ってください。」
人一人がすっぽり入れる程大きい鏡だ。鏡面が結月の姿を写す。
「鏡の中に両手を入れてください」
恐る恐る鏡面に触れると、波紋が広がる。
「怖がらないで。何か掴んだら、手を引いてください」
波紋の先の両手に何か別々な物を感じる。
恐る恐る引き抜く。
選定の鏡から出てきたのは、穢れなき大空の様に清みきった青い剣。
「結月さん。貴方の神器です。」
「これが・・・・」
「えぇ、神器の神名は、この子が教えてくるると思いますよ」
エリオットが結月の神器を指さす。
ジャンはユヅキの神器を見て、何故か目をそらす。
「あの、神名って?」
「神器の名前ですよ。神器は、ただ魔力を宿し強化する武器ではなく、奥の手の術式がありますからね。あなたがこの子に認められれば、教えてくれますよ」
「そういえば、ジャンの神器は選らばなくていいのか?」
エリオットはジャンに視線を移す。
「あれ、言ってなかったんですか?彼女の剣は、元から神器ですよ。」
「え・・・・」
周りの反応を見ると、知らなかったのは、自分だけらしい。
「ユヅキに伝え忘れましたが、私の剣は神器なのです」
ジャンが申し訳なさそうに答える。
「それで何時頃に結月君の訓練を始めるの?まさか、今からじゃないでしょうね」
半目をこすりながら、眠いせいか、椿の機嫌が悪い。
「それもいいんですが、魔術と剣術を教える講師を呼びますので、週末にまた来てください」
「講師って。エリオット、あなたが教えればいいじゃない?」
「私は駄目ですよ。私の魔術は人に教えられる程、高尚ではないですし」
エリオットは、はぐらかす様に言う。
「じゃあ、三人供?週末を楽しみに待ってますね♪」
エリオットの店を後にする三人。
途中で椿と別れて、二人になった時にジャンが「ユヅキ。あなたの決意を鈍らせる訳ではありませんが、あまり教会の人間を信用しないでください」
「え?まるで、椿達が悪い奴等みたいな言い方だけど」
「私も、椿は信用に足る人だと思います。しかしエリオットとか言う人物は、どこか生気を感じない人間です・・・・」
「心配してくれるのは嬉しいが、考え過ぎじゃないのか?」
「そうかもしれませんね・・・・忘れてください」
それから家に着くまで、ジャンが口を開くことはなかった。
週末の金曜。
学校の授業が終わると、生徒達は休み前だから浮かれる。
「さてと、お二人さん準備はいい?」
椿を見ると、見慣れない細い長方形の布袋を肩にかけている。
二人の視線に気づき椿は「あぁこれ?私の神器よ。武器の携帯許可書を貰ってないからカモフラージュなの」
「携帯許可書?」
「そう。許可書があれば、警察や軍に兎や角言われないのよ。教会は表立った組織じゃないけど、各国の政府機関に顔が利くからしいから」
思っていたよりも教会という組織は大きいらしい。
モノレール沿いを歩き、立川駅の改札口エリアに差し掛かった時に男性に声をかけられる。
「失礼。君たち、この辺に骨董屋は知らないか?」
男性を見ると、旅行用のスーツケースを持ち、長身に細い顔にノーネクタイのスーツ姿。目はサングラスで隠されて見えないが、威圧感を感じる。
「骨董屋って、もしかして店主が青白い肌色の?」
「それだ。店主は、青白くて、気持ち悪くて、ゾンビみたいな奴だ」
「あ~」三人の脳裏には一人しか思い浮かばないが、そこまで酷く言ってない!
男性が地図を差し出し「そいつが送ってくれた地図だが、デカ過ぎて読めん」
地図を見ると、日本全体の地図に、矢印でこの辺だよとしか書いてない。
(誰も分かんないよ・・・・この地図)
「私達も、そのお店に用があるから、良かったら一緒にどうですか?」
三人の中で一番社交性が高い椿が申し出る。こういう時に頼りになる人だ。
「助かる。日本という国は、あまり来たことがないので」
お礼を言うと、男は初めてサングラスを外した。サングラスの奥に隠れていたのは、狼の様な鋭く、灰色の眼孔。
エリオットの店に入ると、お茶の準備をして待ち構えていた。
「遅かったじゃないですか、椿さん。それに講師の方も同伴とは、助かりましたよ」
「講師って?」
エリオットは椿の横にいる、スーツの男を指さす。
「そちらの方が、講師のリースさんですよ」
「嘘でしょ・・・・リースってあの伝説の三傑の一人・・・・」
「伝説って?」有名人を見る目をした椿に結月が聞く。
「あなた知らないの!?教会の中でも歴代最強と言われてる魔術師の一人なのよ!」
鼻息を荒くし、結月の襟首を掴む。
「すみません・・まだ始めたばかりの人なんで・・・・」
「椿、それ以上絞めるとユヅキが失神しますよ」ジャンが椿の腕に手を添える。
「あっ・・・・」結月を見ると口から泡を吹いて失神していた。
「改めて紹介しますね。講師のリースさんですよ、皆さん拍手!」 パチパチパチと椿とエリオットだけの拍手だけが鳴る。
「おいゾンビ店主、なんだこの茶番劇は?」
「茶番劇は失礼しちゃいますね、貴方の可愛い生徒達ですよ」
リースと呼ばれる男が三人を順番に見る。
「君たち、私の手を順番に握ってみてくれ」
三人が順番にリースの手を握る。
「成程な。まず椿とジャンは、剣術に心得があるみたいだが・・・」リースは結月を見て「結月は、魔術どころか剣術も、ほぼ初心者か」
「なんで、彼が初心者って分かるんですか?」
椿の質問にリースは笑みを浮かべ「簡単だ、手のひらの感触で、剣を握る人間は分かる。彼の手のひらは剣士特有の感触が、あまり無いしな」
「でも彼は魔術や剣術の心得が無くても、形状変化術や召喚術をやってますし。リーパーを仕留めたのも彼ですよ」
リースの後で壁に背を預けながらエリオットが補足した。
「そうか、君が例の違法契約者か・・・・」リースの鋭い目線が結月を捉える。
「彼等を執行官として訓練するように枢機卿達からも言われてますし、例の依頼も引き受けてあげたんですから」
「あんな俗物達の言うことなんて知るか。だが契約は契約だ、お前達を半人前くらいにはしてやる」
「半人前・・・・?」椿と結月が疑問顔になる。
「そうだ、半人前が三人集まれば一人前になる。言っとくが私の訓練は厳しいぞ?」
三人は顔を合わせて「はい!」
エリオットに促され店の地下に移動する。
店の地下は、薄暗く湿気が充満していた。エリオットが蝋燭の灯りに火を灯すと、古い木製のドアが見えた。
「私が用意した、特別な部屋です。中は時間の流れが歪んでいますから」
「何よ、歪んでいるって?」
「ゴリラさんにも分かる様に言えば、時間の流れが遅いんですよ」
「そう言うことね・・・・ってッ!」
ゴリラさんの正拳がエリオットの顔面にめり込む。
「相変わらずゴリ・・・・椿さんはパワーが強いですね。今回は短期集中講座なんですよ。終わり次第、あなた達三人には任務に就いてもらいますから」
「任務!?」椿と結月が驚く。
鼻から血を垂れ流しながらエリオットが説明する。
「今回はリースさんからの依頼で、国内で行われる、オークション会場で、ある商品を落札もしくは完全破壊してもらいます」
「そうだ。教会からは、商品の内容は詳しく明かされていないが、何かの研究資料らしい。」
「でも、オークションって言いますけど、私達、お金持ってませんよ?」
椿の指摘は最もだ、高校生の全財産なんてたかが知れてる。
「心配いらない。ある程度の現金なら教会が用意する。招待を受けたのは私だか、生憎と忙しい。幸いにも代理人を行かしても、良いらしいからな。」
「随分と用意が良いんですね・・・・」教会の人間は、何を考えてるの?新米三人の任務内容なんかじゃない。
「話しは後にして、訓練を始めますよ」
エリオットが扉を開ける。
扉の先から漏れだす光で辺りが照された。
「何なんだ、この部屋は?」
目の前の部屋は、広大な草原が広がり、青空がまぶしい。
「いい質問ですね結月さん。神器の破壊力は街一つ破壊するくらい力があるんで、これくらい広くないと危ないんですよ、だから私が特別に空間転移の術で持ってきたんです」
部屋の中には壁という概念が存在しないと思うくらい広い。
「あの青空は?」
椿が空と思える天上を指さす。
「あれは幻術ですよ。この部屋は空間転移、幻術、時間術の三つを駆使している、私の特別部屋です」
「ゾンビの話しはいいから、みんな剣を構えろ」
リースがみんなに促す。
「いいか。通常の魔術師は、自分自身の魔力の半分しか使えていない」
「半分?」
「そうだ、人の全体魔力は100%あるが、通常は魂の表世界にいる存在、つまり君達が使えるのは半分だけだ。もう半分は裏世界にいる君達が持っている」
「裏世界の自分ってつまり・・・・」椿が息を飲む。
「椿は理解が早くて助かる。裏世界の自分は、誰もが持っている心の中のもう一人の自分だ」
「あの~裏世界の自分って?」
結月の質問に、リースが頭を抱えて苦悩してしまう。見かねた椿が、頭を掻きながら答える。
「いい結月君。リース先生の話しだと、私達はどんなに頑張っても半分の魔力しか使えないの、100%出すには、裏世界の自分の分を使わないと無理な訳よ」
「だからどうするだよ」
「そりゃ~」椿がリース先生に目線を移す。流石の椿でもやり方は知らないらしい。
「忠告すると、裏世界の自分は余り使うな。裏世界の自分は、狡猾で残忍で常に君達を堕落させようと動く。故に魔術師はパートナーを組み、互いをパワースポットとして魔力を供給し合い戦う。」
「パワースポット?」三人の顔に疑問符が浮かぶ。
「パワースポットは魔術師同士で魔力を融通しあったり、魔術の強化に使える。例えば、雷属性の魔術は、発動時に雷雲等があれば威力が上がる」
リースがスーツケースからステッキを取り出し、陣を描く。
「椿と結月には、陣の中に入ってもらい、もう一人の自分を屈服させてもらう。いざという時に使えるからな」
「あの、私は?」
リースはジャンを見る。しばし考え込んで「君はやらくなくて大丈夫だ。君の魂の中には、もう一人の自分が居ないみたいだからな」
何を言っているのかをジャンは理解したみたいで、それ以上は言わなかった。
リースがステッキで陣を叩き、赤く光だす。
「二人供!忘れるなよ、もう一人の自分は常にお前達の消したい過去を甦らせるからな!」
「了解!」椿はやる気満々で答える。
結月は、ジャンの心配そうな顔が目に入り「心配すんな!絶対にやり遂げてくるから」
ジャンに親指を立てる。
「はい!」
彼の決意の言葉に答える。
「いくぞッ!表裏の術!」
発動した瞬間、地面に二人は倒れた。
二人を見届け、リースは胸ポケットから煙草を取り出し火を着ける。
「これで二人は裏世界の自分に会えるだろう。失敗すれば、体と心を乗っ取られてしまうがな」
偽の青空に煙を吐く。
「二人なら大丈夫です。ユヅキは、もう一人の自分には負けません」
リースは、ユヅキを見守る、ジャンの真剣な顔を見る。
何故、彼女が彼をここまで信頼出来るのか、一種の興味が湧いた。
「信頼しているんだな、彼を」
偽物の草原に風が吹き抜けた気がした。
暗い世界、冷たい空気に雨の音。
椿は廊下に立っていた。
何処か見覚えがあると思ったら自分の家だと気づく。
廊下には部屋がいくつも有り、その一つの部屋の中から母の声が聞こえた。
「お母さん!」
急ぎ扉を開ける。
「ッ!?」
扉の先には、首を吊った母の姿。
不意に周りからの罵声が椿を襲う。
「何でこんな子が産まれてきたの!」
「一族の恥さらしがッ!」
「お前のせいで、母さんは死んだ!」
「やめて!」椿は子供の様にしゃがみ込み叫ぶ。
頭がおかしくなりそうだ。
「やめてやめてやめてやめて、お願いだから、私の嫌な世界を掘り起こさいないで!」
這いつくばって部屋から出る。
必死に嫌な世界から逃げた、目を背けたくなる現実から。
廊下を這い、誰かの足が目に入る。見上げると、そこには優しい姉の姿。
お姉ちゃんだけは、私に優しくしてくれた、この嫌な世界で、たった一人だけ私に味方してくれる。
「お姉ちゃん助けて!」
母にすがる様に、姉にすがる椿。
だがそこにいる姉は、椿の知っている優しい姉ではない。
「苦しいよ・・・・・・お姉ちゃん」
姉の手は首を締めていた。
「何で、あなたに刻印が現れたのよ。半目の癖に」
耳元で呟かれ、姉の目が写る。赤く輝く瞳。
(やっぱり、お姉ちゃんも私の事が嫌いだったんだ・・・・)
薄れていく意識の中で思う。
(私みたいな半目の人間が継ぐより、お姉ちゃんみたいな人が継げば、お母さんも死ななかったのかな・・・・)
在悪感みたいな物に支配され、生きる気力が落ちていく。
不意に思い出す。昔、一族の当主しか見れない古い文献に載っていた禁術。
すべての事象をねじ曲げ、魔術の始祖にしか使えないと言われた術。
(あれを使えば、私の願いが叶う)
首を締める姉の手に、自分の手を掴ませる。
「こんな所で・・・・終われないのよ!」
遂に姉の手を振り払った。
《貴様!何故だッあともうちょっとで落ちたのに!》
「おあいにく様、私はここでは終われないのよ!」
息を整え、神器を抜剣し、姉の姿をした奴に剣先を向ける。
「さぁダンスの時間よ!もう一人の私!」
《・・・・貴様!》
もう一人の私も、神器を抜剣し斬りかかる。
神器同士での斬り合いは初めてだ。太刀筋は自分と同じ存在だから、自ずと同じ流れで撃ち合う。
一撃一撃が重く、衝撃で雨が吹き飛ぶ。
「やるわね、もう一人私」
《それはこちらの台詞よ》
雷鳴が鳴り響く。
椿は間合いを取り、切先を水平に構えた。
神器の刃が電気が帯電し始める。すかさず相手も同じ様に構え、しばしにらみ合いが続く。雨粒が二粒、互いの剣に落ちた瞬間。
《「はぁぁぁー」》
互いに突進し技を繰り出す刹那。椿の神器に雷が落ちる。
《「シュトュルムファウストッ!」》
爆風で雨が吹き飛ぶび、辺りが煙に包まれる。
煙が晴れていき、二人の姿が現れた。
椿の剣が相手を突き刺し、もう一人の自分の神器は砕けちって柄だけになっていた。
《何故なの・・・・同じ技なのに》
もう一人の自分は椿にもたれ掛かる。
「同じじゃないわよ。パワースポットを使った分、こちらが上だもの。この技は、お姉ちゃんが最初に教えてくれた技だもの、だから絶対に負けられないのよ!」
《想いの強さか・・・・今回は私の負けみたいね》
もう一人の自分は霧の様に消えていなくなった。
「結月君は大丈夫かしら・・・・」
椿も力尽きて、地面にた折れ込む。雨が止み、雨雲の隙間からの光が、勝者を優しく照らし包み込む。
雪の降る景色。
結月は自宅にいた。
障子に写し出される二人の蜉蝣が、何か言い争っている。
「分かっているのか!君や軍がやろうとしている事は大量殺人と一緒なんだぞ!」
男性の怒鳴る声。
「そんな事は分かっています!こうでもしないと、あの子は助からないのよ・・・・私は悪魔に魂を売ってでも、あの子を助けます!」
言い返す女性の声。
「それが、あの子の運命なんだよ。何故、受け入れてあげないんだ?」
「あなたなら、分かってくれると思ってたのに・・・・こうするしか運命は、変えられないのよ」
どこかで覚えがあるような会話。
「ゆづき」
振り返えると、顔が朧気に写る女性が立っていた。
「ゆづき、あちらに行きましょう。二人は大事な話しをしていますので」
女性に手を引かれて歩き出す。顔は朧気でよく見えないが、声だけは、ハッキリと聞こえる。何処か悲しい声だ。
女性に連れられ部屋に入る。部屋の中は、暗い世界の一面に水面が広がっている。
「何なんだ、この部屋は!?」
《これがお前の世界だよ。何にも無い虚無の世界さ》
目の前に居た、女性が振り返り言う。しかし姿を変えて俺になっている。
「俺の世界?」
《そう。言っとくが、この世界の住人は俺一人じゃないから気をつけろよ》
もう一人の自分が結月の足下を指さす。
足下を見ると、無数の手が結月の足を掴み、水底に引きずり込もうとしていた。
「うわッ!?」
払いのけようとするが、既に膝下まで浸かっている。
《あははは、気をつけろよ。みんな表世界に行きたがっているからな》
もう一人の自分が、水面に波紋を響かせながら近づく。
《長くはないんだから、寄越せよ、その体》
腹部に激痛が走る。
もう一人の自分の手が、腹部に入り込んでいる。
「ッ!」
徐々に心のが心食されるのが、分かる。自分じゃない自分に染まる感触。
《俺が面白可笑しく使ってやるよ。あのジャンって言う女も、遊び概がありそうだしな!》
不意に腕に力が入り、もう一人の自分の腕を掴む。
《お前ッ・・・・》
痛みに耐えながら、徐々に腕を引き抜いていく。
「させない・・・・」
《あ?》
渾身の力を入る。腕の骨を砕く音をさせながら、払いのける。
《ッ・・・・お前ッ!》
「大切な人を守る為に、俺はお前という存在を絶対に打ち負かす!」
剣を鞘から抜く。清みきった大空の様に淡い空色の剣。
《上等だ、こいつの神名すら知らない奴が。身の程を知るがいい》
もう一人の自分も剣を抜く。互い水面の波紋を響かせながら走り、波紋同士がぶつかり合い、より大きい波紋を生み出す。
暗い世界で互いの剣撃が火花を散らし、花火が咲く瞬間の様に、一瞬一瞬、互いの姿がハッキリと見える。
《神器っの言うのは、こうやって使うんだよ!》
もう一人の自分が構えた神器が、光を帯びる。
《名も無き星屑達の想いを知れ!スターダスト》
横凪ぎの斬撃が放たれる。無数の流星が降り注ぐが如く結月を襲う。
「ッ!」
咄嗟に防ごうとしたが、流星群は結月の体を貫く。
激痛に片膝を水面に着く。
《お前みたいな弱い奴じゃ、この世界の奴等も浮かばれないな》
剣を天に構え、刀身に黒い風の渦を巻く。
《興醒めだ、これで終わらせる》
霞んで写る、もう一人の自分を見る。小さかった頃に親父に剣を習っていたのを思い出す。
子供の俺に勝てる訳も無いのに何回も挑んだ。
親父が持っていた剣に、どことなく似ている。
「たしか名前はー」
《これで終わりだッ!》
振り下ろされる剣。無数の黒い刃が水しぶきを上げながら迫る。
「名前はー天空牙ッ!」
迫る刃を力の限り想いを込めて振り払う。
振り払うと同時に刃は打ち消され、暗い世界の雲が晴れて、明るい大空が広がり水面に姿を映す。
傷口は光の珠が集まり癒えていく。
《お前に、あれが使える筈がない!》
走り出し、斬りかかる刹那、結月の剣に弾かれる。
《馬鹿なッ!?》
「確かにあの世界なら、お前は強い。だがな、この世界なら、俺の方が強い!」
《ふざけるなよ、犬畜生が!》
叫び、声に呼応し再び、悲しき星屑達を放つ。
一撃、また一撃と打ち払い、もう一人の自分と距離を詰める。
「はぁぁぁッ!」
間合いに入り剣を振り下ろす。咄嗟に防ごうとしたが、剣を握ったまま腕を切り落とされる。
《ぐッ!》
続けて、胸を目掛けて剣先が迫る。
《認めてやる、今はお前が強い!》
剣が胸を裂く。
嵐の後の静けさの如く、そよ風が水面を靡かせる。
もう一人の自分は水面に浮いていた。
《まさか、自覚無しで世界を塗り替えるとはな。半壊者よ、せいぜい足掻くがいいさ・・・・そして知るがいい、お前の正体をな》
暗く冷たい、水面に沈んでいった。
「何を言ってるんだ・・・・」
結月も水面に倒れ、天を仰ぐ。
限りなく広く、どこまでも青い空に優しい光に、たった一人の生者だけの、優しくも悲しい世界。
目を開けると、偽物の空が広がっている。
「結月君、いい夢が見れたみたいね」
顔を横に向けると、顔が青ざめた椿が横になっている。
「椿の方こそ、いい夢見れたみたいだな。顔色がいいぞ」
「まぁね。二度寝したくなる程ね・・・・」
二人供起き上がると、顔から冷汗が出ている。
「二人供よくやったな」
振り返るとリースが懐中時計を見ながら言う。
「二・三時間くらいで、戻ってこられたのなら上出来だ。」
「もし戻れない場合は?」結月の問にリースは、煙草を吹かし。「その場合は、表世界の人格は目覚める事はない。最悪の場合、裏世界の人格に体を乗っ取られてしまう」
煙草の灰を落し「何度も言うが、裏世界の自分の力は、あまり使うな。使い過ぎると、心が交ざり合って、互いの壁が保てなくなり精神崩壊を招く」
「・・・・」二人の顔が再び青ざめる。
「安心しろ。そうならない為に連携プレイを覚えてもらう。少し休んだら再開だ」
訓練が再開する。
リースが相手になり、三人がかりで闘う。
「ジャン、もっと力を抑えろ!周りが連携を取りづらくなる。結月!お前は逆で、もっと力を出せ!」
「はい」
「それと椿!もっと二人と連携しろ。動きがバラバラだぞ」
三人で相手しているのに、リースは息ひとつ切らさない。
「よし、休憩だ」
リースに言われ、椿と結月は芝生に寝転がる。
二人は息を切らしているが、ジャンだけは息をひとつ乱れていない。
「休憩の合間に、魔術師の結界について説明しとおく。通常、結界には銃等の兵器は効果がない。だが、ある女科学者が弾に魔術刻印を施した武器を開発した」
リースがポケットから弾を見せる。確かに銃弾の表面には刻印が刻まれている。
「これが、対魔術師用の貫通弾だ。この弾に当たると結界が破壊され、術者にダメージを負う」
椿に銃と弾二発を渡す。
「あのゾンビに撃ってみろ。弾は模擬弾だから死にはしないから安心しろ」
銃を手に取り、エリオットに銃口を向ける。
「あの~椿さん?顔が怖いですよ」
「エリオット、動くと手元が狂うじゃない」
乾いた音が鳴り響く。弾はエリオットの結界で弾かれる。
「今のが通常弾だ。続けて撃て」
二発目の銃弾は、結界を突き破り、エリオットの顔を擦る。
「あら残念、顔面を狙ったのに」
椿は、薄ら笑いを浮かべる。
「本当に危ないですね。ゴリ・・・・椿さんの恨みを買った覚えは、ありませんよ」
リースが椿の銃を手に取り、弾を込める。
「見ての通り、貫通弾は結界を破壊する。だが貫通弾が全ての結界を破壊する訳ではない」
エリオットに銃を撃つ。
放たれた貫通弾は結界を貫く事なく、弾かれる。
「リース先生、今のは!?」
「簡単だ、用は力の配分だ。例えば、九の力の結界に対し、十の力。即ち、貫通弾だと撃ち抜かれるが、十一の力の結界なら弾く事ができる。だが気をつけろよ、魔術師が貫通弾を使えば話しは違う。魔術刻印の弾に、魔力を込めて撃つ場合は、威力が桁違いだからな」
リースの話しだと、防壁貫通弾は先進国の軍隊や教会以外だと、裏社会の一部に出回っているって話しだ。
「休憩が終わったら、射撃訓練だ」
リースが三人にオートマチックタイプの拳銃を手渡す。
ずしりと重い感触が伝わる。神器もそうだが、何かを奪う物には、特有の重みがある。
「あの~リース先生、神器があるのに銃を使うんですか?」
椿が拳銃を見ながら言う。
「常に神器が使えるとは限らない。魔力切れになった場合は原始的な武器が勝敗を決する」
「言われてみれば、確かに」
納得する椿をよそに、不機嫌そうなジャン。
「何にかあるのか?顔が怒ってるみたいだけど」
結月の言葉に、少しうつ向いて答える。
「怒っている訳ではありません。騎士に飛び道具等は邪道なだけです」
彼女にとって剣だけが武器であり、騎士道精神にとって、銃等の飛び道具は卑怯な道なのだ。
「下らないですね。誇りなんか守っても、死ぬだけですよ」
エリオットからの冷たい否定の言葉。
「貴様、騎士の誇りを侮辱するのか?」
ジャンの言葉に怒りが、感じ取れる。
「誇りで人は守れない。守れるのは、ちっぽけな自尊心だけだと言っているんですよ」
二人の沈黙の眼差しに椿が割って入る。
「ま、使う使わないは、個人の自由でいいんじゃないの。ね、結月君?」
「そ、そうだぞジャン。無理に使うことは無いぞ」
なんとか場を取り繕い、その場をやり過ごす。
リースが諭す様に言う。
「エリオットの言ってる事も一理ある。かつて、私の師が言っていた。国家や組織等、目に見えないものに守る価値は無い。自分の目に見える者の為に戦え、とな」
「自分の目に見える者・・・・」
三人が互いの顔を見る。
「キャ~、リース先生カッコいい!」
エリオットが茶化してくる。
リースの眉間にシワが入り「うるさいぞ、ゾンビ!」
手にしていた拳銃を投げつける。
やり合っている二人を見ると、以外に仲が良いんだなと思ってしまう。
それから学校終わりの放課後は、エリオットの店に集まり訓練が続いた。
桜が散り、新緑の季節。
桜色の街並みが、緑色に塗り替え始めていた。
訓練が一通り終わり今日は、例の任務の説明があるらしい。
エリオットの店に入ると、リースが煙草を吸いながら椅子に座っていた。
「これから、任務の説明をする。座ってくれ」
三人が席に座ると、テーブルには書類や写真が置かれている。
蒸気機関車や古い城の写真だ。
「まず、オークション会場の場所だが、軽井沢の何処かしか分からない」
「それは、軽井沢で開催するのは分かっているけど、正確な場所が分からないって事ですか?」
椿の質問にリースは、古い城の写真を差し出した。
「会場の写真だ。主催者が変人で詳細を中々明かしてくれない」
結月が写真を見ると、モノクロ写真だ。
「先生、写真がかなり古いですけど」
「前回、教会の人間がオークションに参加した時に撮影した写真だ。八十年くらい前だがな」
「は、八十年前!?」
八十年前だと、第二次魔術対戦の真っ只中だ。
「会場には、そこに写っている蒸気機関車で行くらしい。なんでも、日没と共に現れる幽霊機関車みたいなものだと言う話だ」
幽霊機関車と言われる写真には、寝台客車の内部写真もある。豪華な装飾品が飾られた客車を見ると、日本で言う大正浪漫をモチーフにしたみたいな客車だ。
「ちなみに、会場では、ささやかなパーティーが予定されている。エリオットからパーティー用のドレスを受け取ってくれ」
エリオットがドレスが入っているケースを持って来た。なるほど訓練の合間に、二人の好みの色等を聞いていたのは、この為だったらしい。
椿といえば、自分の腰やお腹回りをしきりに触っている。
「椿、お腹でも痛いのか?」
「結月君。黙ってないと顔面を殴るわよ?」
笑顔で、握った拳を見せてきた。
二人のやり取り見て、リースは頭に手をあてる。
「真面目に聞け。くれぐれも他の参加者には気をつけろ。まともな人間の振りして怪物がいるかもしれないからな」
この手のオークションには、大概曰く付きの参加者がいるらしい。
「君達に落札してほしい品だが、ある研究資料の一部らしい。教会からは、確実に落札もしくは破壊しろと命令だ。出品される研究資料の名前は《ロスト シャングリラ》」
「失われた理想郷?」
「そうだ。噂によれば、国家間のパワーバランスを変える研究らしい」
国家のパワーバランスを変える研究となると、注目度は、かなり高そうだ。
「その商品の出品者は、会場に現れますか?」
珍しく、ジャンがリースに質問した。
「残念だが、分からない。何かあるのか?」
「いえ、気になっただけです・・・・」
気になっただけにしては、深刻な顔をしていた。
オークション会場に行く幽霊列車は、御丁寧なことに、各参加者の最寄り駅にて乗車するらしい。
リースの話しでは、乗車ホームは、日没後の立川駅旧一番線ホームに停車し、もう一組の参加者も乗車すると言う話しだ。
「言い忘れていたが、列車の出発は明日だ」
「明日!?」
椿の驚きの声が響く。
「リース先生!準備があるので早退していいですか?」
「いいだろう。帰っていいぞ」
椿が荷物をまとめて店を後にし、結月も帰ろうとした瞬間、魔の手が伸びる。
「何処に行く気だ?お前は残って補習だ」
「ですよね~」
項垂れる結月を見て、ジャンが「私も残りますから」と言ってくれて、神は見捨てていないと思わずにいられなかった。